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花の褥



広い花畑の真ん中に聳え立つ大きな木。

「・・・・・・寝てやがる。」

その根元で銀の髪の青年が見つけたのは、咲き誇る花に埋もれながら眠る赤いワンピースの少女。
時空の狭間にぽっかりと浮かぶこの地の一角を育成する合間に、自分と秘密の逢瀬を重ねる彼女がそこにいた。
「ったく・・・」
無邪気で無警戒なその寝顔に、アリオスは呆れながらもその口の端を上げる。
そして横たわる彼女の横に座り、育成の資料なのか、無造作に置かれたファイルを手に取る。
「ふ〜ん・・・なかなかやるじゃねぇか。」
中を開けば、予想通りエレミアの育成状況と予測が印刷された用紙が週毎に順追ってきれいに綴じられている。
そしてその紙には少女なりの育成の予定が生真面目にも、朝・昼・夕、一週間分記されている。
もっとも少女なりとはいっても、さすがは女王、入り組んだ要因を上手く昇華してサクリアのバランスが取れるような結果を導いていたが。

そんな毎日の育成の予定の中に、毎週決まって火曜と木曜の昼に記されている『約束の地』の文字。
恐らくは予定を立てる最初に書かれたのだろうそれは、周りが空白だった為か他の事柄よりも少々文字が大きい。
そのことがまるで彼女が自分との逢瀬を楽しみにしていることを表しているようで、彼は知らずと緩んだ口元を更に緩める。
いや、実際いつも楽しそうに駆けて来る、もしくは嬉しそうに出迎えてくれるのだが。


「ん・・・んぅ・・・ん?」
しばらくパラパラとその書類を眺めていると、隣で小さな声が聴こえ蒼い瞳が瞼の下からうっすらと覗く。
「起きたか?」
「ん?・・・え、アリオス?」
「寝ぼけるなよ?」
声を掛けるとぼんやりとした視線が自分を捕らえ、パチパチと何度か瞬きをし驚いたように声を上げる。
「や、やだ・・・来てたなら、起こしてくれればいいのに。」
自分がどこにいてどうしてここにいるのかを思い出したらしい少女は慌てて身を起こし、寝乱れた衣服と髪を整える。
そして恥ずかしさからか頬を染めながら、僅かに頬を膨らます。
「バ〜カ。むやみやたらに起こして、寝起きの悪い誰かさんに張っ叩かれたら災難だろ?」
「た、叩いたりしないわ。もう知らないっ!」
そんな愛らしい仕草に青年はクククと喉を鳴らして笑い、怖いから遠慮すると首を竦めて見せる。
しかしその彼の言葉にますます頬を膨らませ、彼女はふいっとそっぽを向く。

「ったく・・・花びら、付いてるぜ。」
その横顔に金と碧の目を細め、アリオスは手に持ったままだったファイルを地に置く。
そして昼寝の名残が残る癖のない髪に、彼は長い指を伸ばす。
「え?あ、ありが・・・・」
忠告と近づいた手に一瞬自分の不機嫌を忘れたのか、それとも礼儀正しい性格から来る条件反射なのか、彼女は礼を言おうと顔を戻す。
だがその感謝を紡ぐ唇を、彼は花びらを手にしながら軽く盗む。
「・・・ア、アリオス・・・」
「ま、褒美だ、褒美。」
いきなりのくちづけに更に赤くなる少女にニヤッと笑い、アリオスはポンポンッと茶色の頭を叩く。
「褒美って・・・何の?」
「さぁな?」
しかし真っ向から年下の恋人を褒めることをしない青年は、怪訝そうな表情を浮かべる彼女を尻目に寝転がる。
そして赤いリボンが絡まる細い二の腕を引っ張り、華奢な体を自分に寄り添うように再び横たえさせる。

「アリオス?」
「寝ろ。まだ眠いんだろ?」
胸元で不思議そうに名を呼ぶ声に、彼は眠りを促すように彼女の頭を抱える。
「でも、せっかく一緒に・・・・」
「この俺の添い寝が、そんなに不満か?」
「そっ・・・」
しかしたまに会えたのに眠るのがもったいないと思うのか、少女は再度夢路をたどることを躊躇う。
そんな腕の中の彼女の気持ちに気付きながらも、アリオスはからかうように小さな耳に囁く。
するとその瞬間、絶句した声と共に小さな体は強張り、体温が上がるのを感じる。
「相変わらず面白いな、お前は。」
「どうしていつもからかうの?・・・アリオスのバカ。」
その反応に楽しげに笑うと、蒼い瞳が恨めしそうに見上げてくる。
「寝てろ。頃合になったら、今度は起こしてやるから。」
「・・・うん。」
そんな出逢った頃と変わらない彼女に愛おしさが増しつつも、彼は宥めるように頭をなでる。
そしてその手の暖かさに安心したのか、少女は全身の力を抜き青年に寄り添ったまま眠気に身を任せる。



すやすやと眠る少女を腕に抱きながら、雲が浮かぶ空に心残しつつもアリオスも満開の花の中で瞳を伏せたのだった。