戻る

Bask in The Sun




街の隅っこにある白い大きな建物。
周りに木々がたくさん植えられたその屋上で、茶色の髪の少女が一人ひなたぼっこしていた。

それが晴れている日限定のアンジェリークの日課。

しかし、実は。
彼女はいわゆる『病人』の部類に入り。
ここは『病院』で、入院していて。
しかも主治医の『許可』はまったく取っていなかったが。


「・・・・・・・やっぱりここか。」

ぼぉ〜っと遠くに見える街を見ながらうとうとしていると、不意に溜め息交じりの声が聞こえた。
ゆっくりと屋上の入り口を振り返ると、想像通りの黒髪の白衣の青年。
その彼が前髪を掻き揚げながら近づいて来ていた。
「あっ、先生・・・・・!」
少女も立ち上がって嬉しそうに青年に駆け寄る。
「走るんじゃない。・・・・まったく、おまえはいつもこの時間、ここにいるな。」
自分の胸ほどしかない華奢な体を受け止めて、彼は苦笑する。
「あれほどむやみに出歩くなと言っても、聞かないのだから。俺は医者失格だな。」
「・・・・・・・ごめんなさい。」
「まぁいい。だが、いくら気候がよくても外で寝るな。」
「うっ・・・・・・ごめんなさい。」
居眠りを見咎められたのに気が付き、アンジェリークは決まり悪そうに重ねて謝る。
「部屋で寝てくれているのなら、俺も心配がなくていいんだが。」
その見上げる顔に困ったように笑い、レヴィアスは抱き上げて唇を寄せる。

主治医とその患者ではあるが。
二人は恋人でもあった。
もちろん、誰にも言えない秘密なのだが。
それでも想いが通じ、幸せな日々である。
・・・・・・少女が病気であること以外は。

青年の腕に軽々と横抱きにされた彼女はその首に腕を回してくすくすと笑う。
「どうした?」
「あのね、看護婦さん達が『アンジェちゃんは、ラッキーね。』って。」
「? 何がだ?」
脈絡のないその言葉に、彼は首を傾げる。
「『若先生は大学の研究でお忙しかったからめったに患者を担当されなかったのに、こんなに長い間独占出来て、ある意味ラッキーよ。』だって。」
医療関係者として不謹慎なその言葉に、レヴィアスは眉を顰める。

『長い間独占』ということは、病が良くなってないということ。
それを喜ぶのは、あまりにも不真面目。
それに裏を返せば、彼の医者としての腕を見縊っているということなのではなかろうか。

「誰だ、そんなことを言うのは。」
「・・・・・・・・な、なんで怒るの?」
けれど、アンジェリークには何故不機嫌になるのか判らない。
「わたし、先生がずっと側にいてくれて嬉しいよ?」
金と碧の瞳を覗き込んで、真剣に告白をする。
長い入院生活が辛くないのは主治医が彼だから。
「わたしのお医者様が先生で良かった。」
「アンジェーリーク・・・・・」
「だから怒らないで。・・・・・ね?」
本当に嬉しそうに微笑む少女に、青年は目を細め見つめ返す。
「おまえ・・・・だったら、治ったら俺は側にいなくてもいいのか?」
「えっ・・・・・・・・ヤ、ヤだ。」
思いもかけない言葉に、彼女は彼に抱き付き白衣を手が真っ白になるぐらいに握り締めて首を振る。
「イヤ・・・・・ずっと側にいて。いてくれないの?」
鼻に掛かった声に問われて、レヴィアスは失言だったかと少し後悔する。
「・・・・・馬鹿。いてやる、当然だろう。だから、泣くな。」
「本当・・・・?」
その言葉に、アンジェリークは大好きな人の首に埋めていた顔を上げて真偽を確かめる。
「ああ・・・・」
涙を浮かべた少女に笑ってみせ、約束をくちづける。
「側にいて、キスだって、それ以上のことだってしてやる。」
「それ、以上・・・・・・・?」
だが彼女にきょとんとして首を傾げられしまい、彼はその幼さに苦笑する。
「ま、それは追々、な。・・・・・だから、はやく良くなれ。俺も早くおまえをここから出してやりたい。」
「うん、判った。」
笑みを浮かべて素直に頷き、少女は青年の頬にお返しのキスをする。

「冷えてきたな。病室に帰るぞ。」
抱き上げていた体を下ろして、白衣の医師は屋上の入り口のドアを開ける。
出来ることなら抱えたまま連れていってやりたかったが、患者の体のことを考えると少しは歩いた方がいい。
もっとも、出歩くなといっても病院内を歩きまわっているのだから、今更関係ないのかもしれないが。
「・・・・・・アンジェリーク。」
「・・・・ありがとう、先生。」
振り返り差し出された手を嬉しそうに取って、少女は青年を見上げる。


ひなたぼっこをしている自分を迎えに来る彼との僅かな時間のデート。

これもアンジェリークにとって、ささやかで幸せな日課、なのだから。