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LoveSong探して




「おや、アンジェリーク。なにか落としましたが。」
エルンストは前を歩いていたアンジェリークが落としたものを拾い上げた。
手帳。
捲られたページにはどこかで見覚えがある文字が・・・・
「あっ、すいません、エルンストさん。」
「失礼。中を少し見てしまいました。」
「いいんですよ。人に見られてまずいこと、書いてありませんから。」
にこにこと新宇宙の女王は、彼から手帳を受け取る。
ところが、恩人である主任研究員は難しい顔をしている。
「? エルンストさん、どうかしたんですか?」
「あ、いえ、見たことがある文字のくせだと思いまして。」
「あぁ!当たり前ですよ。」
「はい?」
「だって、これ、レイチェルがまとめたのを貰ったんですもの。」
「えっ・・・・・・・レイチェル、ですか?」
幼なじみなら知っていて当然。
そう言い切った少女が見たものは、こわばった青年の顔。
「エルンストさん?」
気遣う調子で名を呼ばれた本人は、ハッと我に返る。
「あっ、いえ、なんでも、で、では、わたしはこの辺で。」
何でもないわけがない彼は、言葉よりも更に動揺した様子で危うく歩行者にぶつかりそうになりながら、アンジェリークの視線から逃げるように去っていった。

「なんだ、ありゃ?」
「随分慌ててはるなぁ。」
「アリオス、商人さん?!」
アンジェリークは振り返り、声の主の二人を見る。
「あんなうろたえるエルンストさん、初めて見たわぁ。よっぽどレイチェルの名前出されたんに驚いたんやなぁ。」
「なぁ、レイチェルって、アンジェリークんとこの補佐官ていうあれか?」
「そや。それがえらい俺に辛く当たりよる娘でなぁ、よく泣かされてなぁ・・・・」
「お前がなんかしたんじゃねぇのか?」
「んな訳あるか〜い!お客様第一なのが俺やで!」
「いじけるなって!で、それでやっこさん、らしくなく取り乱してんのか?」
「そやなぁ、まさかエルンストさんがなぁ・・・・」
「なに言ってるんですか、二人とも。」
会話から取り残された少女は、眉をひそめる。
「何っておまえ・・・・・」
「アンジェリーク、気ぃ付かへんかったのか?」
「・・・・・もしかして、エルンストさんがレイチェルのこと、好きなんじゃって言いたいんですか?」
「御名答♪」
「わかってるやん♪」
「バッカじゃないですか!」
言いたい事が伝わり上機嫌の剣士と商人に、新宇宙の女王は思いっきり侮蔑の言葉を浴びせる。
「バカとはなんだよ、バカとは!」
「バカだからバカだって言ってるのよ!」
アンジェリークはツンッと言い返す。
「どうしてすぐ恋愛感情だって決め付けるのかしらね。幼なじみだから、気にかけてて当然でしょう?たとえ、たとえ事実そうだとしても、からかうようなことやめて!」
「からかってねぇだろ!」
「からかってるわよ!」
「まっ、まぁまぁ、やめいて・・・・」
「うっせー!」
「黙ってて!」
キリキリとにらみ合う二人に、なんでこんな事になったのかと商人は頭を抱える。
え〜っと、たまたまアリオスと通りかかったら、エルンストさんが真っ赤になってうろたえとったんやったな。
で、感心しとったら、アンジェリークがこっちむいて・・・・・
アカン、解からへん。
なんで、怒り出したんやろ?
「もういいわよ、知らないっ!」
「結構!」
「ア、アンジェリーク?」
「商人さんも!」
「はい?」
「やめてくださいね!」
いまいち何の事か解からなかったが、
「ハイ・・・・・・」
とりあえず返事をした方が無難、か。


あぁ、わたしは何してるんでしょう?
こめかみを押さえながら、エルンストはよろよろと歩く。
レイチェル。
久々に聞いたその名は、彼の心情に多大なる影響を与えた。
最初にその文字の羅列を見た時に思ったのは、自分の姉が書くそれに似ているなと。
そう思っただけだった。
もっともアンジェリークが彼女を知っているわけがないので、口にはしなかったが。
が、新宇宙の女王の口から出たのは、思いがけないもしくは当たり前過ぎる者の名だった。
姉に懐いていた少女が、書く文字まで似ていても不思議ではない。
元気、でやっているでしょうか?
そう思った一瞬後には、彼に口元に自嘲が浮かんでいた。
決まり切ったこと。
補佐官としても、研究者としても。
探求心をくすぐるあの新宇宙で。
でなきゃ、たとえ故郷が危機だとは言え、女王が第一に守るものを彼女に預けて来るわけがない。
少しはこちらのことを懐かしく思っていてくれるんでしょうか?
自分達が彼女を思うように。

