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In spring we tend to sleep late




「もうっ!アリオス、まだ寝てたのっ?!」


自分の部屋の自分のベッド。
そこに長身の青年が寝っ転がってるのを見て、アンジェリークは腰に手を当てて呆れ気味に頬を膨らます。
「うるせーな・・・・」
けだるそうに金と碧の瞳を薄く開き睨む彼に、彼女は溜め息をつく。
そしてベッドの縁に座って、そっと指先を銀色の髪に伸ばして案外柔らかなそれを撫でる。

「朝早くに来たと思えば・・・寝床確保の為にわたしを起こしたの?」



それは、まだ太陽の頭が少しだけ聖地の地平に出た時間。

いつもならその地を治める少女は、まだ眠っているのだが。
ふと、枕元に気配を感じて。
蒼い瞳をぼんやりと開き、ひとつふたつまばたきをして見上げた。

「?!」

そこには、ゆらっとした大きな人影があって。
しかも窓にはカーテンが引かれていることもあって部屋は薄暗く、うす気味悪く恐ろしげに見えて。
更には目が合った途端、その人物の口元がニヤッと歪んだ。

「アッ、アリオスッ?!」
一気に目が覚めた少女はがばっと起き上がり、しかし朝冷えに震え上掛けを纏ったまま青年を見上げた。
「・・・・眠い。どけ。」
けれどそんな彼女の戸惑いをまったく気にせず、彼は図々しくもベッドの上に上がってくる。
しかも寝床の主が羽織っている布団を半分取り上げ勝手に潜り込んでくる。
「あ、あの・・・・」
「俺のコトは放っておけ。」
「え・・・で、も・・・」
呆気に取られる彼女の目の前で、彼はすぐに寝息を小さく立てて眠ってしまった。
「・・・・・アリオス?」
余りに無防備なその姿にかえって疑いを抱きつつも、アンジェリークはどこかほっとしたような気持ちになる。


かつて『眠らない』『眠れない』時を長く過ごした彼が、こんなに安らいだ寝顔を見せてくれるから。

二重生活を強いられてた頃や夜眠れなかった頃は、きっと眠りは浅いものでしかなかっただろう。
・・・いや、もっと昔からそうだったのかもしれない。
この人の周りは敵ばかりだったらしいから。
安心して眠れたためしがないのかもしれない。
だからこそ、眠らなくても平気になってしまったのかもしれない。
例え、それが本当は体に多大な負担を掛けていたとしても。
そうしなければ、生きていられなかったのだから。

それは自分には想像も出来ない世界だけれど。
やっと彼が満たされた眠りを取れるようになったと気付き、嬉しくなる。


「本当に、寝ちゃったの・・・・?」
自分のベッドで眠っている青年を見下ろして、アンジェリークは小さな声で訊ねる。
そしてかえってこない憎まれ口に微笑みながら、少し考える。

このままもう少し彼の隣で寝ようか?
それとも彼の寝顔を眺めていようか?

けれどそんな選択肢に心の中で首を振り、少女は名残惜しく思いながらもベッドを抜け出す。


そんなことをしていたとあとで彼に知れたら、何をされるか判ったものじゃない。
もちろん、人のベッドで勝手に寝始めて彼が悪いのだけど。
そんなことは関係なく、つけ込んでからかうに決まっているのだから。
用心するにこしたことはないと思う。

