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Twilight
アルカディアの地がオレンジに染まる頃。
天使の広場で、銀の髪の青年は彼の天使を見つける。
大きな紙袋を手に抱え、人ゴミに流されそうになっている少女を。
「アンジェ・・・・」
どう見てもこの世界を慈しみ育てる者には見えないその姿に、アリオスは彼女には普段消して見せようとしない素の笑みを一瞬浮かべる。
だがそれを押し殺し、彼は彼女に近づく。
「ったく、何やってんだ、おまえは。」
「え?ア、アリオス?!」
「ほらっ、来いっ!」
「あっ・・・・ちょっ・・・・」
そして手に持った荷物を掻っ攫い細い手首をいきなり掴んで、人通りが少ないところへと連れて行く。
「ここまでくれば平気だな。」
「あ・・・うん、ありがとう・・・・」
あまりにも突然のことに少々面食らいながらも、アンジェリークは助けてくれた彼に礼を言う。
「でも、どうしてアリオスがここにいるの?」
「は?・・・・なんだ?いちゃ悪いのか?」
「そ、そうじゃなくて・・・・アリオス、天使の広場は苦手だって言ってたじゃない。だから・・・・」
自分の疑問に眉尻を上げた彼に彼女は慌てて頭を振り、その疑問の理由を口にする。
「あのな・・・確かにそう言ったがな、必要にかられてってこともあるんだよ。」
「え・・・?」
「俺だって腹が減る。」
「あ・・・」
天使の広場には飲食店もある。
夕食をとりに来たと言われ、彼女は口元に手を当て納得する。
「まさか、おまえ・・・俺が霞食って生きてると思ってるわけじゃねぇだろうな?」
「そっ、そんなこと思ってないわよっ!」
けれど呆れたように付け加えられたからかいに、少女は僅かに頬を膨らます。
「おまえはなんだ?女王自ら夕食の買い物か?」
そんな表情を内心微笑ましく眺めながら、アリオスは反対に彼女に訊ねる。
「え・・・あ、それは・・・・えっと・・・」
「・・・言えねぇことなのか?」
しかし訊かれた途端目線を外し何か言い澱む少女に、青年は眉を顰める。
「そうじゃ、ないけど・・・・」
俯いて困ったような天使の姿に、彼は天を仰いで一つ溜め息を吐き茶色い頭をぽんっと軽く叩く。
「ったく・・・無理に訊きゃあしねぇよ。おまえには大切な役目があるんだからな、秘密にしなきゃならねぇことの一つや二つあって当然だ。」
「あ・・・別にそういうことでも、ないんだけど・・・・」
もじもじと上目遣いで自分を見上げる蒼い瞳の持ち主は何故か頬を赤らめていて、アリオスの疑問はますます深まる。
だがそれを押し止め心の内にしまい、彼は彼女の荷物を持ったまま歩き出す。
「え?ア、アリオス?」
その唐突な行動に慌て、アンジェリークは青年の後ろに付いていく。
「まだ買い物あるんだろう?付き合ってやる。」
「え?」
「おまえのトロさとこの混雑ぶりじゃ、いつまで経っても終わらねぇぞ。」
「・・・ありがとう。」
憎まれ口を叩きながらも自分を気遣ってくれる彼の優しさに嬉しくなり、彼女はふわっと微笑んで隣の人を見上げた。
「・・・・これで終わりだな?」
散々連れ回されてようやく最後の買い物を済ませ店を出たアリオスは、入る前に少女が言っていたことを本人に再度確かめる。
だが返事は返らず、眉を顰めて隣を見てもそこにいるはずの赤くひらひらとした姿がない。
「・・・・アンジェ?」
怪訝そうに辺りを見渡せば、さっきの店の前で人の波に阻まれこちらに来れない彼女がいた。
「アッ、アリオス、待って〜っ!」
「またかよ・・・・」
口の中で小さく舌打ちし、彼は人を掻き分け彼女の所まで戻る。
そしてほっとしたように自分を見上げる少女の細い腰に腕を回し担ぎ上げる。
「アリオ・・・・きゃあっ!」
再びのいきなりのことに、アンジェリークは悲鳴を上げる。
「アリオスッ!ちょっ、恥ずかしい・・・っ!やだっ、降ろして〜っ!!」
「俺について来れねぇんなら、おとなしくしてろ。」
「だっ、だけどっ!」
「ったく・・・暴れると、見えるぞ。」
「・・・・・」
あんまりな所業だが低い声でもっともなことを言われ、少女は顔を真っ赤にして言葉に詰まる。
そしてそのまま公衆の面前で、まるで荷物のように連れ去られてしまったのだった。
「・・・どうしておまえはそんなにトロいんだ?」
「そっ、そんなに怒らなくてもいいじゃない・・・」
広場の中央の噴水の前。
小さな体を下ろし、アリオスは溜め息交じりに答えなどないだろう疑問を口にする。
「別に怒っちゃいねぇよ。呆れてるだけだ。」
僅かに涙を浮かべ頬を染めて睨む彼女を見下ろし、彼は不意に茶色の髪をくしゃりと掻き回す。
「なっ、何?」