「お姉ちゃんとロキシーによろしく言っといてよね。」

そう言い残して次元回廊の扉へと去っていった少女は。
見かけほど強くないことは、幼い頃から知っているエルンストは知っている。
最後に自分に言付けた言葉からさえも、それは計り知れる。
新宇宙への旅立ちは、それほど急を要していたわけではない。
別れを告げようと思えば、実際に二人に会って告げる事だって出来る。
それが出来ないということは・・・・・
また、泣いているかもしれませんね。
たった一人、あの宇宙に残されて。
早く、こんな無益な戦いを終らせなければ。

「エルンストさぁん?」
「わっ、メル!急に、どうしたんですか?」
思いに耽っていた彼は、ボーイソプラノで突然名を呼ばれ驚く。
「どうしたって・・・・・街路樹にぶつかるぞ。」
赤い髪の上から、ヴィクトールは指差し指摘する。
「え?」
進んでいた方向に顔を向けると、30cmと間がないところに樹皮が存在している。
声が掛からなければ、確実にあと1秒もしない間にぶつかっていた。
「あ、ありがとうございます。」
「いや、別にかまわないが・・・・・どうかしたのか?」
「別に何も・・・・」
言いよどむ彼に、ヴィクトールは更に違和感を募らせる。
「買い出し、ですか?」
「うん!メルねメルね、ヴィクトールさんにキャンディ買ってもらっちゃった。」
「ははは、それくらいならかまわんさ。」
「よかったですね。」
無邪気に喜ぶ占い師に、エルンストは微笑ましく思う。
「メル。」
「なあに、エルンストさん。」
「いつまでもその子供らしさを失わないで下さい。」
「えっ?」
「私たちが子供らしくいられた時間は、長くありませんでしたから。失礼。」
一礼をし去っていく主任研究員に、メルとヴィクトールは首を傾げる。
「どうしたんだ、あれは?」
「エルンストさん、寂しそう・・・・・」
「寂しい?」
「うん、メル、まだ旨く言えないけど、いろんな気持ちが交じり合ってるの・・・・・」
その結果としてメルが一番しっくり来る答えが、『寂しい』。
けれど、そのきっかけが良い方へ向う気持ちなら。
その気持ちが報われればいいなとメルは思う。
「人の気持ちは、複雑だからな。」
「ヴィクトールさんも、ぐちゃぐちゃになったことある?」
「当たり前だ、俺だって人間だぞ。」
極々当然のこと。


あれは・・・・?
気まぐれに外出したセイランが見たのは、プンプン怒って去っていく女王陛下と大人げなく怒鳴っている剣士と頭を抱えて座り込んでいる商人の姿。
「何してるんだい、キミタチ?」
どうせろくな事じゃないだろうけど?
呆れ気味に幻の芸術家は、尋ねる。
「あぁ、セイランさん、いい所へ!」
姿を見せた元感性の教官に、とてもこの宇宙の経済界のトップにいるとは思えない顔で商人は事の顛末を話す。
「まったく。」
その結果、彼の口から出た言葉は。
「バカじゃないの、キミタチは。」
教え子と一緒の言葉だったりした。
「だからどうして、そうなるんだ!」
「そやそや!」
「わからない?」
セイランは不機嫌そうに髪を掻き揚げる。
「キミタチにとって、目で見えるものだけが真実なわけ?」
「なっ・・・・!」
「違うだろう?例えばアリオス。」
「なんだ?」
「キミ、本心からアンジェリークに接したコト、あるの?」
「な、に?」
突然のセイランの質問に、銀色の剣士はその翡翠の瞳を獲物を狙う獣のように細める。
「僕には、一見じゃれあっているようで、その実、一歩引いて何か客観的に接しているように見えるんだけど・・・・?」
「だったら、なんだというんだ?」
「別に。」
「俺は、所詮通りすがりだぜ?どうせ行きづりだ、どうなろうが知った事じゃない。」
「その意見には賛同するよ。結果はどうなるかなんて、僕が関知する所じゃないからね。ただ、」
「ただ?」
セイランの瞳がアリオスを捕らえる。
言うべきことをとりあえず言う為に。
「キミだけは、知るべきじゃないかい?」
「関係、ない。俺はっ・・・・・!」
「・・・・・・キミがそう言うんなら、仕方ない。僕はそんなにおせっかいじゃないからね。」
あっさりとセイランは提案をひっこめる。
実に彼らしく、彼らしくない。
普段なら、提案そのものを他人にするタイプではないから。
「ま、アンジェリークが何を考えて怒ってるのかは解からないけれど、とりあえず怒ったと言う事は僕は賞賛するよ。」
「そんなもの、かいなぁ。」
「キミも人の上に立つ者なら、少しは人の心の裏に潜むものに注意した方がいいと思うけど?」
「・・・・・あいかわらずキツイお人やで。」


