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Wish




「あっ!アリオスッ!」


空を流れる星に僅かながらに願いを掛けていた青年は、不意に背後で上がった声にギクリとする。
まさか、こんなに早く願いを叶えるつもりはなかったのだが。
振り向いてみれば想像に違わず、周りと同じように民族衣装に身を包んだ少女が頭のフードを取りながらこちらに駆けてくる。
「やっぱり、アリオスッ!・・・よかった〜、見間違えじゃなくて。」
「バカでかい声で呼ぶな。」
「あ・・・ごめんなさい。」
目の前で立ち止まり息を整えながら口元を押さえ、けれどにこにこと見上げる顔に、アリオスは苦虫を潰したような表情を向ける。

「ったく、ホントに来たのかよ・・・・」
「え?何?」
その青年の呆れ気味な態度に気付いたのか、少女は茶色の髪を揺らしながら首を傾げる。
そんな相も変わらずな彼女の額を小突きながら、彼は溜め息を吐く。
「わざわざ辺ぴな惑星の小さな街の星祭りに来るなんざ、宇宙の女王もその補佐官もヒマだなと思って感心してるところだ。」
「ど、どうして、知ってるの・・・・」
「青い頭の皮肉屋が、あの金の髪の女王に手紙書いたんだろ?それに水の守護聖様と研究院の主任殿が、嘆いてるのを聴いたからな。」
きょとんとするアンジェリークに、アリオスはその理由を口にする。

『見つかるな』とは言われたものの、見つかってしまった以上隠しても仕方ない。
それに見つかってはいけない相手はあの守護聖や協力者であって、この新宇宙の女王ではない。
少しぐらいバラしても、支障はないだろう。
もっとも全てを理解するのは、少女にはまだまだ情報が少なすぎるだろうが。

「あっ、そうか・・・アリオス、セイラン様の別荘にいたのよね。」
しかし納得したように彼女は手袋に包まれた手をぽんっと合わせ、にっこりと笑う。
「・・・・おまえこそ、どうして知ってる?」
「え?だってセイラン様、わたしにも手紙くれたのよ。」
怪訝そうな彼を尻目に提げたバックの中から一枚のカードを取り出し、すっと差し出す。
「シャトルがこの星に着いた時に届いたの。・・・あの、怒らないでね。」


『アンジェリークへ

昨日、毛並みはいいけどやけに態度のでかい銀色の猫が、僕の別荘に紛れ込んできてね。
それが不思議なことに左右で目の色が違ってて、神秘的といえば神秘的なんだけど、これがまた何が不満なのかミャアミャア鳴くんだ。
まったく、うるさくてかなわないよ。

それで、ふと思い出したんだ。
そういえば、君が行方不明の猫探してたってことにね。
よかったら見に来てみたらどうだい?
多分、間違いなく、この猫だと思うよ。

もっともずいぶんとヒネくれた性格してるみたいだから、君が来ると知ったら逃げ出すかもね。
逢いたいんなら、早く来た方がいいよ。

                                   セイラン』


「・・・・・・・なんだ、コレは。」

「だから、セイラン様からの・・・・・」
性格が捻じれ曲がった奴に、『猫』呼ばわりされる覚えも『ヒネくれてる』と言われるも覚えもない。
第一『見つかるな』と言っておきながら、自分でバラすとはどういうことだ?
恐らくはそんなふうに目の前の顔が引き攣ったのが判ったのか、少女も苦笑いを浮かべ言葉を濁す。
「で?おまえは『猫』に逢いに来たって訳か?」
「あ、うん、そうなの・・・・よかった、ちゃんと逢えて。」
自分に逢いに来たと頬を染め頷く彼女の言葉に嬉しさが込み上げる反面、その彼女から逃げ出そうとしてたことに後ろめたさを感じる。
「ったく・・・ホントにおまえはヒマだな。」
だがそれを隠し、彼はやはり呆れ気味に溜め息を吐いて、カードをその小さな手に返す。
「まぁ、それはそれとして。他の奴らはどうしたんだ?」
「え?」
「どうせ一緒になって抜け出してきたんだろう?一緒じゃないのか?」

セイランが手紙を最初に書いたのは、金の髪の女王。
そしてそれに賛同して一緒に来たのは、その補佐官ともう一つ宇宙の女王と補佐官。
守護聖達の元から抜け出すのなら、四人一緒のはずだ。
だがその姿がどこにも見当たらない。
少なくとも、近くにいるような気配は感じられないのだが。

「いくらなんでも猫一匹探す為に、こんな真っ暗な知らない街を一人で別行動で歩いてた訳じゃねぇんだろ?」
「え、あ、うん、レイチェル達と別行動はしてた訳じゃないんだけど・・・えっと、それがね・・・」
「まさか・・・・『気が付いたら、一人でした』、なんて言わねぇよな?」
しどろもどろになってもじもじとする少女に、青年はイヤな予感が頭を過ぎり片眉を上げる。
「えっとね、その・・・・・アリオス探しながら歩いてたんだもん、仕方ないじゃない・・・」
しかし逡巡した挙句に恨み言めいて肯定した彼女に、彼は本気で怒るに怒れなくなってしまい、代わりにわざとらしく大きな溜め息を吐く。
「ったく・・・女王陛下が迷子かよ、守護聖どもが閉じ込めて置きたくなるのも判るぜ。相変わらずホントトロいよな、おまえは。」
「もう、そんなふうに言わなくてもいいじゃない・・・わたしがトロいせいで、逢えたのよ。」
「はいはい、そうだな。」
頬を膨らます茶色の頭をぽんぽんと叩きながら、アリオスは心とは裏腹にぞんざいに頷く。

「ま、仕方ねぇから、このままおまえと流れ星見てやるよ。」

「・・・・え?」
ふと空を見上げて、青年は天空に幾つもの線を引く星を金と碧の瞳に映す。
「宿は引き払っちまったし、シャトルももう飛んでねぇしな。実はヒマなんだよ、俺も。」
「アリオス・・・・」
我ながら素直じゃないと思うそのセリフに、彼女は驚いて見上げてくる。
「おまえもせっかく抜け出してきたんだから、今更戻るのはもったいねぇだろ?付き合え。」
その視線を感じて目線を下げ、アリオスは口の端に笑いを浮かべる。
「・・・・・ありがとう。」
見開かれていた蒼い瞳が嬉しそうに細まり、アンジェリークは本当の天使のようにふわりと微笑む。
「じゃ、決まりだな。」
「?!」
白いフードを少女にふわっと被せ茶色の髪を隠し、青年は自分の顔もスノーグラスで覆う。
「ちゃんと顔隠してろよ。奴らに見つかると、また面倒だろ?おまえも俺も。」
「もう、アリオスったら・・・・」
クスクスと笑う彼女に彼はガラスの向こうの金と碧の瞳を細め、愛おしそうに見つめる。



伝説に彩られた、星空の下で。
二人は今夜逢えたことに感謝しながら、流れ星に願いをかけるのだった。