「おまえ、頭ぐちゃぐちゃだぞ。」
「えっ、やだ・・・・もう、アリオスのせいよ。」
慌てて髪を撫で付けようとする少女に苦笑し、青年は周りを見回す。
「どうかしたの?」
「ちょっと待ってろ。」
そして細い腕に手に持っていた紙袋を押し付け、彼は見つけた露店の方に歩いていく。
「いいか、ここから動くなよ。」
「うん・・・・」
途中振り返り重ねて言いつける人に戸惑いながらも頷いて、アンジェリークは荷物を両腕に抱えたままその場に立ち尽くす。
「後ろ向け。」
しばらくして戻ってきた彼にいきなり命じられて、彼女はきょとんとしながら首を傾げる。
「アリオス?」
「いいから早く後ろ向け。」
「う、うん・・・」
イラだった様に再び言われ、戸惑いながらも後ろを向く。
素直に後ろを向いた少女の癖のない髪を手で梳き、アリオスは今買ったばかりのリボンでそれを纏める。
「これでいいだろ?」
そして噴水の水面を姿身代わりに覗かせて、鏡越しに彼女に尋ねる。
「あ・・・ありがとう、アリオス。」
「ああ。」
首の後ろで揺れる白い影に嬉しそうに笑い振り返り礼を言う少女に、青年は目を細め口の端を上げてみせた。
「・・・・・あの、ね・・・アリオス?」
しかしふと何かを思い付いたように彼女は表情を改め、最初に何をしているのかと尋ねた時のように再びもじもじとし始める。
そんな彼女の落ち着きのなさに、彼は今日何度目かの怪訝そうな表情を浮かべる。
「なんだ?」
「本当はね、明日逢った時に訊こうと思ってたんだけど、ね・・・」
「だから、なんだよ?」
「あっ、明後日の夜っ、ヒマ?」
消えそうなくらい小さかった声がいきなり大きくなり、聞耳立てていたアリオスは質問以上に少女の勢いに面食らう。
「いきなりバカでかい声出すなっ!」
「ごっ、ごめんなさい・・・でも、アリオス、ヒマ?」
何故か必死なその形相に首を傾げつつ、彼は溜め息を吐きながら細い腕から荷物を取り抱える。
「今の俺が忙しいと思うか?」
そう言った途端、彼女の顔に安堵の表情が広がる。
「じゃ、じゃあ・・・予定とか、ないのね?開いてるのね?」
「だな。」
「よかった・・・・」
ほっと胸を撫で下ろす姿に内心愛らしさを感じながらも、青年は不可解さを露にする。
「なんだよ、明後日がどうかしたのか?」
「・・・・・アリオス、気付いてないの?」
きょとんとして小首を傾げられ、彼は眉間のしわを深くする。
「なにがだよ?」
「明後日、アリオスの誕生日よ?」
柔らかく微笑んで見上げる少女に、アリオスは一瞬絶句する。
「クッ・・・女王陛下直々に、俺の誕生日を祝ってくれるってワケか。」
しかしその動揺をひた隠しにして、青年はからかい交じりの笑みを浮かべる。
「で、今日はその買い物か?」
「う、うん・・・・あっ、でもアリオスがイヤなら、別に構わないから。これはわたしの自己満足だもの・・・」
自分の過去を知っている少女の心遣いに苦笑して、銀の髪の青年は言葉が進むにつれ俯き加減になった額を軽く弾く。
「バーカ。」
「痛たっ!」
「ヘンに気を回すな。誰もそんなこと言ってねぇだろ。・・・・もう気にしちゃいねぇよ。」
おデコの痛みに手を当て不満そうにアンジェリークが見上げると、自分に暴力を振るった人は整った顔に美麗な笑みを浮かべていた。
「じゃ、いいの・・・・?」
「いいも悪いも、逆らっておまえの機嫌損ねると恐いからな。」
「なっ・・・・!」
首を竦めながら茶化したように言われ彼女は思わず目を剥くが、声を上げかけた唇は彼のそれによって塞がれる。
暗くなり辺りの人通りが少なくなってきたとは言え、こんな場所でのくちづけに恥じらい怒りを忘れる。
「・・・・明後日の夜、おまえの部屋に行けばいいんだな?」
「うん・・・ケーキと飲み物ぐらいしか出せないけど・・・」
「おまえは忙しいからな。・・・・それで充分だ。」
間近での問い掛けに少女が頬を染めて頷くと、青年は喉を鳴らしながら口の端を意味ありげに上げる。
「ま、だがこの俺を夜誘うんだ、せいぜい色気のある格好して待ってろよ。あんまり期待してねぇけどな。」
「?!・・・アッ、アリオスッ!」
僅かに艶めいた表情を向ける人に、彼女は今度こそ眉尻を上げ恥じらいの声を上げる。
「あんま怒ると、元に戻らなくなるぞ。」
そんな少女にクッ笑い、青年は宥めながら手を差し出す。
「ほら、帰るぞ・・・・送ってやる。」
「あ・・・・・うん。」
今度こそはぐれないように。
彼のそんな心にふっと表情を嬉しそうに緩め、アンジェリークは大きな手を握り返し。
アリオスはそんな自分の天使を金と碧の瞳を細め眩しそうに見つめる。
そして満天の星空の下を、二人は手を繋ぎ少女の仮初の家へと歩くのだった。