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BirthDay Cake



初夏のとある日。

「お〜い、ゼフェル!」
「あ?」

聞き覚えがありすぎる声に名を呼ばれうっとおしげに教室の入り口を見ると、そこには予想通りうるさいヤツとチビがいた。
「・・・・なんだよ?」
「お前の幼なじみの方のアンジェが家庭科室に来てくれって。」
「きっとコンテストのお菓子の試食じゃないかな?この間街に行った時、新しいレシピ手に入れたって言ってたし。」
その騒々しい奴らの言葉に、俺はめんどくさそうに眉を顰める。
「幼なじみじゃなくて、単なるクサレ縁だっつーの。」


学園で年に一度行われるお菓子作りのコンテスト。
何の因果か、甘いものが嫌いな俺が協力することになっちまった。

そしてその出場者の中に、昔っからふわふわとした金髪を揺らして元気すぎる奴がいる。
要するに暴れ馬だな、ありゃ。
その上、ガキの頃からうっとおしいくらいにまとわりついてきやがる。
色気づいたのかんなんなのか、中等部に入った途端『先輩』などと呼んで来るが。
基本的には変わらねぇんだよな〜、いちいちくだらねーことにきゃあきゃあ騒いでうるさい。
もう一人の『アンジェリーク』を見習って落ち着けってんだ。
もっともそっちはそっちで、おっとりとした性格が災いしてか、不届きな教師の毒牙に掛かってるらしいが。
あとの二人は上級生を上級生と思わず遠慮も何もなく小言を言う奴と、下級生のクセに上級生より背が高い奴だしな。
・・・なんかロクな女がいない気がする。

まぁ、肝心の菓子の腕の方はこの俺から見ても、それぞれに個性的でいいんじゃねぇかと思うけどな。


「ほら、ゼフェル、行くぞ。」
「うっせーな・・・」
そんなふうに思い耽っていると、いつの間にか傍に寄ってきたおせっかいは腕を掴み椅子から立たせようとする。
うっとおしそうにその手を払い、俺は渋々立ち上がり家庭科室へと歩き出す。
「・・・・なんでついて来るんだよ?」
しかし後ろに気配を感じ振り向くと、何故かまだ二人は俺に付きまとっている。
「きまってるだろ、お前が逃げ出すといけないからだ。」
「アンジェのお菓子も気になるしね。」
無駄に使命感に燃える奴と食いもん目当ての奴の様子に、思わず脱力する。

他のことならともかく、コンテストのことで、しかも呼び出したのはあいつで。
逃げ出したら後で、何を言われ何をされるか判らねぇ。
別にそれがイヤなワケじゃねぇけど、ここで逃げるより面倒なことになりそうな気がするからな。
・・・ウソじゃねぇぞ。

それにそもそも俺の担当はジュースなんだが。
俺とは逆に甘いもん好きのチビがひどくお気に召すものは、あまり出ない気がする。
確かにたまぁに甘ったるくて、飲めたもんじゃないシロモノもあるが。

「ったく・・・勝手にしやがれ。」

後ろを歩く奴らに悪態を吐き、俺は憂鬱な気持ちを抑えつつ再び歩き出したのだった。



「先輩、お誕生日おめでとう〜〜!」

しかし家庭科室の扉を開けた瞬間、そんなメランコリーな気分を破るようにパンパンッ!と小さな爆音と紙ふぶきと4つの黄色い声が俺に浴びせられた。
「なっ・・・?!」
「さ、ゼフェル先輩座って座って。」
呆気に取られる俺を金の髪のアンジェは引っ張り、テーブルの前に置かれた椅子に座らせる。

目の前には吐き気がするほどの生クリームと真っ赤なイチゴで飾られたデコレーションケーキ。
だがその上には所狭しと刺された15本の色とりどりのろうそくと、俺の名と祝福が記されたチョコレートのネームプレート。
考えなくても、コレが何を意味するのか俺にだって判る。

「あ〜、そういえば、今日ってゼフェルの誕生日だっけ。」
「思い出した。先月リュミエール先輩がコンテストの出場者のみんなが、誕生日を祝ってくれたって言ってたよ。」
後ろから覗き込む野次馬の声に、俺は今日が何の日か今更ながらに改めて思い出す。
本人でさえすっかり忘れていた記念日を、よくもまぁこいつらは覚えていたなと思いつつ。
「美味しそうなバースディケーキじゃないか。よかったな、ゼフェル。」
「美味しいかどうかは、アンジェリークが作ったのだから判りませんけど。そもそも先輩は甘いものが苦手ですし。」
何故か自分のことのように感動するバカに、お嬢様はソーダを俺の前に置きながら冷静すぎる意見を口にする。
判ってるなら、作んな・・・と、いつもなら言うんだが。
「でもリモージュちゃん、材料集めから一人で頑張ってたんですよ。楽しそうでちょっと羨ましかったです。」
けど微笑みながらろうそくに火を点す後輩に、製作者の努力をとろそうな口調で言われちゃあな。
俺だって鬼じゃねぇ、気持ちだけはありがたく頂いてやる。
「ホラ、先輩。一息で吹き消しちゃってヨ。」
「ったく・・・・」
そして俺よりも背が高い女に促され、ケーキの上でゆらゆらと揺れる炎を一気に吹き消す。

