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万華鏡の世界



「手、出せ。」


昼下がりの女王の執務室。

「・・・アリオス?」
相も変わらず突然現れた青年にその部屋の主である少女は、相も変わらず驚き顔を上げる。
「お、おかえりなさい。」
「ああ。・・・ほら、早くしろ。」
いきなり机に向こうに立たれて心臓をバクバクさせながらも、アンジェリークは淡く微笑み出迎えを口にする。
しかし「ただいま」さえ言わない横暴な恋人に再度催促され、素直な性格な彼女は眉間に浅く皺を寄せながらも持っていた羽ペンを置き両手を差出す。
するとその手の上に20cmぐらいの金属製の筒が置かれ、少女は小首を傾げそれを見る。
「・・・何?」
「土産。」
そんな不思議そうに自分が渡したものを見つめている彼女に二色の瞳を一瞬細め、アリオスは簡潔すぎる答えを返して部屋の中央に置かれたソファーに座り込む。

「あ、万華鏡ね?」
ひっくり返したり横を見たりしたりしていると覗き穴に気がついたのか、彼女の顔にぱぁっと笑みが広がる。
そして執務机の背後の窓の外に向けて万華鏡を覗き込み、くるくると回す。
「わぁ・・・キレー!」
「そりゃ、よかったな。」
女王にしてはあまりにも無邪気なその声に内心苦笑しながら、彼は腕を枕に横になる。
「ありがとう、アリオス。」
トコトコと駆け寄り真っ直ぐな視線で礼を言う少女に、青年は寝転んだまま小さく肩を竦めて見せる。
「別に・・・おまえ、こういうの好きだろ?それと星の文化レベルや地下資源が、おまえにも判りやすい代物じゃねぇかって思っただけだ。俺が行かされる星は、行かされるだけの理由があるからな。・・・どうせ知らされるなら、判りやすい方がいいだろ?」
「・・・あ・・・」
「細工も上等だし、中の具と胴体に嵌まってる石は、小さな欠片とはいえ輝石だ。星自体のランクとしては、まずまずってとこだ。ま、つまりはあの星の場合、技術も資源も使う奴次第・・・ということだな。」
そして自分を覗き込む彼女に、僅かに昏い表情を浮かべながらも半ば照れ隠し半ば本気の理由と手短かな使命の報告を口にする。
だが言い終えた時、未だ幼さを残した顔からは笑顔が消えていて、アリオスは怪訝そうに眉を顰める。

「・・・どうした?」
「ごめんなさい。アリオスがそこまで考えてくれたなんて思わなくて・・・何も考えずに喜んじゃった。女王なんだから、そういうことにちゃんと気付かなきゃいけないのに・・・」
上駆を途中まで起こし訊ねる彼に、アンジェリークは彼のお土産を握り締めたまま剥き出しの肩を落とし謝罪する。
「言っただろ、『おまえ、こういうの好きだろ』って。喜んだんなら、それでいい。」
「で、でも・・・・」
しかしくれた人はそっけない返事をしながら、慰めるかのように大きな手でくしゃっと乱暴に頭を撫でてくる。
「第一女王の役目は、まず宇宙の意思を感じ取ることだろ?そして大局を見つめ、9つのサクリアを繰り宇宙全体の発展を願う。」
『女王』の存在しない宇宙で育った彼は、だがしかしその役割を十二分に理解し、その当人に確認するように言い含める。
「もちろん、知らなくていいって言ってるんじゃねぇ。お前が任せられた宇宙だからな、一応は責任がある。だが『女王だから』だのなんだのそんなくだらない理由で、そこまで落ち込むことでもない。」
「くだらないって・・・・」
「俺に言わせりゃ、くだらないんだよ。バカバカしい。」
その言葉の一部に彼女が眉を顰めると、今度はまるで吐き捨てるかのように彼女の声を遮る。
そして前髪に隠された額を軽く小突いて、再び彼は背中をソファーに預ける。

「だいたいおまえが俺の考えの全てを悟れるほど、鋭いとは思ってねぇよ。トロさとニブさに於ては、この聖地一だと思ってるぜ。」
「ア、アリオス・・・・」
おでこのささやかな痛みとその言い草に少々ムッとしながらも、多少なりともそのことに自覚がある少女は居心地悪そうな表情を浮かべる。
それを見た彼は口の端を上げ、骨細な腕を掴んで見下ろしてくる蒼い視線の高さを下げさせる。
「よくやってるよ、おまえは。」
「・・・ホント?」
「ああ、ホント、ホント。俺だったら、とっくの昔に放り投げてるだろうよ。」
ちゃかしながらも珍しく素直に褒めてくれる恋人にアンジェリークは一瞬耳を疑い、絨毯の上にぺたんと座ったまま恐々と確認する。
しかしその様子がおかしかったのか、青年は喉を低く響かせ笑い、今度は優しく茶色の髪を撫でながら無責任なことを毒づく。

けれどその言葉とは裏腹に、本当は人一倍責任感が強く面倒見がいい彼が、自分を慕い頼るものを簡単に見捨てるはずがないと思う。
女王の影として存在する今も、自分が知らないぐらい昔も、きっとそれだけは変わっていない気がする。
だからこそ彼がここにいてくれて、面倒事を引き受けてくれて、女王である自分を助けてくれていると思うから。
その一方で、それだけではないと願い信じている自分もいるけれど。

「ありがとう、アリオス・・・・」

不敬にも女王の執務室のソファーに寝転がる人の不器用な優しさに、彼女は今日二度目の礼を口にし微笑む。


「貸してみろ。」
「あっ・・・・」
その笑顔に満足そうに目を細くし、アリオスは華奢な手から自分が渡したものを奪い取る。
そしてそれを覗き込み、そこに広がる色とりどりの世界を碧の瞳に映す。
「宇宙みてぇだな。」
「宇宙?」
「ああ、キラキラと光りながらも一瞬先には形を変えていて、無限の可能性を秘めてる生まれたての宇宙。・・・なんてな。」
ポツリと無意識に呟くと、傍で自分の行動を見つめていた少女は不思議そうに小首を傾げる。
そのあまりにも純真な瞳に内心気恥ずかしいものを感じながらも、青年は言葉を続け万華鏡を宇宙の命運を握る小さな手に返す。

「・・・そうね。こんな宇宙にしたい。」

思いがけない言葉に一瞬驚いて、少女は蒼い瞳を見開くが。
けれど彼のこの宇宙に対する想いを知り、アンジェリークは嬉しそうにふわりと顔をほころばせ頷く。



大切な人と見た万華鏡が織り成す世界が、現実のものになるよう。
女王は幼い宇宙の成長を祈り、幸せな未来を願うのだった。