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災難の始まり




大学を卒業して半年。
私は、6ヶ月間世界有数の一族の本邸で執事見習いとして働いてた。
全ては幼い頃に主と決めたその人の役に立つ為に。


「ここか・・・・」

本邸の執事長である父から渡された地図を頼りにたどり着いた屋敷。
その門の前に立ち見上げ、思い出す。

4年ほど前、ご本家を出られた直系の血を継ぐ少年。
黒髪と左右で色が違う瞳の持ち主。
あれから一度も会っていない。
いや、それどころかおじい様であられる大旦那様の屋敷にも一度も戻っていらっしゃらない。
まぁ、歓迎してくれる方はそんなに多くないのだから、帰ってこられないのも無理はないのだが。

どんなふうになられているのだろう?
・・・・過去の経験からすると、あまり期待するのも問題ではあるが。


「本当に来たのか・・・・・・」

案の定、嫌そうな顔で出迎えられてしまい、私は小さく溜め息を吐く。
「当たり前です。アルヴィース家の屋敷に執事の一人もいないなど言語道断です。」
「いなくても、今まで平気だったが?」
ああ・・・・やはり期待すべきではなかった。
しれっと答える主人に、不躾ながら脱力してしまう。
「とにかく、今日からここでお世話になります。・・・・よろしいですね、レヴィアス様。」
「駄目だと言ったら帰るのか?」
「・・・・・・帰りません。」
さらに深く溜め息を吐き、ふと主の後ろに小犬を抱えた茶色の髪の少女が自分を見上げているのに気が付く。

使用人・・・・にしては小さすぎる。
どう見ても、小学生。
中学生だとしても、せいぜい1年ぐらい。
誰、だろう?

「あの・・・・・こんにちは。」
「え・・・ああ、こんにちは。はじめまして。」
そんなことを考えていると、愛らしい声で挨拶された。
「アンジェリーク、こんな奴に挨拶などしなくていい。」
こ、こんな奴って・・・・
またしても冷たく跳ね返されて、顔が引き攣ってしまう。
「レヴィアス様、挨拶は人生の潤滑油です。しなくていいことなど、ありません。」
「・・・・相変わらず、うるさい奴だな。」
目を細め私を睨み付けた後、傍らの少女を見下ろす。
「門のところで待ってろ。・・・・・すぐに行く。」
「はい、レヴィアス様。」
言われた彼女は私に小さく礼をして小犬と共に玄関を出て行く。

・・・・あれ?
なんだろう?
今すごく違和感が・・・・・・

「あの・・・・・・」
「なんだ?」
鋭い視線で見られ、違和感の原因にはっと気付く。
明らかに見る目が違われる。
私にはこんなに無表情でいらっしゃるのに。
あの少女に対しては、まるで・・・・
「なんだと聞いている。」
イラついた声に、我に返る。
「あ・・・いえ・・・・」

気のせい、だと思いたいのだが。
どうにも否定できない。
それどころか、イラだちを増した態度がさらに肯定を指示してしまっている。
多分、彼女を待たしている現実が嫌でいらっしゃるのだ。
あいかわらず、判りやすい方でいらっしゃる。
そんなことは判りたくもないのだが。

「お出かけで、いらっしゃいますか?」
「ああ、犬の散歩だ。」

・・・・・・まったく変っていらっしゃらないと思っていたが。
変ってしまわれたのかもしれない。
それも大幅に。
ご本家にいらっしゃる頃は、犬の散歩だなんて到底なさる方ではなかった。

「用がないのなら、もう行く。」
とうとう我慢も限界に来たのか、私の返事も聞かずに歩き出される。
「部屋は誰かに聞いて勝手に使え。」
「はい・・・・・・いってらっしゃいませ。お気を付けて。」
おそらくは見送りの声など耳に入っていらっしゃらないだろうが。
私は今日から本当に自分の主となった方の背を見送る。


ああ、これから苦労するのだなと。
自ら選んだことではあるが。
そんな未来を簡単に想像できてしまう自分の不遇さを嘆いた日。

私の執事人生は始まったのだった。