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Keep to Yourself
「それでね、ゼフェル様とランディ様が・・・・・・」
もはや習慣と化した昼下がりの逢瀬。
飽きもせず、アンジェリークは俺のところへやって来て、毒にも薬にもならないことを延々と喋っている。
ホントよく話す事があるよな、こいつ。
呆れるを通り越して感心しちまうぜ。
だが、この地の育成を押し付けられたにも等しいこいつのストレス解消になるというんなら、それもいいかという気がする。
愚痴なんて、他の誰にも聞かせられねぇだろうから。
今、俺が役に立ってやれることと言えば、この程度の事だしな。
何より、アンジェリークの声は聞いてて心地いい。
出来ることなら、いつまでも聞いていたい気がする。
声だけなら、な。
「で、マルセル様がメルさんを連れて・・・・・・・ねぇ、聞いてる?」
なんとなく気のない様子の俺に気が付いたのか、アンジェリークは言葉を切り顔を覗き込んでくる。
「ああ、ちゃんと聞いてるぜ。女王陛下はえらくおモテになるみたいだな。」
「・・・・・何よ、それ?」
思いっきり眉を顰めてた彼女に、皮肉下に口の端を上げてみせる。
「出てくるのは男の名前ばかり、だろ?」
話の内容は、もっぱら彼女の日常。
その中には育成に関わることもあって。
その育成に関わっている人間の大多数は、男だ。
だから話の中に名前が出てくるというのは、仕方ないといえば仕方ないが。
だがそれはそれ。
感情的には面白くないことだ。
「だから、さぞおモテになるんだろうと思ってな。それに、」
「な、何?」
「今思い出したんだがな、昔『またみんなといられて嬉しい』とか言ってたな。」
まだこいつと旅をしていた頃、そう聞かされた覚えがある。
あの時は、なんて呑気なことを言う奴だと心の端で思ったが。
今となっちゃ、別の想いがはっきりと浮かぶ。
「それが・・・・どうしたのよ?」
戸惑いながらも首を傾げているのを俺は見下ろす。
「別れて数ヶ月であのセリフが出て来るんだ。3年も離れてたのなら、そりゃ感慨のひとしおだろうなってな。」
「そんな・・・・・・・・・何よ、アリオスだって、よくエリスさんの話するじゃない。」
からかって油断していた俺に、グッサリと切り返してきやがった。
「お、おまえ・・・・」
「そうでしょう?」
「・・・・・・・・・なんだよ、妬いてるのか?」
「妬いてるわよ。」
やっとのことで俺が口にした言葉を当然と言う口調であっさりと認めやがる。
「だって、故郷を思い出しても懐かしいって思わないのに、ことある毎にエリスさんのことは思い出してるじゃない。それも、思い出すだけならともかく、わたしに話してくれるでしょう?いくらなんでも普通妬くわよ。」
眉尻を上げてぐだぐだと理由を付け加える。
・・・・・・・・珍しく、鋭いな。
女のカン、ってヤツか?
