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闇の帳が下りた夜の聖地。
その中心に建てられた聖殿の一番奥にほど近い一室。
「・・・・っ?!」
部屋に備えられた浴室から戻ったその部屋の主の少女は、何気なく視界に入ったものに驚いてビクッと震え乾かしたばかりの長い髪を揺らし小さな声を上げる。
そして恐る恐る改めてそれを確認し、彼女は思わず身構えるように強張った両肩の力を抜く。
「ア、アリオス・・・?」
『女王』への負担が少なくなったとはいえ、激務の執務が終え。
少し遅めの夕食を、親友とおしゃべりしながら楽しく取り。
自室に戻って、一日の疲れを洗い流して出てみれば。
ソファーには、見慣れた長剣と少しの旅支度が入った袋。
そしてベッドの上には、銀髪と黒いロングコートの青年。
お風呂に入る前には存在しなかったそれらがいきなり現れたことに驚き、少女は慌てふためき戸惑いを浮かべる。
だがこの宇宙で女王の私室に気配なく入ることが出来る者は、少ない。
今現在、おそらくは女王の半身でありこの宇宙の化身である聖獣と、人の身では生まれながらに稀有な魔導の才を与えられたこの青年ぐらいだろう。
そしてその二つの存在を、『創世の女王』は無条件に警戒せずに受け入れる。
それぞれ別の意味で深く愛し、慈しみ、大切に想っているから。
突然のことに驚きはしてもそこにいることには驚かず、彼女は動揺で鼓動を弾ませたまま自分の褥で眠り込む人に近づく。
「もう帰ってきたの・・・?」
名目上は女王の直属でも実質普段は補佐官の指示で動いている青年は、今は確か遠方の惑星へと遣わされていた。
予定ではまだ帰らないと聞かされていた彼女は、だからこそ尚更彼がここにいることに驚いたのだが。
しかしその問い掛けに答えることもなく、ベッドの青年は瞼を閉じて金と碧の瞳を隠し身動き一つせず眠りに身を任せている。
「よっぽど眠いのね・・・・コートぐらい脱いだらいいのに。」
その普段憎まれ口をたたく彼からは想像もつかない無用心で無邪気な寝顔に、アンジェリークは思わず笑みを零し目を細める。
そしてそれほどまでに眠いのに聖地に帰しても与えられた自室に帰らず、その足で自分に会いに来てくれたらしいことに嬉しくなる。
しかしよほどの睡魔に襲われたのか、まさしく倒れこむように眠りについたらしい彼は掛け布団も毛布も何もかもを下敷きにしてそこにいる。
その様子に少女は疲労困憊らしい青年の体調が心配になり、蒼い瞳を辺りに廻らしソファーにカバー代わりに掛けていた薄手の毛布を手に取る。
そして身を翻して、起こさないようにそっと長身の恋人に掛ける。
「?!」
だがその時いきなり手首を掴まれて、アンジェリークは後づさりするように反射的に身を起こす。
「・・・・なにやってんだよ・・・」
「ア、アリオス、起きてたの?」
「枕元で大きな独り言されりゃ、誰だって起きる。」
先程まであんなにぐっすりと寝ていた青年は少女を捕えていないほうの手で不機嫌そうに前髪を掻き揚げ、真っ赤になる顔を睨むように見上げながら起き上がる。
そして掴んでいた手首を軽く引き、ぽすんと柔らかな音を立てて細い体をベッドの縁に座らせる。
「よく眠ってたから・・・アリオス、疲れてる?」
彼に掛けた上掛けを逆に肩に掛けられその優しさと気遣いに暖かな気持ちになりながらも、アンジェリークは眠そうな顔を見上げ眉尻を下げる。
「レイチェルにもう少し減らしてもらうように、わたし、言・・・」
「余計な気を遣うな。」
疲れの原因を誰よりもよく判っている少女は、それを軽くしようと青年に提案する。
だがその言葉を途中で遮り、彼女の思いやりを拒否した人は茶色い頭を小突き再び寝転がる。
「別に疲れちゃいねぇよ。確かにひたすらあの女にコキ使われるのは、カンベンだがな。」
「でも・・・」
片腕を枕にする人の顔を覗き込むと、大丈夫だという彼に親友の悪口を忌々しそうに言われてしまう。
しかし口が悪い青年の言葉の全てを信じることはさすがに少女にも出来ず、ますます憂いた表情を浮かべる。
「でも、アリオ・・・きゃ!」
だがそんな少女に青年は不敵な笑みを返し、今度は毛布をまとった肩に腕を回し思いっきり引き寄せる。
「ア、アリオス・・・・?」
「ここが一番寝心地がいいんでな、俺が勝手に拝借してるだけだ。さすがに真っ昼間から寝てたらおまえと補佐官殿がうるせぇから、中庭で我慢してるがな。」
ベッドの上で広い胸に抱き寄せられる格好になった彼女は真っ赤になって固まり、そのままたどたどしく名を呼ぶ。
けれど耳元で笑み交じりに悪いかとばかりに囁いた声に、アンジェリークは驚き蒼い瞳を僅かに見開く。
そして素直じゃない人の言葉の裏にある意味に気付き、嬉しさで胸を切なくし眦を滲ませる。
「そっか・・・判った。」
自分の傍が一番心地がいいと言ってくれた自分にとってただ一人の人の胸に頬を寄せたまま、少女は小さく頷きぎゅっと抱きつく。
そして出来うる限りの笑みを浮かべて顔を上げ、自分を腕の中に閉じ込める人を見上げる。
「お仕事ご苦労様、いつもありがとう。それと・・・」
自分と宇宙の為に働いてくれる彼に女王として心からのねぎらいと礼を口にし、そして一人の女として帰るのを待ち焦がれていた恋人の唇に自分のそれを重ねる。
「おかえりなさい、アリオス。」
その思わぬくちづけに驚いたような表情を浮かべた人に少女ははにかんだ笑みを向け、出迎えの言葉を今更ながらに声に乗せる。
忙しくて、見送ることはなかなか出来ないから。
だからせめて暖かく出迎えてあげたい。
自分のところに帰って来てくれるこの人を。
「クッ・・・ああ。」
一瞬の驚きの後、彼は金と碧の瞳を細め喉を鳴らして鮮やかに笑い頷く。
そして長い指にクセのない髪を絡ませ、もう一度唇を寄せるように促さす。
その強請りに頬を染めながらもアンジェリークは微笑み、軽く端が上がった青年の唇にくちづける。
「お疲れ様。ゆっくり休んでね・・・」
聖地の空に星が綺麗に輝く夜。
互いに傍にあることを望む二人はささやかで、しかしこれ以上ない幸せを感じつつ、束の間の休息を共に過ごすのだった。