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二人でお祝いしよう
「どう・・・ですか?」
夕暮れの学校の調理室。
目の前には、一口分欠けた小さなホールケーキ。
そして傍らには、いつもながらに緊張した面持ちで自分の様子を伺う少女。
初めての教え子。
そして唯一心を許し、愛おしく想う者。
「そんな顔をするな・・・美味いぞ?」
自分の一挙一動に不安そうにするまだ幼い顔にレヴィアスは苦笑し、簡潔な感想を伝える。
「本当ですか?」
「ああ・・・スポンジはきちんと膨らんでるし、クリームも固くもなく柔らかくもなく、それでいて口の中でふわりと溶ける。」
それでも信じられないのか彼女は一つ瞬きをして、胸の前で抱き締めていた銀のトレイを持つ指にぎゅっと力を込めて確認してくる。
「嘘は吐かないぞ?それほど俺の言葉は信用ないか?」
「え?いえっ!そんな、つもりでは、なくて・・・・・・・すいません。」
疑う気持ちなど欠片ほどもないのだろうが変わらぬ表情を浮かべる蒼い瞳に、青年はわざとらしく一つ溜め息を吐きながら少女を見上げる。
すると彼女は慌てたように肩で切り揃えた茶色の癖のない髪を結うリボンを揺らして首を振り否定し、けれど俯いてか細い声で謝罪を口にする。
「アンジェリーク?」
「あ、あの、その・・・」
その落ち込みぶりに言い過ぎたかとレヴィアスは内心焦り、フォークをテーブルに置いた手を僅かに青ざめた白い頬に伸ばす。
触れた指先に動揺を感じたのかそれとも安心したのか、顔を上げた少女はぎこちないながらも微笑を浮かべ口を開く。
「美味しいといって頂けて、よかったです。」
「ん?」
「その・・・先生の、お誕生日ケーキだから・・・」
「・・・そうか。そういえば、今日はそうだったな。だからホールケーキか。」
桜色の唇から聞かされた言葉に二色の瞳を僅かに見開いた青年は、思考を巡らせる。
そして数ヶ月前、真っ赤な顔をした少女に誕生日を訊ねられたことを思い出し、嬉しそうに目を細め口元を柔らかく緩める。
「先生のお口に合わなかったら、お祝いにならないなって・・・」
その時と同じように頬を染めた彼女は壁際に設置された冷蔵庫にパタパタと軽い音を立てて駆けて行き、中から何かを取り出し同じように戻ってくる。
そして持ってきた皿からチョコレートで作られたプレートを手にし、少し欠けた誕生日ケーキの真ん中に立てる。
「お誕生日おめでとうございます、先生。」
「ありがとう、アンジェリーク。」
花咲く笑顔で述べられた祝いの言葉にレヴィアスは生まれて初めて自らの誕生日に喜びを感じ、自分の為に菓子を作った手を取り感謝を伝える。
「あ、あの・・・レイチェル達に一緒にお祝いしようって言ったんですけど、先生はわたし一人の方が喜ぶからって・・・」
「クッ・・・それはその通りだな。賢明だな、お前の友人は。」
「えっ、先生?・・・きゃっ!」
思いがけず手を握られたことで少女はまた赤くなり、恥ずかしさを誤魔化すように友の言葉を告げ、しかし言った後でなお恥ずかしいことだと気付き口ごもる。
しかし彼女とその友の恩師である彼は少々人の悪い笑みを口の端に浮かべ、それは全面的に肯定する。
そしてそのことに驚いてとうとう火が出るほどに顔を赤くした彼女の腕を軽く引き、自分の膝にすとんと座らせる。
「教師としては、まぎれもなく失格なのだろうがな。」
「先生・・・?」
顔を紅潮させたまま見上げてくる蒼い瞳にレヴィアスは喉を鳴らして笑い、熱い頬に手を沿えを持ち上げて反対の頬に唇をそっと寄せる。
「俺はお前だけに祝ってもらえば、それでいい。・・・来年も再来年も、ずっとな。」
「来年も再来年も、ずっと・・・ですか?」
「ああ、ずっとだ。」
くすぐったそうに身を竦めた少女は、しかし言われた望みに首を傾げてまた見上げてくる。
その透き通るように純真な表情に青年は眩しそうに目を細め、頷いてみせる。
「はい・・・先生のために来年も再来年もずっと、お誕生日ケーキ焼かせてください。」
すると嬉しそうにはにかんだ彼女は、腕を伸ばし彼の首にそれを絡ませてくる。
「当たり前だろう?」
それに応えるようにレヴィアスがまだ幼く華奢な背に腕を回すと、頬に柔らかな唇が触れるのを感じ、少女以外の誰にも見せたことのない笑みが自然と零れる。
「ずっと一緒にお祝いしたいです。――――お誕生日おめでとうございます、先生。」