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すれ違いのFugue




虚空の城。
大広間の玉座に座り眠っているようにも見えた彼は気配を感じ、その色が違う両の瞳を開く。

「レヴィアス・・・・・・」

そこには、栗色の髪の少女。
あの頃と寸分違わぬ姿で、哀しげに自分を見ていた。

「今更、何をしに来た?」
その冷たい眼差しに、エリスは体を強張らせる。
彼のこんな表情を見たことがなかったから。

「もうやめて、こんなこと!どんな意味があるっていうの?!」
「意味?」
その言葉に皇帝を名乗るものは、自嘲する。
「この宇宙の女王は奪還され、征服は失敗したも同然。その上、おまえはあの娘を器にすることを良しとしないのに、か?」
「そうよ。」
「わかっておらぬな。」
金と碧の瞳が細められる。

「我はもうおまえですら、憎んでいる。」

残忍で残酷な言葉。
憎んでいるから、そんなことも口に出来る。
確かに存在する感情。
偽りはない。

「おまえの言うことなどに、我が耳を傾けると思うか?」

死して、十年前と何一つ変わらぬ少女。
生きて、十年間で全てが変わってしまった青年。
二人に生じたズレはもう戻せないほど、大きくなってしまった。
最初はお互いの為にと思ってしたことだったのに。

「我と共に生きることを拒絶したおまえに。」

「拒絶したわけじゃないわっ!」
エリスは心の底から叫ぶ。
それが彼の心には届かないことを知らないままに。

あの時自分が死ななければ、きっと取り返しが付かないことになっていた。
たとえ駆け落ちをしても、すぐに見つかって連れ戻されていたはず。
彼は反逆罪で断首されていただろう。
ならば、自分がいなくなれば。
自分さえいなくなれば、全てが解決する。
そう、思った。
信じてた。
しかし幼さは一番大切なことから、彼女の瞳を反らさせている。
今も。

「馬鹿馬鹿しい侵略を止めさせたかったら、なぜ命を絶った?」
かつての皇子は、あんなに愛しかった少女を責める。
「否。おまえさえ死ななければ、あの宇宙もこの世界も、このような動乱は起こらなかった。・・・・・・我は、起こしはしなかった。」
「わたしの、せい・・・・・・だというの?」
思いもよらなかった酷い言葉に、エリスは後ずさりをする。
「なんだ、想像もしなかったか?」
彼女の浅はかさを更に責め詰る。
「ならば、我が先に死ねば良かったか?」

その言葉に、やっと彼の憎しみの深さを思い知る。
自分が彼が死ぬのが嫌だった様に。
彼も自分が死んだのが嫌だった。
否定したかった。

だからこそ、彼は何かを憎まなければ生きてはいられなかった。
少女がしたことは過ちだと。
そう思う為には、後を追って死ぬことはけして許されない。
生き続けなければならなかった。
それが地獄であっても。

「去ね。」
黒衣の皇帝は、短く亡霊に命ずる。
「我と共に生きぬなら、おまえなど・・・・・要らぬっ!」
血を吐くような冷たい言葉。
もう寒さも暑さも感じないはずの少女は、思わず自分を抱きしめる。

――――――――――――止められない。
わたしの声は、この人には届かない。
裏切ってしまった、約束を違えてしまった自分の声は。
もう永遠に。
ならば。
あの子の声なら、届くだろうか?
あの子ならば、彼を止めてくれるだろうか?

「レヴィアス・・・・・」

彼に再び居場所を与えた少女なら。
彼の顔に笑顔を取り戻してくれた彼女なら。
図らずも、彼が心許してしまったあの救世の天使なら。
止められるだろうか?
全てを知っても、救ってくれるのだろうか?

「・・・・・・さようなら。」

涙ながらにそう告げた少女は。
霞の様に消えていき。
二度と彼の前に現れなかった。


そして。

「すまない・・・・・・・・・・・っ!」

皇帝は様々な想いを胸に、一人、玉座に佇むのだった。