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常春の聖地の宮殿。
「どうしてこう、ウチの宇宙にはでかい図体で堂々と居眠りする輩が多いかナ〜。」
麗らかな日差しに誘われて執務室の奥の間で惰眠に耽っていた青年に掛けられたのは、呆れたような少女の声だった。
「あァ?」
その少々騒がしい声に翡翠色の瞳を鬱陶しそうに開くと、薄い黄と紫のベールを被った彼女は溜め息を吐きつつ眉間に指を押し当てている。
「なんだァ、レイチェルか。何か用か?」
「首座様に、直接書類のお届けしようかと思いまして。」
じっと睨む紫の瞳に起きろと促され、レオナードはテーブルに乗せていた足を下ろしあくびを噛み殺しながら立ち上がる。
すると質問の返答と共に素肌が覗く細い腕に紙の束を押し付けられ、それを彼は反射的に受け取らされる。
「それはそれは・・・女王補佐官自らのお出まし、朝からご苦労様。」
うんざりするほどのその量に顔を引き攣らせつつ、青年は大人げない厭味交じりで労を多す。
「ハイハイ、アリガト。それとコレ、陛下とワタシから。誕生日プレゼント。」
しかし優秀過ぎるほど優秀な補佐官はそれを軽くあしらい、今度はリボンで飾られたものを差し出す。
「誕生日プレゼント?・・・へェ〜!」
彼女の言葉に彼は一瞬怪訝そうに眉を顰めるが、受け取った贈り物を見た途端、破顔する。
木箱に入れられたそれは、明らかに年代物な酒。
しかも主星から程遠い辺境の星で細々と酒造されているとされる、幻と言われている銘酒。
元バーテンダーの彼でも、実際に見たことも飲んだことがなかった。
「陛下もアンタも未成年のクセに、えらく通好みな銘柄じゃねェの。」
女王の権力なのか、それとも王立研究院の情報網を駆使したのか。
そんなレアなものを贈られ、レオナードは喜びに緩む口元を隠さず、それを見ている少女と自らの主を褒め称える。
「ああ、それはネ、多分聖地でアナタの次に酒が好きなヤツに選ばせたから。」
「・・・・」
しかし言葉の裏で実質三人連名の贈り物だと告げられ、レオナードは快活な彼女に相変わらず扱き使われているらしい男にこっそりと同情する。
「レオナード様、いらっしゃいますか〜?」
そんな少々気が抜けた気分に包まれていると、その空気を割く様に元気な声が執務室の方で響いた。
「レオナード様、こちらに・・・っ?!レ、レイチェル様ッ、いらしてたんですか?!」
そして待機していた補佐に聞いたのか、その声の持ち主は奥の間を覗く。
しかしそこにいたのが探し人だけじゃないと知ると自分の声の大きさを恥じたのか赤くなり、あたふたと慌て出す。
「よ〜ォ。」
「エンジュ、おはよう。」
「あ、おはようございます。」
その微笑ましい様子に女王補佐官と光の守護聖は笑いが込み上げながらも、朝の挨拶を投げ掛ける。
すると礼儀正しい少女はハッと気が付いてなんとか体裁を建て直し、被っていた帽子を取り頭を下げる。
「じゃ、ワタシはオシゴトに戻ります。アナタも居眠りしないで、ちゃんと執務してヨ。」
そんな聖天使の折り目正しい姿ににっこりと笑い、レイチェルは退室を告げる。
そしてその笑顔のまま、部屋の主にぐっさりと釘を刺す。
「あァ、判ったよ。陛下に心からの礼を申し上げておいてくれ。」
「アレ〜?ワタシには?」
その笑いにどこか薄ら寒いものを感じつつも、レオナードは彼女に女王への伝言を託ける。
だがカウンターを食らわせるかのように、金の髪の補佐官は空とぼけた態度で自分への感謝を要求する。
