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午前0時に届いたメールには




夜の帳が下りた深夜。
酒場の喧騒も静まりだした頃。

使命を帯びて訪れた辺境の星の宿の一室で、アリオスはグラスを傾けふぅと息と吐く。


この惑星での任務は、予定よりも早く終わった。
というより、この頃はいつもそうだ。
王立研究院の見立てよりも、起こっている問題は小さなものばかり。
だがそれは、けして研究員達の問題を見通す力がないというわけではなく。

使命を終えた後もこの宇宙に残り、星々を飛び回り尽くす聖天使。
その彼女が集めた9人の守護聖達のサクリア。
そして発展し続ける宇宙を支え、同時にサクリアを繰り育成するだけ力を取り戻した女王。

まだ任に着いたばかりで力溢れる者ばかりのせいか、少しぐらいのトラブルは自浄作用が働くのだろう。
しかしそれはあくまで宇宙自体のことだけで、人同士となると ―――― また違ってくるのだが。


宿の下で営まれている酒場で手に入れた茶色の液体に口を付けながら、そんな今のこの宇宙の現状について取り留めなく考えていると、不意に小さな電子音が部屋に響く。
聞き覚えのあるそれに青年は二色の双眸を怪訝そうに細め、氷をカランと音を立てさせながらグラスをテーブルに置き立ち上がる。
そして壁に掛けておいた上着の内ポケットに手を入れ、中に突っ込んであった端末を出す。
「・・・病み上がりが夜更かしするんじゃねぇよ。」
しかし届いたメールの差出人を目にして、口から出た言葉とは逆にその瞳は優しいものになる。



アリオスへ

お誕生日、おめでとう!
ちゃんと日が変わった頃に届くか判らないけれど・・・おめでとう。
お誕生日に直接お祝いを言えないのは本当はちょっと寂しいけど、帰ってきたら言わせてね。
あ!もし予定よりも早く帰ってこられるようだったら、教えてください。
アリオスの好きなもの、いっぱい用意して待っていたいから。

遠くからアリオスの無事を祈ってます。
気をつけて、使命を果たして帰ってきてください。

アリオスのこれからの一年が安らかなものでありますように。

                                                アンジェリーク




律儀な少女の裏表のない祝いの言葉と控えめな願い事に、アリオスは今日が何の日か気が付く。
もっともその日付は、聖地でのものではあるが。
「ったく、毎年毎年ご苦労なことだな。」
銀色の長い前髪を掻き上げた彼は知らずと口元が緩み、しかしそれを隠すように端末を唇に押し付けクッと喉を鳴らして毒づく。


自分のことのように、今日という日を喜ぶ少女の嬉しそうな顔が目に浮かぶ。
あの理想郷で再会してから、いや、この宇宙に自分が生まれ変わってから、たとえ邂逅できなくとも彼女はこの日をこうして祝っていたらしい。
そこまで喜ぶべきことなのか、生まれてきた本人には未だに判らなかったが。
だが少女が願った結果として自分がこうして生きているのならば、それも悪くないと最近は思える。
めったに我が侭を言わない彼女の、傲慢で利己的な願い事の結果ならば、これでいい。

意思が聖獣の姿を取るこの宇宙に生まれてきてよかったのだろう。
少女が喜ぶのなら、それだけで意味がある。

もちろん、それ相応の代償は彼女自身から頂くが。


「好きなもの・・・か。一つあれば、それでいいんだがな。」
文面を眺めながら、無自覚にも程がある少女の言葉にアリオスは用意するまでもないだろうと苦笑する。
そしてしばし考えた彼は口の端を上げながら指を動かし、彼女のメールに返信する。

ただ一言。
“今から帰る。”と。

すばやく身支度をしチップに小銭を数枚テーブルに置いた青年は、口の中で呪を唱える。

「ちゃんと予告したからな。」


恐らくは今頃返事を見てあわあわしているだろう少女を想像しながら、アリオスはその星から一瞬で姿を消したのだった。