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Attractive Girl




平日の昼下がり。
約束の地からとぼとぼと戻ってきたアンジェリークは、大龍商店から続く道に紫紺の髪と瞳を持つ女性を見付けた。

「あ、ロザリア様・・・・」
「あら、アンジェリーク。ごきげんよう。」
「こ、こんにちは。」

にっこりと美麗な微笑みで挨拶され、少女は慌てて頭を下げる。
「チャーリさんのところへ行ってらしたんですか?」
「ええ、アン・・・いえ、陛下が注文しておいた物が入ったというから。でもあいにく陛下は執務中で、レイチェルに留守を頼んで私が代わりに取りにきましたの。」
「そう・・・ですか。」
すらすらと返事を返す故郷の宇宙の補佐官に、新宇宙の女王は少し見惚れ、そして小さな劣等感を感じる。


それは、さっきまで逢っていた人に何気なく彼女のことを訊ねてしまったことが原因だった。

『なかなか色っぽくていい女だよな。』

多分予想がついていた彼の感想に、想像以上に落ち込む自分がいた。
どう頑張ったって、自分が彼女以上に色っぽくなることなんて出来るとは思えなかったから。
だからそう褒める青年の言葉は、少々ショックだった。
『冗談だ』とは言っていたけれど、『好みじゃない』とは言っていたけれど。
それでも『美人は好きだ』というからには、嫌いなタイプではないのだろう。
だとすれば、誰が見ても子供な自分なんて本当に出る幕ないかもしれない。

そのくせ『可愛い奴』とか言って笑って、人の心を惑わしたりして。
やっぱりあの人はかなりずるいと思う。


「どうかしたの、アンジェリーク?」
気遣わしい声にハッと我に返ると、麗しい顔に心配そうな表情が浮かんでいた。
「いえ・・・なんでも・・・・」
「そう?なにかあったのなら、レイチェルでも私でも陛下でもおっしゃいなさい。私達では微力にもならないかもしれませんけれど。」
「そんなこと・・・・わたし、陛下達がいなかったら、今回のこと、どうしていいか判らなかったと思います。」
佳人の優しい言葉に、少女は少し自己嫌悪に陥り俯く。
こんな細やかな心遣いをしてくれる女性に、意味もなく嫉妬してしまったと。

「・・・・あの、ロザリア様?」

少し躊躇って、アンジェリークは口を開く。
「ロザリア様、『色っぽい』って言われるのと『可愛い』のとどっちが嬉しいですか?」
「・・・・・・どなたかに何か言われましたの?」
「あ・・・別にそんな・・・・」
眉を顰めて問いに問い返されて、こんなこと聞くんじゃなかったと小さく唇を噛む。
その様子に、ロザリアは悪いことを言ってしまったかしらと苦笑する。
「ふふっ・・・まぁ、誰とは聞きませんわ。・・・そうねぇ、あの陛下の補佐をしているせいなのか判りませんけれど、歳よりも上に見られることは多いですわね。」
「はい・・・・」
「それに小さな頃から『女王』になる為に常に気を張ってましたから、『可愛い』とは余り言われませんでしたわね。」
くすくす笑って答える彼女に、少女は少し驚いて目を丸くする。
「だから・・・嬉しいかどうかは判りませんけれど、たまには言われてみたいですわね、『可愛い』って。」
「そう、ですか・・・・」
少し意外な答えをされて、アンジェリークは戸惑う。
けれど言われ慣れてないから、言われてみたいと言う気持ちは判る気がする。

「あなたは、『色っぽい』って言われたいのね。」
「えっ?」

今度は反対に唐突に問われて、訊ねる人を赤くなって見上げる。
「けれど無理しなくても、今のままで充分だと思いますわ。」
「で、でも・・・」
「自分で気付かずうち、綺麗になってゆくものですわ。・・・特に恋をすると。」
「ロ、ロザリア様・・・・」
優美な微笑みと共に親友にも秘密にしていることを指摘され、アンジェリークはますます頬を赤くする。
「きっと、その方だってあなたのこと、そう思ってるはずですわ。」
「そ、そうでしょうか・・・・・」

いつも子供扱いされて。
からかわれてばかりで。
すぐに皮肉下に笑われて。
でも・・・ちゃんといつも待っていてくれる。
特に約束をしたわけでもないのに。

ならば。
釣り合いが取れるまで待っていてくれるだろうか?
その時まで側にいてくれるだろうか?

今度こそ。

「だと、いいんですけれど・・・・」

斜に構え口端を上げる彼の姿を想像して、恋する少女は小さく微笑む。

きっとそのこと訊ねてみても、素直に答えは貰えず逸らかされるだけだろう。
けれど逸らされても、手を伸ばせば届くところにいてくれればそれだけで嬉しいから。
いつか、一度だけでも褒めてくれればそれでいい。


「ああ、そうそう。アンジェリーク?」
「はい?」
突然何か思い出したように手を合わせる補佐官に、彼女はきょとんとする。
「チャーリーが『この頃、アンジェリーク来てくれへん』って嘆いてましたわよ。」
「あっ・・・・・」
確かに、最近、宇宙随一の商人のお店に行っていない。
そのことに思い当たり、アンジェリークは口元に手を当てる。
「アンジェリーク、今日の予定は?」
「これから、仲介をお願いに伺おうと思っていたのですけれど・・・・」
「その前に、ちょっとだけ息抜きしてみたらいかがかしら?例えば、そのどなたかへのプレゼントを買いに行ってみる、とか。」
「でも・・・・」
その提案に、少女は当惑する。
「あなたから貰えるのなら、誰だって喜ぶんじゃないかと私は思うのだけれど。」
「ロザリア様・・・・判りました。プレゼント、選んでみます。」
けれど喜んでもらえるのなら、やっぱり嬉しいから。
あの人のその顔を見てみたいから。
「それじゃあ、後で伺いますね。」
にっこりと笑って一礼をして、茶色い髪の少女はアルカディア一高いビルへと駆け出したのだった。


その心なしか楽しげな後ろ姿を目を細めて見送って。
このことは陛下に内緒にしておこうと心に決め、ロザリアは執務室に帰ったのだった。