「・・・95点だな。」
「え?」
「単語の綴りが間違ってる。」
ポツリと呟いた自分をきょとんと見下ろす碧の瞳に、頬杖をつきながらプレートを指差す。
「『Birth』の『i』が抜けてっぞ。」
「え?・・・ああ〜っ!」
覗き込んだ製作者は一瞬小首を傾げて考えた後、丸いほっぺに両手を当て悲鳴を上げる。
その声に耳を押さえ眉を顰めつつ、その一方で昔っから変わらないそのそそっかしぶりに、俺は思わず苦笑しちまう。
「ご、ごめんなさい。今付け加・・・・」
「待て待て。」
そしてあたふたとサインチョコを探し出す彼女を押し止め、俺はチョコレートを摘まんで持ち上げる。
「構やしねぇよ、食っちまえば同じだ。」
端をパキッと音を立てつつかじり、俺の好みに多少は合わせたのか僅かに苦さを感じるそれを味わう。
「ゼフェル先輩・・・じゃ、じゃあ、ケーキ切りますから、食べてください。」
「お、おう・・・」
それを見て感動したように自分を見る奴らにテレくさいものを感じつつ、俺はぶっきらぼうに残りのチョコを全て嚥下する。

「はい、どうぞ。」
「一口だけだかんな。」
切り分けられ白い皿に載せられたケーキを目の前に置かれ、渋々ながらにフォークを手に取る。
そしてなるべく小さくなるよう、しかし作った人間の立場がなくならない程度の大きさに切り恐る恐る口に運ぶ。
「・・・・ぶっ!」
だが次の瞬間、俺は思わずそれを吐き出しちまう。
苦手とは別の意味で、余りにも予想と違いすぎるその味に口元を押さえ咳き込む。
「てめぇ、何を使ってコレ作ったっ?!」
「え?」
そして涙目でまたしてもきょとんとしている金髪の少女趣味女を、俺は睨み上げ怒鳴る。
「スポンジスーパーでしょう、イチゴと生クリーム・・・あ、あとね、先輩は辛いモノが好きだから、とうがらしとしちみを入れてみたの。えっと、他には・・・」
指折り数え余計なものを次々と悪げなく告白する声に、俺は机に突っ伏しそうになる。

余計なもの入れるなよ・・・この俺がなんとか食う努力をしようとしてるのに。
口の中の不協和音だけの意味でなく、なんだか涙が出てくらあ。

「〜〜〜〜っ!0点だっ!」
ムカムカと苛立ちと胸焼けを感じつつ、俺は点数を修正する。
「ええ〜っ!美味しくなかった?☆5つの材料使ったんだけど・・・」
「美味い美味くねぇ以前の問題だっ!」
そしてなんだか不満そうな表情を浮かべる奴に、反射的に俺は怒鳴る。
「だから最初に忠告しましたでしょ?アンジェリークが作るものだから判らないと。」
しかしその俺の言葉に、紫の瞳のお嬢様は冷静に突っ込みを入れてくる。
どうやら親友を庇うつもりはまったくないみてぇだが、その言葉になんかムカつく。
「ごめんなさい・・・」
本人は本人でしょんぼりと謝りやがるし。
まるで俺が苛めてるみてぇじゃねぇか、ったく、気分悪い・・・
「まぁ来年は食えるもの作れや。」
「・・・・先輩?」
頬付けをついてそっぽを向き、俺はなけなしの優しさを見せてやる。
だがそれに気付かないのか、戸惑いにふわふわの巻き毛を揺らして碧の瞳でじっと見つめてきやがる。
あ〜、も〜、メンドくせぇ・・・・
「だから・・・来年リベンジさせてやるって言ってんだよっ!」
「あ・・・うんっ!」
向き直り一言叫んでやると、ようやく判ったのかのんきそうな顔に笑みが広がる。

ったく、だから女って言うのは・・・
ま、泣いてるより笑ってる方がいいよな。
こいつに限んねぇと思うけど。

「素直じゃないよね、ゼフェルって。」
「『言い過ぎた』って一言謝ればいいだけなのにな。」
だが感情を見透かしたような悪友どもの言葉に、俺は恥ずかしさとンな生ぬるいことを考えていたことにカッと血が昇る。

「うるせっ、外野っ!」


思わず手に持っていたフォークを奴らに投げつけ、俺は誕生日の一日を騒々しく過ごすのだった。