「・・・ありがとうございます、レイチェルサマ。」
この場にいるもう一人の少女とは別の意味で怖いもの知らずな彼女に半ば感心半ば憤りを感じながらも、彼は礼を口にする。
「どういたしまして。」
粗野と言われる人のその言葉にクスクス笑いながら満足そうに頷き、レイチェルはひらひらと手を振り部屋から出て行く。
「・・・またサボって、昼寝していたんですか?」
来てから出て行くまで散々疲れさせてくれた彼女に聖地に召されたことを少々後悔していると、今度は成り行きを見守っていた亜麻色の髪の少女が不穏な声色で訊ねてくる。
「息休めだってェの。あんまり根詰めて執務してると、煮詰まっちゃうデショ?」
「根詰めるも何も、まだ朝ですよ。」
隣に立っている彼女を見下ろすと予想通り不審そうな眼差しで見上げてきて、レオナードは煙を撒くような口調で言い訳する。
だがかえってその逃げ口上は幼い顔の柳眉を上げさせ、今にも説教をしそうな雰囲気になる。
「で、聖天使のカッコで大声で俺様の名を叫んで、どうしたってェの?エンジュちゃん。」
「え?あ、先程聖地に帰ってきて、そのまま来たので・・・」
それを宥める・・・というよりは話を逸らす格好で、彼は彼女がココに来た理由を半ば気付きながらも問う。
その質問にエンジュは出鼻を挫かれ一瞬きょとんとし、先程の自分の所業を思い出したのか、しどろもどろに答える。
「えっと、お誕生日おめでとうございます。これ、今回の旅の最中に見つけて、レオナード様に似合うかなって・・・」
そして気を取り直すかのように笑顔を浮かべ、少女は青年が予想したとおりの言葉を発する。
更に帽子と共に手に持っていた包みを差し出し、心からのプレゼントを彼に受け取らせる。
「へェ・・・・なかなかいいシュミしてんじゃねェか。」
包装を解いてみると、中から出てきたのは金の鎖。
キラキラと光る純金のネックレス。
「レオナード様の故郷の近くのサイガで見つけたんです。喜んでいただけて、よかった。」
祝った相手の喜ぶ様子にほっとしたのか、彼女は赤い瞳を細め笑みを深める。
「じゃあ、着けてくれねェか。」
「え?」
しかし安心しているその様子に戯れ心をくすぐられ、レオナードは口元を歪めプレゼントの中身を華奢な手に戻す。
「でもレオナード様、背が高すぎて私じゃ届かないですよっ!」
「椅子があるだろうが。」
「の、載るんですか?」
いきなりの要求に困った少女が異を唱えると、青年は先程まで自分が座っていた場所を指差し手段を示す。
そして椅子と自分を見比べ訊ねる言葉に、ニコッと笑って頷いてみせる。
「・・・判りました。」
生真面目な彼女は渋々ながらもそれを了承し、ブーツを脱いで椅子の上に上がる。
そして背中を向ける光の守護聖の首にプレゼントを回し、項の辺りで止めようとする。
「きゃあっ!」
けれど逆にいきなり腕を足の付け根辺りに回され、おぶさわれてしまう。
「レオナード様っ、何するんですか!下ろしてくださいっ!」
慌てふためいて背中で声を上げる聖天使に、彼は小気味良く喉を鳴らして笑う。
「いいじゃねェか。俺様からの心ばかしの礼だ。」
「れ、礼って・・・いいですから、下ろしてください。ちょっ・・・部屋の外に出ないでくださいっ!レオナード様っ!」
そして彼女を背負ったまま扉に向かい、更に慌てる彼女を外に連れ出す。
「このまま船まで送ってぜェ、聖天使サマ。」
「やっ、やめてくださいっ!」
「眠気覚まし代わりだ、遠慮するな。」
そして嫌がり声を上げる少女を担いで、誕生日を迎えた青年は聖地の外れに停泊している宇宙船に向かうのだった。