それに、幸いなことに今日は日の曜日。
今は眠りの世界にいるこの人が起きたら、聖地を案内したい。
こんな朝早くから彼がやってくることなど、めったにないから。

まだ出来たばかり宇宙ではあるけれど。
見せたいもの、連れて行きたい場所はたくさんある。


「もう・・・上着ぐらい脱いで寝ればいいのに。」

寝ている彼を振り返り、彼女は冷えないように肩まで布団を掛ける。
そして自分の計画に心浮かれ、楽しそうにその準備を始めたのだった。



にもかかわらず。

朝食を済ませて部屋に帰ってきても、まだ青年は眠ったままで。
少女は起こしてはいけないと思いつつも、不満げに声を上げてしまった。

「ひょっとして、一晩中、お酒とか飲んでたの?眠れないのなら、仕方ないのかもしれないけど・・・でも夜お酒飲んで昼間に寝てるなんて、脳みそ溶けちゃうわよ?」
「・・・おまえこそ、あんまり食い意地が張ってるのはどうかと思うがな。」
「そ、そんなにわたし食い意地なんて張ってないわよ・・・・」
心底眠そうな顔で切り替えした彼の言葉に、アンジェリークは僅かに目線を逸らしながら眉根を寄せる。
「口んトコ、パンくず付いてるぜ。」
「えっ?!ヤダッ、ウソッ?!」
指摘され慌てて立ち上がりドレッサーに顔を近づけるがどこにも何も付いておらず、彼女はきょとんと首を傾げる。
「・・・・ウソ。」
しかし背後で聴こえた明らかに笑いを含んだ声に、ムッとして振り返る。
「アリオスッ!」
「静かにしろよ。ったく・・・・俺のコトは放っておけって言っただろう?」
腕を枕にして寝転んだまま見上げる彼をじっと見つめ、しかし諦めたように一つ溜め息を吐いて怒りを飛ばし再びその傍らに座る。
「でもわたしはアリオスと一緒にいたいの。」
そして小さく笑い、自分の願いを見上げる人に告げる。

「傍にいたいの。」

せっかく手が届く、触れられるところにいてくれるのだから。
せっかく彼が自分から傍に来てくれたのだから。

離れたくない。

「アリオスは違うの?ひょっとして、本当にベッドが目的?」
「・・・・さぁな。」
覗き込んで訊ねるが、青年は表情を少しも変えずに金と碧に瞳を伏せてしまう。
その相変わらずな態度にやはり少し不満を感じ、けれどその相変わらずさに何故か少女は嬉しくなり頬を緩める。
しかしシーツの上に突いていた片腕を大きな手に捕まれたことに気が付き、アンジェリークは戸惑い自分の手首と彼を見比べる。
「え?あの、アリオ・・・・きゃあっ!」
そしてその戸惑いを解消する暇もないまま突然引っ張られ、気が付けば彼女は寝転ぶ彼の腕の中だった。

「アリオス・・・・?」
「俺は眠い。でもおまえは俺の傍にいたいんだろう?だったら、こうするしかねぇじゃねぇか?」
「そ、だけど・・・・」
けれど、だからといって、いきなりこの体勢はどうなのか?
少女は真っ赤になって青年を見上げるが、その表情はそ知らぬ顔で瞳は閉じたままでどう対処したらいいのか困る。
「俺は眠いって言ってるだろう?」
しかし硬直しているのが判ったのか、彼は繰り返し欲求を主張しそれ以外の欲求を今は満たす気はないと言外に宣言する。
そしてまるで小さな子供が枕を抱くように身を摺り寄せてくるのを感じ、そのことで警戒と緊張を解いた少女はふっと体の力を抜く。

「もう・・・今日は聖地を案内しようと思ってたんだけどなぁ・・・・」
くすくすと笑いながら、アンジェリークは青年の広い胸に顔を埋める。
「んなコト、別に今日じゃなくても出来るだろうが・・・・」
「だってアリオス、いつ来るのか、判らないんだもの。」
眠いとか言いながらも言葉を返してくれる彼を少し首を上げて見上げる。
そしていつのまにか二色の瞳が自分を見ていたことに気付き、無意識のうちにその頬に手を伸ばす。
「判んな・・・・・・アリオス?」
しかしその指先が届く前にぎゅっと抱きすくめられてしまい、行き場をなくした手はジャケットの胸元を握り締める。

「・・・・・・逃げやしねぇよ。」

少女が見せたいものも。
そして青年自身も。

自分を抱きしめる人の言葉が直接体に響き、彼女は目の縁に涙を滲ませる。
「うん・・・・そうね。」
しかしそれを気付かせないように、少女は務めて明るい声で頷く。

僅かに匂う酒の匂い。
シャツ越しに聴こえる鼓動。
そして、暖かで優しい温もり。

全て彼がここにいる証。

今は、それだけで満足だから ―――――――――


気が付けば、寝息が頭の上から聴こえ。
アンジェリークは無防備なその寝顔を見上げ再び見つめる。

まさか、他の女の人にもこんなこと・・・してない、よね?

そんな不安が一瞬頭を過ぎるが。
青年を起こさないよう小さく頭を振って、少女も大きな体に擦り寄る。

きっと、大丈夫。

「逃げない」って言ってくれたその言葉に、嘘はないと思うから。
そう言ってくれた人を、何より自分が信じたいから。
疑い深いはずの彼が、自分には心を許してくれていると判るから。

そう思うのは傲慢な独占欲で、自分勝手な思い込みかもしれないけれど。
同時に、そうであってほしいという願いでもあるから・・・・・



そして口元に笑みを浮かべたまま、今度は少女も青年と共に眠りの世界に吸い込まれたのだった。