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インターバル




「う〜ん、気持ちいい〜!」

波打ち際。
金の髪の少女は素足を濡らしながら、思いっきり背伸びをする。
「おら、帽子っ!」
「きゃっ!」
けれど、いきなり頭にぽむっと白いものを被せられ身を竦める。
「ゼフェル!」
「ったく、この女王様は・・・・・」
なにすんのよっ!と振り向いた碧の瞳に睨み付けられて、銀の髪の少年は深く溜め息を吐く。

つい昨日まで危機を迎えていたこの宇宙。
その女王である彼女は静養先の惑星で、館を抜け出して近くの海に来ていた。
首座守護聖を初めとして、親友である補佐官にもないしょで。
そして、鋼の守護聖だけを巻き込んで。
束の間の自由を楽しんでいた。

「まだ体調もサクリアも万全じゃねぇだろうがっ!帽子ぐらいちゃんと被ってろっ!」
「わかってるわよぉ・・・・」
ぷうっと頬を膨らましながらもしぶしぶ帽子を抑えるアンジェリークに、ゼフェルはますます脱力したくなる。
「ジュリアスのヤローに叱られても、もう庇ってやんねーぞ。」
「別に庇ってもらおうだなんて思ってないわよーだ。」
「そうかよ。」
ベーッと舌を出す顔に、本当に女王なのかと頭を抱えたくなる。
いや、つい先日まで『皇帝』に捕らえられていたのは、本当にこいつだったのかとそれすら疑いたくなる。
「なんで、靴も履いてねぇんだよ。貝殻で足怪我すっぞ。」
「え〜っ、だって濡れちゃうじゃない。」
海水の冷たさにはしゃぐ少女を見ながら、なんだか少し懐かしくなる。
彼女が『女王』じゃなかった頃が。

「ったく、ノーテンキな顔しやがって。」

「悪かったわね、ノーテンキで。」
「おわっ!」
波打ち際で遊んでいるかと思ったのに、突然至近距離で睨み付けられて。
少年の心臓は急激にバクバクと鼓動する。
「ななななな、なんだよ急に!」
「どうせね、みんなが大変な時だって、あたしはノーテンキだったわよ。どうもすいません〜〜っ!」
「んなこと、言ってねぇだろうが・・・・」
完全にへそを曲げてぷいと横を向く女王陛下に、口は悪いが忠実な下僕はほとほと困ってしまう。
「おめぇも頑張ったって。な、機嫌直せよ。」
「・・・・・・別に怒ってる訳じゃないわよ。」
「じゃあなんだってんだよ?」
心なしか居心地悪そうに向き直った少女に、少年は眉を顰める。
「あたし、ゼフェルのこと、世界で一番好きよ。」
「あ?」
一瞬のうちの真っ赤になりあんぐりと口を開けて呆けられ、アンジェリークは苦笑し言葉を続ける。
「でもね、」

「あなたが一番大切なわけじゃない。」

ぎゅっと胸の前で手を握り締め、彼女の真実を口にする。
「この宇宙がなによりも大事なの。あたしは・・・・いざとなったら、あなたを選べない。」
真実だけれども、自分でも酷いと思うその心に少女は俯く。
「・・・・・・そんあこたぁ、判ってんだよ。」
「・・・・・・ゼフェル。」
頭を彼の胸にぐいっと押し付けられて、思わず涙を滲ませる。
「んなもんは、人それぞれだろうが。」
薄いシャツに水を感じて、少年は小さく唇を噛む。

多分。
多分、この胸の少女は。
昨日から眠っている救世の天使と自分を比べてる。
そして自分の冷たさに、心を痛めてる。
『女王』として当然の気持ちであるにもかかわらず。

「俺は、んなこと、とっくの昔に納得済みなんだよ。」
「でも・・・・」
「だから気にすんなって。」
「・・・・・・うん。」
慰めになってないと思いながらも他に言葉が浮かばなかった彼は、白い帽子の頭が小さく頷くのを見てほっとする。
「ようするに、いざってのが来なきゃいいんだろうーが。」
「くすくす・・・そうよね。」
ぶっきらぼうにそう付け加えるゼフェルに、アンジェリークは笑みを漏らす。
「あいつも・・・・早く目が覚めるといいな。」
けれど彼の言葉と自分と同じ名を持つ少女が眠ったままの理由を思い、その顔に影を落す。
だがその時ふと何かを感じ、はっとして空を見上げる。
「どうかしたか?」
「え?・・・・・・ううん、なんでもない。」
怪訝そうな顔で見られて、彼女は慌てて首を振る。
そして、満面の笑みで彼に予言を告げる。
「大丈夫。大丈夫よ、アンジェリークは。」
女王の無意味に自信満々なその言葉に、鋼の守護聖は首を傾げかけるが。
この宇宙の全てを感じ取る彼女が言うのなら、大丈夫なのだろう。

そう、思う。


「そろそろ帰んねぇと、バレっぞ。」
「うん♪・・・・・きゃっ!」
少女が少年の言葉に頷いたその時突風が吹き、少女の帽子は浮き上がり飛んでいく。
「あっ・・・・ちゃんと被ってろよ、おまえはっ!」
「え〜〜〜っ、だって〜〜〜〜!」
「ったく・・・・・・・おい、こら、待てってんだよっ!」

帽子を追っかけ始めたゼフェルの背中をやっぱりノーテンキに見ながら。
アンジェリークは思う。

彼も自分も。
新宇宙の女王のあの子も。
そして、塵すら残らずに消えたと言う『皇帝』も。
誰も彼も。

きっと大丈夫。

この宇宙の女王はそう確信して微笑む。


「待ってよぉ、ゼフェルッ!」

そしてやっと帽子を捕まえて振りかえった少年のところまで、少女は笑顔で駆けて行ったのだった。