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聖なる夜に
意志が聖獣の姿をとる宇宙。
その中心にある女王が住む聖地。
そこはいつも美しい地ではあったが。
今夜は雪が降り、人々は華やいで。
そして流れる空気自体、浮かれていた。
「クリスマス?」
愛しい少女のところに神出鬼没に現れた青年は、宮殿内の浮ついた雰囲気に眉を顰めその主に尋ねた。
「そうよ、今日は聖地のカレンダーではクリスマスなの。」
満面の笑みでそう答えるアンジェリークに、アリオスはソファーにドカッと座りながら呆れたように溜め息を吐く。
「馬鹿げた騒ぎだな。」
「いいじゃない、年に一度のことなんだから。」
「年に一度、ね・・・・」
少し頬を膨らませ自分を睨む彼女を愛らしく思いながらも、彼は銀色の髪を掻き上げながら減らず口を叩く。
「で・・・なんだよ、この料理は?おまえも浮かれてるのか、女王陛下?」
そして自分の前にあるテーブルに鼻歌交じりに置かれていく、ケーキやら鳥やらシャンパングラスやらを怪訝そうに眺める。
「なんだか俺が来るのが判ってたみてえじゃねぇか?」
まるで計ったように二人前あるそれに、アリオスは不審感を募らせる。
「まぁおまえなら、これぐらい平気で平らげちまうかもしれねぇが。」
「しっ、失礼ねっ!いくらなんでも、食べきれないわよっ!」
「じゃあ、なんでだよ?別に約束してなかっただろ?」
向かい側のソファーに座り憤慨する少女に心の中で苦笑し、青年は問いを繰り返す。
「・・・・なんとなく。」
「は?」
「なんとなく、アリオスが来てくれるような気がしたの。」
頬を染め俯き加減で答える姿に、彼は片眉を上げる。
愛らしくはあるがその言葉になんとなく面白くないものを感じ、金と碧の瞳を僅かに彼女から外す。
「・・・・女王の力ってヤツか?」
自分でも大人げないと思いながらもそれ以外の調子は出せず、アリオスは拗ねたように訊ねる。
「ちっ、違うわ。」
「違う?」
「わたしの女のカンよ。」
大真面目な顔でそう言いきった彼女に一瞬絶句し、次の瞬間思わず吹き出し肩を震わせて笑ってしまう。
「な、何よ。そんなに笑うことないじゃない・・・」
「だって、おまえ、女のカンってな・・・」
眉根を寄せて傷ついたように自分を見る蒼い瞳に内心慌てて笑いを堪え、アリオスはアンジェリークに向き直る。
「まぁ、確かにおまえは『女』だし、別にいいんだがな。」
笑みを口元に浮かべた程度にし、青年は想いを秘めた瞳で少女を見つめる。
「なんか引っかかる言い方。」
「気にするな。」
「もう、アリオスのバカッ!」
しかし当の本人はそれに気付かず、頬を膨らませる。
けれど一言言ったら気か済んだのか、気を取り直したように少女は目の前の料理を取り皿に分け始める。
「あ、あとね・・・」
「ん?」
だがふとその手が止まり、クスッと笑いながら再び言葉を紡ぎ出す。
「わたしの願いもあったかな、アリオスとクリスマスを過ごしたいなって・・・」
「・・・・・・アンジェ。」
「お料理作って、ケーキ焼いて・・・あなたを待ってみようかなって。たとえ来てくれなくても楽しいじゃない、その方が。」
頬を染め照れたように微笑む彼女に、彼はいつもの事ながら目を奪われる。
「ったく・・・来なかったら、どうするつもりだったんだよ?」
しかしこれもいつもの事ながらそれを少女に悟られるのがシャクで、ついつい減らず口を叩いてしまう。
「いいの。アリオスはこうしてきてくれたし、わたしの願いは叶ったもの。」
「相変わらず、ほんと、おまえはおめでたい奴だぜ・・・」
にっこりと笑い二人の前に料理を盛った皿を置く姿に、彼は金と碧の瞳を細める。
「まぁでも、そうだな・・・おまえと二人なら悪くねぇかもな。」
「え?」
その自分の呟きにすでに料理に目を向けていた顔を驚いたように上げ、少女は蒼い瞳を見開いた。
「・・・・本当?」
