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史上最強のアイツ



晴れ渡ったアルカディアの空。
かつて二人の女王が救ったその地の一角にあるテーマパークの正門前にある噴水の脇を、楽しげに鼻歌を歌う金髪の少女がうきうきと歩いていた。


「ゼフェルッ!早くっ!」
その後ろをうんざりとした表情を浮かべつつ歩いていた鋼の守護聖は、振り返った彼女にせかされて小さく溜息を吐きその歩みを少し早める。
「へいへい、女王様・・・」
「なぁに、そのやる気のなさそうな声は。」
追いつくと少女は腰に手を当て柔らかそうな頬を膨らませ、碧の瞳で睨みつけてくる。
そのまったく怖くもなんともない視線にゼフェルはまた溜息を吐いて、洒落ているのか変装なのか、耳の下で二つに分けて結っている髪を軽く引っ張る。
「痛っ!何すんのよっ!」
「それはこっちのセリフだ。朝っぱらから人を起こしやがって・・・眠ぃっつーんだよ。」
むぅっと更に頬を膨らませて不平を唱え髪を押さえる彼女に、彼もまた不平を唱える。


朝も早くから宮殿を抜け出してやってきた少女に叩き起こされて。
いきなりのことに機嫌を悪くしながらも未だ寝ぼけていた自分に、セレスティアに行こうと誘いを掛け。
それだけならまだしも、さっさと着替えろとばかりに寝着を脱がせに掛かり、さすがに目が覚めた。

仮にも女王がと、首座の守護聖でなくとも頭を抱えたくなる所業だろう。
女王云々以前に年頃の娘として、問題な気がするが。
あまりにも奔放すぎる行動に、普段目上の者達に限らず同年代の者達にも口うるさいことを言われている自分でさえ、諌めたくなってくる。

それでもそこで説教するのではなく、文句を言う程度で言いなりになってしまうのが悪いのだろうが。
惚れた弱みといわれればそれまでだが、我ながら己の趣味を疑いたくなり哀しくなる。


「ゼフェルは夜遅くまで起きてるから、眠いんでしょ?わたしは眠くないもの。」
「そうかよ・・・」
悪い意味でまさしく女王様としか言いようのない尊大な態度で自業自得だと言われ、ゼフェルは欠伸を噛み殺しながら肩を落とす。
「で?どこに行くんだよ?」
「ゼフェルはどこに行きたい?何か欲しいものある?」
何かを諦めながら目的地を訊ねると、何故か彼女は目を輝かせながら逆に訊ねてくる。
その無邪気な笑顔に一瞬見惚れてしまい、だが悔しく思う少年は頬が熱くなるのを自覚しながらふいっと顔を背ける。
「行きたいところがあって、誘ったんじゃないのかよ?」
しかし不可解すぎる彼女の言動に、彼はそっぽを向いたまま更に問い返す。

「ゼフェルと来たくて、誘ったの。」

「は?」
「今日はゼフェルの誕生日だから。おめでとう。」
だが目的は行く場所でなく共に行く人物だと言われ、少年は少女に向き直る。
すると彼女はにっこりと笑って、その理由と祝福を口にする。
「プレゼント、色々考えて探したんだけどね、考えれば考えるほどわかんなくなっちゃって・・・ゼフェルに自分で選んでもらおうかなって。聖地よりもここの方が店頭の品揃えはいい気がするから・・・眠いのに、ごめんね。」
そして少々申し訳なさげに少女は無理やり連れ出した訳を告げ、最後に今更謝ってくる。
「だっ、だったら別にこんな早くに来なくてもいいだろうが。叩き起こされなかったら、オレだって文句は・・・」
珍しくしおらしい様子に戸惑い、しかし未だ反抗期を抜け出せない少年はそれを素直に受け取れずぶつぶつと口の中で独り言ちる。
「だってゆっくりしていて、ジュリアスとかに見つかったら大変でしょう?」
けれど聖地を抜け出したなんて知られたらまた怒られちゃうと首を竦める姿に、一瞬にしてどこか後ろめたかった気持ちは霧散する。
「ここに来てからでも見つかっちゃう可能性はあるけど・・・でもずるいわよねぇ、守護聖は来てもいいのに女王は来ちゃダメなんて。」
更にはずるいとまで言われ、昔、宮殿を一緒に抜け出して首座の守護聖に思いっきり殴られた少年は何度目かの溜息を吐く。
あの頃よりは行動の制約は緩められているはずなのだが、それでも彼女には不満らしい。
それは自分同様、普段の行いが悪いせいでもあると、ゼフェルは思うのだが。
「・・・ちゃんと話通せば、護衛でも付けて連れてきてくれるんじゃねぇか。あっちの宇宙はそうだろ?」
「それじゃつまんないじゃない。ただのショッピングや遊びなのに、話が大きくなっちゃうわ。それにアンジェリークの護衛は『彼』だもの。わたしの場合とは違うでしょ?」
どうしてこの自分がそんなに行儀のいいことを言わねばならないのかと思いつつも提案してやると、案の定少女は真っ向から却下してくる。
「わたしはゼフェルと来たいんだもの。付けられた護衛となんて、楽しくないわ。」
「・・・そうかよ。ったく、しかたねぇな。」
しかし花咲く笑みで続けられた言葉に誑かされ、少年はまた赤くなりながらも渋々を装い目の前の少女に振り回されることを覚悟する。

「どこに行きたい?」
「あ〜、ちょっと腹が減ったな。まずはなんか食うか。」
再び行き先を訊ねる彼女に、ゼフェルは空腹感を訴える。
起きてすぐに連れ出されたせいで、今日はまだ何も飲食していないことに今更気づく。
「なんか食いたいもん、あっか?」
「ううん。わたしは食べて出てきたから。・・・あ、でも・・・」
今日は自分の希望優先だと言われながらも彼が訊くと、彼女は結わえたふわふわの髪を揺らして首を横に振る。
しかし一瞬何か考えたように首を傾げ、さもいいことを思いついたとその顔に笑みを浮かべる。
その表情にゼフェルが怪訝そうにするが、不意に少女の顔が近づいてそれに反応を返す間もなくまた離れていく。
「ごちそうさま♪」
「・・・なっ!」
唇を奪われた彼が我に返る前に彼女は恥ずかしげもなく礼を口にして楽しげに駆け出し、離れた場所でまた早く早くせかす。
「おまっ・・・普通、それは男のセリフだろうがっ!」
そのあまりにも平然とした態度と自分の動揺になんとも言えない苛立ちと照れを感じ、それをごまかすように少年は楽しげな少女に怒鳴り散らす。



しかしそんな最強な少女に惚れていると自覚する少年は。
一日中振り回されながらも、誕生日の一日を共に過ごしたのだった。