んもう!
なに考えてるのかしら、商人さんも、アリオスも!
アンジェリークは、怒りで血が上った頭を冷やす為に、街の中央にある森林公園にやってきたわけなのだが。
その静かな空気は、考え事に最適で。
返って、怒りに火を注いでいる。
「信じらんないっ!」
「何がですか?」
返された質問に、少女は声の主を探して首を巡らす。
そしてそこには、本当なら玉座に座っているはずの少年。
「ティムカ様。」
「なにか怒っていらっしゃるようですね。」
「あ、すいません。みっともない所を・・・・・」
「いえ、僕でよければ、お話、聞かせていただきますよ。」
そう言って、ベンチに座る彼女の横に座る。
その行動は、聞く気まんまんに見えるのだが。
「あ、もちろん、話したくないのなら聞きませんけど。」
そのことに気が付き、慌てて付け足す姿は歳相応。
そんな彼にアンジェリークはクスリと笑みを漏らす。
「いいえ。嫌だと言われても聞いていただきます。」

「そんなことが・・・・・」
「ティムカ様、愛って、恋愛だけじゃないでしょう?母性愛、友愛、憧れ・・・・たくさんあるじゃないですか。それを恋愛だと決め付けるあの二人の態度に、なんだか腹が立っちゃって。」
「僕は・・・・・・まだまだ若輩者ですけれど、」
「そんなことないです!」
「ありがとう、アンジェリーク。で、恋愛とかまだよくわからなんですけど、とりあえず、人を想う気持ちというのは大切だと思うんです。」
「はい・・・・」
「エルンストさんがレイチェルに対して抱いている想いが恋愛かどうかは、きっと本人でさえ理解していなんでしょうけどね。大切に想っているのは、ほぼ間違いないでしょうね。」
にっこりと星の王子様は、宇宙の女王様に笑い掛ける。
「ほんと言うと、」
「?」
「ほんと言うと、少し前のあたしならきっと、それが恋愛感情だって決め付けていたと思うんです。」
アンジェリークは膝の上の両手を見つめながら、呟く。
「いいえ、今だって少しはそう思います。でも・・・・・・」
「なんです?」
「聖地に行って、女王になって、いろんな事を経験したら、なんだか・・・・・・・」
「あなたは、ほんの少しの間にずいぶん大人になってしまったんでしょうね。」
「そうでしょうか?」
「そうですよ。」
ティムカは立ち上がり、アンジェリークを上から見下ろす。
「それに、もう一つ。」
「はい?」
「女の方と僕たち男では、恋愛に対するものが違うんだそうですよ。」
だから、あまり商人さんとアリオスを怒らないで下さい。
そういうかつての年下の師を少女は見上げる。
「違うって、なにがですか?」
「女の方は、心で恋をするんだそうです。」
「心・・・・?」
「だから、悪い言い方をすれば感情に走りやすい、いい言い方をすれば一途な方が多いんだそうですよ。」
「それって、男の人は浮気しやすいっていうふうに聞こえるんですけど?」
「かもしれませんね。」
「それじゃあ、男の人って恋心がないんですか?」
「それは違います!僕にだって、いえ、男の方にだって心はあります!それが一番だという事でないだけで!」
力説するティムカにアンジェリークは目を丸くする。
それはとても珍しい事だったから。
「あの、でも、それじゃあ、」
「はい、なんですか?!」
ためらいがちに尋ねる少女にティムカは拳を握る。
「なにが男の人の一番なんです?」
「え?」
もっともな疑問。

女が『心』なら、男は?

「それは・・・・」
「それは?」
「いつか、アンジェリークの大切な方ができたら、教えてもらったらいかがですか?」
「そ、そうですか?」
「それがいいと思いますよ。」
真っ赤になって受け答えをする新宇宙の女王に笑いを噛み殺しながら、戦いが終ったら王になる少年は断言する。
「僕が答えるよりも、その人の方が適任です!」


それが見つかるのは、近い未来なのか、遠い明日なのか。
誰にもわからない。
本人でさえ、ね。