「ああ、悪くない。」
「嬉しい・・・・」
本当に嬉しそうに微笑み目の淵に涙さえ滲ませる彼女に、アリオスはらしくなく見惚れ、心を支配される。
そして普段は押さえ込んでる衝動が押さえ切れずに顔を出し、彼はとある感情を浮かべた瞳をすぅっと細める。
「その割には・・・・なんだ?」
「なぁに?」
「どうしてそっちに座るんだ?・・・・もっと傍に来いよ。」
「ええっ?!」
一瞬にして沸騰したように真っ赤になる少女に皮肉げに口の端を上げ、自分の隣のスペースを指し示し軽く叩く。
「ア、アリオス、あの、また、わたしのこと、からかってる?」
「さぁ、どうだろうなぁ?」
吃って訊ねる姿を楽しげに見つめ、青年は軽口を叩き肩を竦めてみせる。
「なんだよ、来ないのか?・・・来ないんなら、俺が行くぜ?」
そして固まったまま動こうとしないアンジェリークに、アリオスは僅かに腰を上げる。
「えぇっ、ヤダ、こっちは一人掛け・・・・」
「だから、おまえが傍に来いって最初から言ってるだろ?」
「うっ・・・」
想像通り慌てて押し止めようとされ、青年は笑いながら重ねて少女を促す。
「も、もう・・・」
困ったように溜め息を吐いて、彼女は皿を持ちテーブルを回り込む。
そしてストンと彼の横に腰を下ろして見上げて、もう一度溜め息を吐く。
「これでいい?」
「いや・・・まだだ。」
「えっ?・・・ぁっ!」
小首を傾げ愛らしく訊ねる少女にニヤッと笑い、アリオスはその小さな体をいきなり抱き寄せる。
そして鼻孔を擽る天使の甘い匂いを、茶色い髪に顔を埋めながら体の隅々まで行き渡るように吸い込む。
「ア、アリオス?」
明らかに体温を上げ戸惑いながらも体を預けてきた彼女に目を細め、彼は壊れ物を扱うように柔らかく抱きしめ返す。
「・・・なぁ、アンジェ?」
「な、何?」
すっぽりと腕の中に収まってしまう少女の温かさに浸りながら、青年は小さな耳元で囁き訊ねる。
「クリスマスってのは、恋人達の為の夜なんだろ?」
「え?こいび、と・・・?」
驚いたように顔を上げたアンジェリークに薄く笑い、アリオスはそっと唇を寄せる。
「だとしたら、俺は・・・おまえじゃない誰かと過ごす聖夜なんて、考えられない。」
「アリオス・・・」
じぃっと見上げてくる少女の後ろ髪を弄びながら、青年は真摯な声で素直に気持ちを伝える。
けれど彼女は心持ち不安そうな表情を浮かべて、桜色の唇を開く。
「からかってない、よね?本当に、そう、思ってくれてるのよね・・・?」
そのか細く確認する声に、今まで自分か散々何をしてきたのか改めて気が付いて苦笑する。
そして彼は彼女の形の良い額を自分のそれを重ね軽く小突く。
「クッ、バーカ。いくら俺でもこんな時にからかうかよ。」
「アリオス・・・嬉しい、ありがとう・・・・っ!」
体中で喜びを表し首にぎゅっと抱き付いてきた少女を片腕で抱きしめて、片手で熱い頬に掛かる髪を漉き撫でる。
「・・・・礼を言うのは、俺の方なんだがな。」
「え?」
「この夜は、アンジェ、おまえが俺にプレゼントしてくれたんだぜ。」
不思議そうに首を傾げる恋人に頬を緩め、彼は真っ直ぐな視線で見つめる。
「おまえは否定するかもしれねぇが・・・・やっぱ呼ばれたような気がするんだ、おまえに。」
それが女王のサクリアなのか。
それとも願いが込められた祈りが届いたのか。
それは判らないが。
確かに聖地に来る直前、声を聴いた気がした。
愛しい少女が自分を優しく呼ぶ声を。
「あ・・・」
すぅっと頬のラインに沿い指を滑らせ、小さな顎を持ち上げる。
「だから、俺もおまえにやるよ。忘れられない、一夜の思い出をな・・・・」
「アリオス・・・」
そしてそっと蒼い瞳を伏せた少女の唇に、アリオスは想いを込めてくちづける。
「・・・・メリークリスマス。」
雪が静かに降り続ける聖地で。
恋人達のクリスマスはこれから始まり。
そして今宵は二人にとって、忘れることの出来ない一夜になるのであった。