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同じ穴の狢
骨董品、宝石にドレス。
キラキラと眩いばかりに煌く物々。
広間に所狭しと並べられたそれらに、呼ばれて訪れた少女は目を見張る。
「驚いたか?」
喉を低く響かせながら笑う声に、彼女はゆっくりと振り返る。
すると予想するまでもなく、そこには傍らに金髪と銀髪の二人の青年を置いた黒髪の青年がゆったりと椅子に座り、肘掛で頬杖をつきながら二色の瞳を細めている。
「レヴィアス・・・どうしたの、これ?」
その真っ直ぐで艶めいた視線に少し赤くなりながら、アンジェリークはこの状況の理由を訊ねる。
「貴族の一人に金をいくらか用立てていたんだが、返せないというのでな。返せないものは致し方ない、館を丸ごと頂いた。」
「そう、なの・・・」
常識的に考えれば恐ろしいことをなんでもないように話す闇の世界の主に、彼に囲われている少女はぼんやりと自分がここにいる理由をなんとなく思う。
冷たく降る雨の日に、妓楼が立ち並ぶ路地裏で彼に拾われた。
まだ幼かった自分には、そこがどんな場所なのかよく判っていなかったけれど。
あの時出会わなかったら、自分は今頃はそこで春を鬻ぎ、この身を堕していただろう。
彼に拾われる前の最後の記憶は、潤んだ瞳でそれでも笑おうとする母の「ここで少し待っていて」という言葉。
今となっては、あの時捨てられたのだと思う。
けれど何も知らなかった知らされなかった自分は、その言葉を疑うことなくその場で親を待っていた。
彼が自分の所有する妓楼に立ち寄る為に、その道を通るその時まで。
何故捨てられたのかは、推測ではないけれど。
きっと、今日、彼が陥れた貴族の末路と同じだったのだろう。
父が爵位を持っていた憶えはないけれど、それなりに裕福な生活をしていた気がする。
どんな理由だったかは判らないけれど、凋落した家は一人娘である自分を捨てるしかなかったのだろう。
自分を拾った彼に、「親を恨んではいないか?」と訊ねられたことがあるけれど。
恨んでなんていない・・・といえば、嘘になるかもしれない。
けれど、誰よりも何よりも狂おしいほどに想う人に逢えたから。
ただ一人の人に、逢えたから。
今、ここにいられることを嬉しく思う。
反対に「親を捨てたのか?」と咎められたとしても、構わない。
望んで、彼に縛られ、愛され、この心と身の全てを捧げているのだから。
「欲しい物があったら、持って行っても構わないぞ?」
「え?」
そんなふうに少女が思い耽っていると、青年は不意に目の前の物を好きにしていいと言葉を投げかけてくる。
「でも・・・レヴィアスがお金を貸した代償でしょう?」
気が付けばいつの間にか人払いをしたらしく、広間には二人しかいない。
おそらく彼の部下が主の提案を聞けば、よい顔をしないだろうと判断してのことだろう。
誰に反対されても、その言葉を覆すことはないけれど。
煩わしいことを嫌う人は、事前にそれを遠ざけたのだろう。
―――― けれど、きっと、それも口実程度の理由なのだろうけど。
「俺の物は、お前の物だ。」
「ううん、いいの。」
楽しげに口を歪める人に遠慮することがないと言われるが、少女は薄く笑って首を振る。
そしてけだるげに椅子に座る人に近づいてその首に腕を回し、黒髪が掛かる額にそっとくちづける。
「わたしは欲しい物なんてないもの。・・・あなた以外。」
「クッ・・・相変わらず欲がないな、お前は。」
彼の意に反する返事にも拘らずその顔は満足そうに歪められ、彼女はいつのまにか腰に回された腕で以って体を膝の上に乗せられる。
「俺が無一文になれば、今のような生活は出来ないかもしれないぞ?」
そして軽く顎を持ち上げられ、今にも触れそうな距離で本当にそれでいいのかと訊ねられる。
しかし問いながらも否定の言葉など微塵も予感してない彼の表情に微笑み、アンジェリークは吐息に誘われるように自分から唇を重ねる。
「構わないわ。だから・・・傍において?」
そしてわたしの幸せを願うならば捨てないでと、少女は自分を抱く青年に囁くように懇願する。
「でも・・・あなたは、無一文になんてならないでしょ?」
しかし同時に確信めいた思いで、彼女は彼の言葉自体を否定する。
「どうしてだ?」
「あなたがあなたの考える『わたしの幸せ』から外れるようなこと、するわけないもの。それがあなたの幸せでしょう?・・・どんな手段を使っても、あなたが自分の幸せを手放すわけないもの。」
ククッと喉を鳴らして訊ねてくる人に、少女は自分でも傲慢だと思う言葉を持って答える。
けれど狂信と言えるぐらい彼を想い信じている彼女は、誰に咎められようともその考えを取り消すつもりはない。
この裏の世界の主への盲目なまでの想いこそが、今の少女を少女たらしめる唯一の真実だから。
「そうだな。ある意味、ここにある物の元の持ち主と同じだ。」
「え?」
「奥方を飾るために、尽くした末のことだからな。・・・お前に出会う前の俺ならば、「下らん」と切り捨てるところだ。」
自分の髪を一房取りくちづける彼に笑いながら同意され、アンジェリークは頬を染めながら首を傾げる。
すると青年は金と碧の瞳を楽しげに細めて少女の疑問に答え、己の愚かさに自嘲する。
「もっとも自分の身の程も知らず、結果的に没落しては意味がないがな。」
だが同時に己の才覚に多大なる自信を持ち、事実持っている彼は、客だった人間の愚鈍さをせせら笑う。
「レヴィアス・・・」
「お前が気にすることはない。」
「うん・・・」
その青年の言葉に少女は自分達の周りを取り囲む物の因縁を思い、眉を曇らせる。
しかし頬に大きな手を寄せられ、彼女はその冷たさに気持ちよさそうに蒼い瞳を細め、自分の手を重ねて頷く。
「お前は俺だけを見ていればいい。」
「うん。あなた以外は何もいらない。」
お互いにそれ以外の願いを持たない二人はうわごとのように繰り返し、甘美な毒のような欲望に突き動かされ求め合う。
天使の名を持つ少女はその背の翼をもがれることに幸福を感じ、恋い慕う者と共にその身を堕していくのだった。