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忘れられない日
色とりどりの花が香る宮殿の庭園。
「これでよろしいですか、陛下?」
「ええ、ありがとう。」
その空間でパチンパチンと響いていた音が止み、花鋏と切り花を手にした女性は背後に立っていた主人に伺いを立てる。
その訊ねに少女は微笑んで頷き、すでにたくさんの花の束を抱えた腕とは逆の手で女官が差し出す花を受け取る。
「でもどうされるのですか?こんなたくさんの花。」
「え?」
受け取ったそれを元から持っていた花とまとめ、アンジェリークは抱いた花々を見つめる。
しかし不意に投げ掛けられた質問に一瞬言葉につまり、あたふたと慌てる。
「あ、えっと、あの、部屋に飾ろうと思って・・・」
そして僅かに染まった頬を仮染めのブーケで隠し、間違ってはいない返答をする。
使用方法としては、確かに間違っていない。
宮殿の庭を華やかにしていた花達は彩る場所をこの宇宙の女王の部屋に変え、間違いなくそこで咲き誇るのだから。
しかし本当の質問の意味であろう何故女王自ら宮殿の庭中を回って集めた花を部屋に飾えおうとしているのかが、彼女には口外できない。
もっともそれは女王として隠さなければならないことがあるからではなく、恋する少女としての恥ずかしさが理由。
花も自分の行動も何もかも、好きな人への想いが形を成したものだったから。
そう。
今日は彼の誕生日。
これは、それを祝う『花』。
恥じらった主の姿にくすくすと微笑ましそうに目を細めた女官に別れを告げ、少女が頬を赤らめたまま庭に面した廊下を歩いていると、後ろから軽やかで元気そうな足音が近づいてくるのに気づく。
「こんにちは、エンジュ。」
「あ、陛下、こんにちは!」
ティアラに留められたベールを揺らしながら振り返れば、そこには予想通りお下げ髪のエトワールがいて、二人は互いに挨拶を交わす。
「あれ?陛下、なんだか顔が赤いですよ?どこか体の調子がお悪いのですか?」
「え?」
けれど眉根を寄せながら小首を傾げて訊ねられ、アンジェリークはハッとして花束を抱える腕に添えていた反対側の手で片頬を隠す。
「あ・・・ううん、大丈夫、平気よ、うん。ごめんなさい、心配してくれてありがとう。」
掌に感じる熱さに自分が如何に動揺しているか自覚してしまい、更に頬が熱くなるのを感じ慌てる。
しかしそれをどうにか自分の中でごまかし、そしてごまかしきれないと知りながらも目の前の少女をなんでもないと笑ってみせる。
「そうですか?ならいいんですけど・・・」
「本当にもう大丈夫だから。」
「はい・・・判りました。」
亜麻色の髪の少女はこの宇宙に来たときの女王の状態を知っているせいか、それでも尚心配そうな顔をする。
だが重ねて安心するように言うと、彼女はどこか合点がいかなそうな表情をしながらもコクンと頷く。
「あ、えっと、陛下、アリオスさんって、今聖地にいますか?」
そして急に思い出したように丸く口を開け、少女は銀の髪の青年の行方を訊ねてくる。
その質問の意味と彼女の腕の中の包みに気付き、アンジェリークはふわりと頬を緩める。
「ええ、きっと中庭にいると思うわ。」
「判りました、ありがとうございます。」
そして茶色の髪とベールを揺らして頷き、彼がいる詳細な場所を告げる。
すると彼女は聞くが早いか頭を下げ、再び駆け出そうとする。
「これ買いに行った時にセレスティアでメル様達に会ったんですけど、」
しかしまた何かを思い出したのか、踏み出したその足を止め、彼女は振り返り腕の中の箱に朱色の瞳を落とす。
「アリオスさんへの誕生日プレゼント、陛下のところに後でお届けするとおっしゃってました。自分達はいつ会えるか判らないけど、陛下ならすぐに渡してくださるだろうからって。」
「メル達が?」
「はい。」
先程別れた年少の守護聖の言葉をその主に告げ、エトワールはにっこりと笑う。
「判ったわ。言付けありがとう、エンジュ。」
「いえ。じゃ、失礼します。」
了承の返事をすると彼女はもう一度頭を下げ、今度こそ宮殿の中庭に向かって掛けて行く。
「『未来』は皆に好かれているようだな・・・」
「・・・うん。」
元気に掛けて遠ざかっていく後ろ姿をアンジェリークが微笑みながらが見送っていると、耳にではなく直接心に言葉が届く。
その声が唯一届く少女は一瞬驚きで目を見開きながらも、すぐに心から嬉しそうに頷く。
「あの頃わたし達が夢みていた『未来』は、今、ここで皆に望まれ愛されてるわ。」
そして横に立つ、けれど今は自分の目にしか映らない少年に、花が咲いたような笑みを向ける。
「でもアリオスにそんなことを言ったら、嫌な顔しそうだけど。」
他人と関わることを好まない、けれど面倒見のいい青年が眉間に皺を寄せるのを想像し、女王はくすくすと笑う。
「でも今日という日を祝わずにいられないわ。例え、喜ばしく思うのが世界中でわたしだけであっても。」
想い人であると同時に、この宇宙最初の御子である彼。
生じたその経緯と彼が過去を持つことと、そしてその過去を理由に、今は公には記録されてないけれど。
この宇宙に初めて生まれ出でた小さな命は、二人の少女とこの宇宙の意思が夢みていた『未来』そのものだった。
それはまだ幼すぎる宇宙では、『希望』とも言い換えられて。
宇宙を育て慈しみ統治する少女は、涙で以てその誕生を祝福した。
さまざまな想いが去来しつつも、純粋に嬉しさでその眦を濡らした。
「あれからいろんなことがあったけれど、あの日のことはきっと一生忘れられないわ。」
彼が生まれたと聞かされた日のことを思い出し、アンジェリークは僅かに目を潤ませる。
「・・・『未来』を一番愛し望んでいるのは、やはり女王なのだな。」
「?!アッ、アルフォンシアッ!」
しかし不意に響いた真摯な口調で感嘆したような自分の半身の言葉に、ようやく収まりかけていた頬の熱を再び強く感じる。
そして思わずその名を叫ぶが、けれど彼は穏やかに目を細めて笑みを浮かべ、現れた時と同じように唐突に溶けるようにその姿を消す。
「も、もう・・・」
けしてからかったつもりはないのだろう聖獣の言葉に溜め息をつき、少女は頬を染めながら今は誰もいない空間を見つめる。
けれど同時のその言葉が真実であれば嬉しいと思い、アンジェリークは彼が好きだという雲が浮かぶ空を見上げる。
「忘れないわ・・・アリオスが生まれた日だもの。」
そして小さく呟き、彼女は想い人を想いながら眩しそうに蒼い瞳を細める。
聖地の外では、秋が終わりを告げる頃。
女王は自らの腕に抱いた慶する為の花に顔を寄せ、幸せそうに微笑むのだった。