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Fantasia




戦い終わって、日が暮れて。
この宇宙を侵略しようとした『皇帝』が倒されて、早2週間あまり。
救世の天使も自らが統治する宇宙に帰ってしまったのに、聖地ではまだ宴が続けられていた。
そしてわれらが女王陛下は。
すっかり体調も良くなり、元来のお祭り好きな性格も手伝って、すでに主催でもないのに毎日毎日どんちゃん騒ぎに参加し、補佐官と筆頭守護聖の眉間のしわを増やしていた。


「きれーなお月さま。」
喧騒の大広間をちょっとだけと抜け出し、アンジェリークは夜の聖地を散歩していた。
ロザリアが見たら、きっと「とんでもないっ!」と怒るだろうけど。
夜風で体を冷やさない様にしっかりストールも巻いてるし、散歩と言っても聖殿の敷地内。
大丈夫。
・・・・・たぶん。
「あ、でも、ドレス汚したら怒られちゃうかな。白い服なんて来てこなきゃ・・・・・・・・・・ん?」
西の塔の前まで来た時。
気が付いた。
・・・・・まだ、いる。
殺意も悪意もない、少なくとも今は。
迷うように行ったり来たりしているそれは、漆黒と銀灰の光珠。
ふわり、ふわりと。
塔の主がそばで見ているのにも気付かず。

「久しぶりね、『皇帝』さん。」
突然話掛けられ、光球はぴたりと動きを止める。
そんな『彼』の様子に気が付かない振りをしながら、この宇宙の女王は言葉を続ける。
「まだ、こんなところにいたの?待ってるんじゃないの、あの子。」
(なぜ我だとわかった?)
問に答えず、問で返す。
きっと相手は答えずとも答えを、たぶん知っているだろうから。
「こんな所でうろうろされてちゃ、嫌でも気付くわ。」

こんな所。

西の塔。
・・・・・次元回廊がある場所。
もっとも、物理的存在しているのならともかく、精神的存在ならばわざわざ回廊を通らずとも行ける。

新宇宙へ。

きっとここで迷っているのは便宜上。
そして、茶色の髪の女王が故郷を去った場所だから。

「あの子は祈ったのよ、あなたの為だけに。」
(知ってる・・・・・)
見ていた。
満天の星の下、静かに涙を流す少女の姿を。
敵であった我の為に、裏切った俺の為に。
「知っていたら、何故行かないの?」
最初の質問を金の髪の女王は繰り返す。
「あの子は、アンジェリークはあなたの幸せを願ったのに。」
(我がいては、妨げになる。)
「・・・・・・わからない?」
同じ名前を持つ少女は、キッと視線を強くする。
「女王が、唯一人の為に祈りを捧げるというのがどう言うことか。」

女王。
それは、宇宙を発展させ、導き、精神的に統治する事を許された存在。
幾多の命をその身に預かり、全てのものを愛する事を義務づけられた女性。
独りの人。

「この上ない罪悪感を感じてるでしょうね。」
(我などの為に願うからだ。)
「けれど、後悔なんてしてないわ、きっと。」
白い手が光に触れる。
その瞬間、それは人へと形を変える。
「な・・・・に?」
「やっぱりこの方が話しやすいわ。」
驚く彼に、不思議を形にする少女はにっこり笑う。


「お願い。あなたの幸せが彼女の元にあるのなら、行ってあげて。」
「我の幸せが、アンジェリークの幸せだとは限らない。」
左右違う色の瞳が伏せられる。
「ばかね、嫌いな相手の幸せを祈るわけないじゃない。」
「それに・・・・我はこの宇宙を蹂躪しようとした。彼女の故郷をだ。」
許される訳がない。
許されようとも思わないが。

「あなたの顔なんて、誰も知らないわ。」

「・・・・・・・・・?」
「新宇宙で、あなたの顔を知っているものなんて、誰もいないわ。唯一人を除いてはね。」
『皇帝』を名乗ったものに、彼女は人差し指を突きつける。
「わかってるんでしょう?アンジェリークを変えてしまったのは、女にしてしまったのは自分だって!あなたさえ侵略してこなければ、自分の身を堕としでても誰かを護ろうなんて気持ち、あの子には芽生えなかったの!」
「我の、せいだと・・・?」
「そうよ。ちゃんと責任取りなさい。」
あの子を護って。

「我でなくとも、誰かがあいつを愛するはずだ。」
心に背く答え。
肉体を捨ててもなお、彼はその信念を貫こうとする。
「ええ、愛してはくれるでしょうね。」
辛そうな横顔を見ながら、少女は真実を呟く。
彼女の信念は、自分の心のままに生きることだから。
「でも、駄目なの。」
「何?」
「創世の天使は、その役を降りても、宇宙の母親なの。」

尊敬され、敬愛され、慈しまれ。

「あの子がこの宇宙に戻ってくるのなら、それでもいい。けれど、新宇宙で一生を終えるというのなら、あなたでなければ駄目。」
アンジェリークは、ぎゅっとドレスを握り締める。
「頼る相手がいない世界で、生きて行くのは酷よ。」
周りの誰もが子供という存在。
誰かによりかかることは許されない。
「補佐官という親友はいるわ。でも、あの子にはあの子の問題があるから。」
完全に支え支えられる関係には、なり得ない。
「お願い。護ってあげて。愛してあげて。これは女王ではなく、アンジェリーク・リモージュとして、あなたに願うわ。」
両の手が祈りの形に組み合わされる。
「おまえ、馬鹿か?」
自ら名を名乗るなんて。
隷属を意味することは、知っているだろうに。
ましてや、魔導士相手に。
「あの子の辛さがわかるのは、あたしだけだから。」
だから、いいの。

