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Lullaby




白き極光の惑星。
細雪の街の王立研究院。

その奥にある部屋のベッドの上で、少女が静かに眠っている。
そしてその傍らで一人の青年がその寝顔をなんの表情をなくした瞳で見下ろす。
不意にすっと茶色の髪が掛かる額に、彼は手を翳すが。
その手はなんの行動も起こさず、眉を顰めてぎゅっと拳を作り唇を噛み締める。


何を、躊躇う必要がある?
このまま、二度と目覚めないほど深く魂を眠らせてしまえばいい。
そうすれば、この娘は生きながらに死んだも同然。
エリスの器として、最適な状態になる。

――――― 永きに渡る願いが叶う。

なのに、何故だ・・・・
何故、この娘に手を出すことを躊躇う・・・?


「ん・・・んんぅ・・・・」
突然、静まり返った部屋に小さな声が響き、銀の髪の青年はハッとして少女を覗き込む。
「アンジェリーク?目が、覚めたのか・・・・?」
「アリ・・・オス・・・・」
蒼い瞳がうっすらと開かれて自分を見上げているのを認め、彼は彼女に話し掛ける。
「ここ、どこ・・・・?わたし・・・・どうしたの?」
「ここは研究院だ。あのエルンストの友達だとか言う男の石化を解いた後、倒れた。・・・憶えてるか?」
「エルン、ストさんの・・・・うん、なんとなく・・・・」
「そうか。」
考え考え答える少女の様子に何故かほっとしている自分に気がつき、アリオスは口の中で小さく舌打ちする。
「アリオス?どうか、したの・・・?」
「いや・・・なんでもねぇよ。」
不思議そうな顔で見上げる彼女の髪をくしゃりと掻き混ぜ、彼は言葉を濁し向けられた疑問をうやむやにする。
そのうち判ることだと、心の中で低く呟きながら。

「じゃ、俺はそろそろ帰るな。・・・・ゆっくり休めよ。」
頭を撫でていた手で最後にぽんと額を軽く叩き、青年は病床の少女から離れようとする。
「ま、待って・・・・」
しかし細い指に縋るように手を取られそれは叶わず、アリオスはその動きを止める。
「・・・・何だ?」
「どこに、行くの・・・・?」
「どこって・・・・おまえ・・・」

身体が弱ってる分、本能的に何かに気がついたのか。
それとも、これも女王の力なのか。

自分が去ることを恐れる少女に、青年は戸惑いそして彼自身も何事かを恐れる。
「・・・・どこにも行かねぇよ。宿屋に帰るだけだ。俺達まで、研究院にやっかいになるわけにはいかねぇだろ?」
「うん・・・・」
それでも不安そうに瞳を曇らせる彼女に、アリオスは小さく笑みを作り宥める。
「それにだ。前に言っただろう、『最後まで付き合ってやる』って。・・・・心配しなくても、おまえが皇帝と戦う時まで、ちゃんと付き合ってやるよ。」
ただそれは、『アリオス』として、味方として付き合うわけじゃないがな。
その言葉を喉の奥に飲み込み、彼は小さな手から自分のそれを引き剥がす。
「だから・・・・今は安心して眠れ。」
「・・・・?アリオ・・・・ス・・・・・」
そしてそのまま手を翳して小さく何事かを呟き、先ほどあれほど躊躇った術を少女に施す。

但し、それは救世の天使の長旅の疲れを取り去る程度のもの。
程なくすれば、異界の女王は目覚めるだろう。
そして故郷の女王を取り戻す為、皇帝を倒す為、旅を続けるのだろう。


「・・・・何をやっているんだろうな、俺は。」

再び眠りにつき安らいだ彼女を見下ろし、彼は自嘲めいた笑いを浮かべる。
そして碧の瞳をすっと細め、アリオスは柔らかな髪を今度は優しげに撫ぜる。

「本当のことを知ったら、おまえはどんな顔を俺に向ける?アンジェリーク・・・」

辛そうな、それでいて悟りきったような声で答えが返らない問いを口にしながら、彼は彼女から離れる。



そして今度こそ踵を返し、偽りの剣士は天使が眠る部屋を去るのだった。