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Inky Lock
黒髪に驚いた天使が泣いてから、二日。
なんの因果か、再び髪が黒くなってしまった彼は長い前髪を弄びながら、おそらく今日は笑顔でやってくるであろう待ち人を待ち焦がれていた。
「アリオス〜!」
嬉しそうに手を振り駆けてやってきた少女に、青年は思わず笑みが零し。
だがそれを隠す為に、今度は皮肉げに口の端を上げる。
「別に走ってこなくたって逃げねぇよ。また、コケるぞ。」
「もうっ!そんな風に言わなくったっていいじゃない。」
側まで来て頬をぷうっと膨ました彼女が持つ物に気付き、彼は眉を顰める。
「・・・・・・・・・・・なんだよ、それ?」
何かやたらと大きそうな。
真っ黒な布。
彼の頭に浮かんだ物と違わなければ、それは・・・・・・・
「見れば判るでしょう、マントよ。」
クスッと笑ってアンジェリークはそれを広げ、思いっきり背伸びをして黒いシャツの大きな肩にふわっと掛ける。
「よかったぁ、まだジャケットが戻って来てなくて。」
そして金属製のバックルを胸元で固定して、少女は少し離れ蒼い瞳で満足そうに彼の姿を見つめる。
しかし青年の方はといえば、想像に違わぬその事実に片眉を上げた。
「なんだよ、イヤミの次は嫌がらせか?」
「どうしてそうなるのよ?!」
喜んでもらえると思ったのに、疑わしい眼差しを向けられて少女は怒り出す。
「それとも、なんかの仕返し・・・・か?」
「アリオス、なにか仕返しされるようなことしたの?」
「・・・・・・・・・心当たりがなきゃ、別にいい。」
アリオスは後ろ暗いやましいことがありすぎるのに、どうやらアンジェリークの方はまったく思い付かないらしい。
何も考えてないというか、少しは気にしろというか。
けれどそれが良いところだと思ってしまうのは・・・・
やっぱり、彼女にイカレてる証拠なのかもしれない。
「もうっ!上着がなくて寒いかもって思って、似合いそうなの探して持ってきたのに。」
「はいはい、俺が悪かったよ。・・・・・サンキュ、アンジェ。」
「あ・・・ううん、いいの。気にしないで。」
さっきまでプンスカ怒っていたのに、礼を言った途端、少女は満面の笑みを浮かべる。
その変わり身の早さに、思わず苦笑してしまう。
「・・・・・わたしも、見てみたかったし。」
けれどポツリと付け加えられた言葉に、首を傾げる。
「はぁ?何をだよ?」
「え?・・・・・・あ、あのね、また、イヤミだとか、言われちゃうかもしれないけど・・・・」
躊躇したように少し迷った後、少女は青年の耳に口を近づけて小さな声で呟く。
告げられた言葉を聞き、アリオスは一瞬絶句する。
「・・・・・・・・ば〜か。」
「きゃあっ!」
けれど深刻だが他愛もないその小さな望みにクッと笑い、彼はマントを広げ寄り添ったままの小さな体を包み込む。
「おまえの方が我よりも、よほど寒そうな格好だと思うがな・・・・」
その行動とセリフに驚いて見上げる真っ赤な顔に、アリオスはニヤリと笑って唇を落す。
「ったく・・・・ホント、単純な上に馬鹿だよな、おまえ。」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!どうせ、わたしは馬鹿ですよー。」
からかわれて拗ねながらも、アンジェリークはその大きな胸に抱きつく。
確かにそこは、この世界のどこよりも暖かかったから。
「それじゃあ、今日のこの後のおまえの予定はキャンセルな。」
「・・・・・・・はい?」
けれどその温もりに酔う間もなく発せられた唐突な彼の言葉が理解できず、もう一度その色違いの瞳を覗き込む。
「当然だろ?もう一度見たいって、今日はおまえが言ったんだ。女王だったら、責任取れ。」
何の責任なのかと声を大にして問いたい。
横柄なその言葉に、少女は慌てて目の前の胸を押して彼から離れようとする。
だが、二人の性別と性質の差は大きすぎた。
「だ、駄目よ〜、だって、わたし、育成・・・・」
「この前、順調だって言ってなかったか?」
「い、言ったかもしれないけど、だからって油断するのはどうかと思うの〜。」
本当は順調すぎるほど順調。
陛下にだって、主任研究員にだって、褒められている。
けれど・・・・・
「少しサボってどうにかなっちまうってのは、順調って言わねぇと思うぜ。それにこの間は、なんだかんだ言って結局逃げられちまったしな。今日こそ、付き合ってもらうぞ。」
こういう表情をした時のこの人の側にいるのは、それこそ油断ならないとアンジェリークは思う。
そんな少女の考えを見抜き、アリオスは芝居がかった溜め息を吐く。
「それとも・・・・やっぱりこの手の格好を俺にさせたのは、単なる嫌がらせだったとか・・・・」
「そ、そんな訳ないでしょう?!」
駄目だと言っている割には即答で否定する彼女に、彼は笑いが止まらない。
「それなら、いいだろう?」
そして目を細めて、困っているその顔を覗き込む。
「おまえの望むまま、見飽きるまで『俺』を眺めてていいからな。」
結局。
夕方まで、半強制的に約束の地に居座らされて。
女王は不思議そうな顔をする補佐官に理由を尋ねられるが。
もちろん、そんなこと他言できる訳がないのであった。