「封印しておいてやるよ。」

彼はうるさそうに髪を掻き上げる。
「そこまでしてもらう筋合いねぇからな。」
だから、記憶の封印を。
「行くのね?」
「これ以上ここにいると、うるさく言われるからな。」
その言葉を聴いて、少女は心から嬉しそうに微笑む。
「よかった・・・・・」

憎まれて当然なのに。
何故この女は、笑うんだろう?
・・・・・・そうか。
笑うのは、俺の為じゃない。
自分の為だ。
問題を置き換えて考えてやがる。
だからこの笑顔の行く先は ―――――――――

「そうだ。」
ぽんっと手を叩き、アンジェリークはパッと旅立つ彼を見上げる。
「これ、あたしからのプレゼント。」
なにもなかった彼女の手から手渡される贈り物。
「これは・・・・・?!」
「今度こそ、幸せになってね。」
その中身は二人だけの秘密。
いや、贈られた方の記憶はやがて封印されるのだから、女王一人の秘密というべきか。


自分の手に載せられたそれを、彼は笑顔とも泣き顔とも言えない表情で見つめる。
「ありがとう・・・・・・」
そして孤独に愛された青年は、この宇宙から今度こそ跡形もなく消えたのだった。





「ああっ、もう!だから飲み過ぎだって言ったんだよ!」
「まぁまぁ、マルセルちゃん。カッコつけたい年頃なんだから。」
「だからって、ラッパ飲みはないと思います!」
ギンッと睨む緑の守護聖を夢の守護聖はなだめる。
ひょっとして、残り少ない先代の秘蔵のお酒を、宴会に使われたことを怒ってるんじゃと思いながら。
「ほんと、懲りない奴だよな。」
やれやれ。
普段彼とケンカばっかりしている風の守護聖は、首を竦める。

「ただいまーって、・・・・・どうしたの?」
「あっ、陛下!どこ行ってたのさ?」
「え〜っと、散歩。・・・・・・で、この寝っ転がってる物体は何?」
「見ての通り、酔いつぶれた鋼の守護聖です。」

ゆかにぺったり。
銀の髪をした少年はだらしなく倒れている。
けして弱い訳じゃないけれど。
やたらと飲み過ぎる傾向がある。

「駄目ねぇ〜。」

アンジェリークはしゃがみ、ツンツンと突いてみる。
反応なし。
完全に意識を手放してる。

「陛下、ちょっと済まないけど、このコ見ててくれる?」
「いいけど・・・・、なんで?」
「どの瓶もみんな空っぽなんだよ。取りに行ってくるからさ。」
「えっ、まだ飲むんですか?!」
「もう止めときましょうよ。」
「うるさいよ、あんたたちっ!じゃ、そういうことで。」
「あ、うん・・・・」

酔っ払いと二人残された少女は、自分が巻いていたストールを彼に掛ける。
そして、ちょっと考え、座り込んだ自分の膝に少年の頭を乗せる。
「飲み過ぎは駄目よ。」
多分聞こえてはいないだろうけど。
小さく呟いてみる。
意外と柔らかい髪を猫の子のようになぜながら、自分のせいかもとも思う。
あたしが女王だから。
「ごめんね、ゼフェル。」

「・・・・・・なに謝ってんだよ。」
聞こえてきた声に、アンジェリークは膝の上を覗き込む。
「起こしちゃった?」
「いーよ、別に寝てた訳じゃねぇんだからよ。」
言いながら、自分に掛けられていたストールを剥ぐ。
「オラ、着てろ。」
「あたしは、大丈夫よ。」
「いいから!」
ゼフェルはガバッと起き上がり、ぐるぐる巻きにして再び彼女の膝を枕にする。
あっという間の出来事に声も出ない。

「ゼフェルは優しいね。」
頭上から聞こえてきた言われなれない言葉に、万年反抗期な少年は眉をひそめる。
「あぁ?」
普段、「イジワル!」だの「鈍感!」だの「ばか!」だの言ってるくせに。
今日に限って、どういう風の吹き回しだ?
「あたしのこと、怒ったことほとんどないもの。」
「そうか?」
「そうよ、怒鳴って心配してくれるけどね。」
くすっと女王は笑う。

「あたしが今夜したことを知ったら、みんな怒るかもしれない。でも、ゼフェルはきっと怒らないわ。」
自分の事を棚に上げては怒ることが出来ないが正解だろうけど。
心の中でそう付け足す。

それは甘えなのかもしれない。
宇宙を導く女王が、いや、女王だからこそ。
逃げ道が必要なのだ。
その小さな肩に掛かる責任は、多大なる負荷となり降り注ぐ。
逃げ道がないまま積もった力は、やがて女王自身を侵食し内側から壊す。
だから心を本当に許す人は、一人の女性としての存在の女王には必要だと思う。
誰がなんと言おうとも。
誰になんと言われようとも。

「ったく、宇宙が救われたとたん、なにやったんだよ?」
「今は、言えないの。」
「はぁ?!」
「ないしょ。みんなを驚かすんだから。」
「驚かすって、おめぇ・・・・・」
「もう少しすれば、わかるわ。それで、あたしは怒られちゃうの。」

ふふふと思わせぶりに笑う彼女の顔を見上げながら、ゼフェルはまぁいいかと思う。
こいつが笑ってるんなら、宇宙の平和は守られたも同然だ。
少なくとも彼にとっては。
「俺は怒らねぇって?」
「うん。」
「・・・・・・ちぇっ。」
見透かされて面白くない振りをしながら、ドレスの生地に顔を埋める。
とりあえずは。
この至福の瞬間を過ごそう。


聖地に新宇宙に生命が産まれたとの知らせが届くのは、――――――――それからもう少し後のこと。