ったく、いつもはあんなにニブいくせに。
こんな事じゃなくて、もっと他の時に鋭くなって欲しいもんぜ。
ま、そのニブさも利用してるから、全てに於いて鋭くなってもらっちゃ困るんだが。
「気にするな。」
「気にするわよ!あっ、アリオスこそ、妬いてるんでしょう?」
「・・・・・・・・さぁな。」
残念ながら、俺はこいつほど素直じゃないからな。
加えて、それをあっさり認めてやるほど親切でもない。
「さぁなって・・・・」
案の定、不満そうな声を上げやがる。
ったく、仕方ない奴だな・・・・
「大体、生きてる奴と死んだ人間は違うだろうが。」
剥き出しの額を小突いて、俺は溜め息を吐く。
「そ、そうだけど〜」
「死んだ人間に勝つも負けるも自分次第だ。死んじまった奴は何があっても何も変らないからな。」
「うん・・・・・」
「だったら、自分が変るしかないだろう?」
変るしかない。
いや。
生きている限り、何かが変っていくのかもしれない。
もっとも昔の俺は、何も変らないように意地になってたが。
変る、いや、再び生きるきっかけをくれたのはこいつだ。
頬を膨らましている姿を見てると、とてもそうは思えないけどな。
「想い出はしょせん想い出でしかない。それにな、いくらなんでも俺だって、おまえが何も知らなきゃ、あいつの話はしないさ。」
「え?」
「それぐらいは気を使ってんだよ。判れ。」
我ながらかなり理不尽なことを言っている気はするが。
とりあえず、目の前では深く考え込んでいる奴がいるからよしとするか。
「・・・・・・いいの?」
「あ?・・・・何がだよ?」
・・・・と思ったら、唐突に何やら尋ねてくるし。
なんだよ、一体。
「アリオスとエリスさんの想い出、わたしも共有しちゃっていいの?」
・・・・・・・こいつは。
「別にかまやしねぇよ。おまえだったら、な。」
「・・・・・ありがとう。」
「だったら、妬くなよ?」
「むっ!それとこれとは話が別でしょう?!それよりも!」
ずいっと身を乗り出して、アンジェリークは俺に指を突きつける。
「認めなさいよ、妬いてるって!」
・・・・・ったく、しつこい奴だな。
「―――――――― おまえが『また一緒にいられて嬉しい』奴は誰だ?」
「え?」
「ほら、言え。」
前髪を掻き揚げて、俺は促す。
おそらくは決まりきっている言葉を期待して。
「答えたら・・・・認めてくれるの?」
「ああ。ちゃんと、この口でな。もっとも、おまえがホントのことを言えばの話だが。」
不審そうにする彼女に、頷く。
ちゃんとクギも刺してな。
ここで嘘をつかれたら、元もこうもねぇからな。
「わ、わかったわ・・・・・」
アンジェリークは少し赤くなりながら覚悟を決めたように口を真一文字にする。
まったく、何を気張ってるんだか、こいつは。
「アリオスと、また逢えて嬉しい。一緒に、側にいられて嬉しいの。・・・・・そう思って、いいのよね?」
「クッ、まぁな。・・・・おまえにしちゃ、上等なセリフだな。」
答えと共に小首を傾げ恐る恐る尋ねるアンジェリークに、小さく笑う。
ホント、素直だよな、こいつ。
そのくせ、時々突拍子がない事するから、見てて飽きねえし。
「もうっ!アリオスも笑ってないで早く認めなさいよ。」
笑われたのが気に障ったのか、睨み付けてきやがる。
別に馬鹿にした訳じゃねぇのにな。
「そうだな・・・・・」
「っ?!」
見上げる顔に目を細めて、その唇を奪う。
「これでいいだろ?」
「・・・・ア・・・・なっ・・・・・」
「何も俺は言葉にして認めてやるとは言ってないぜ?」
俺の答え方に驚いてろくに声も出ないらしい真っ赤な顔に、口の端を上げる。
こいつをからかってるのが一番面白いよな。
その反応が楽しい。
他の奴等にはもったいなくて分けてやれねぇぜ。
ま、やるつもりもねぇけどな。
「どうして、これが妬いてるって証になるのよ・・・・・」
信じられないという表情でやっと感想を述べる。
ったく、こいつはつくづく馬鹿だよなぁ。
「やっぱり、ガキには判んねぇか。」
「そのガキにキスしたのは誰なのよ?本当ならアリオスの方がよっぽどガキのくせに。」
「あ?そうだな、それは女王様の言う通りだと思うぜ。」
朱に染まった顔でぶつぶつと文句を言われ、それは言葉で認めてやる。
「・・・・・・もう、また馬鹿にして。」
ぷうっと頬を膨らますアンジェリークに苦笑し。
俺も大変なのに惚れちまったな。
ホント、世の中、何があるか判ったもんじゃねぇな。