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Exorcism
「なんだ、この人形は?」
朝訪れた時はなかったものを主人の机の上に見付け、カインは眉を顰める。
「ああ、それ?主星の陛下のプレゼントだってさ。ふふっ、かわいいよねぇ〜。」
「アンジェリーク様のプレゼント?」
その場にいた巻き毛の青年の言葉に、茶色の髪の少女を思い浮かべて首を傾げる。
「う、うん。姉さまに頼まれてショナが魔導石で送ってくれたから、ぼ、僕、急いで兄さまに届けに来たんだ。」
水色の髪の少年がにっこりと笑って一生懸命説明してくれる。
確かに彼の親友は今、主星の宮殿にいる。
次元回廊を開いたり手紙の精霊を寄越すよりも、この場合、彼の魔導石で転移させてしまった方が早い。
それと・・・・面倒がない、色々と。
しかし、それはともかくこの人形はなんなのだろう?
見るところ、男女の人形が一対になっているようだが。
「『お雛様』っていうんだってさ。」
考え倦んでいる姿に気が付いたジョヴァンニがその正体を口にする。
「女の子の成長を祝って、飾るものなんだそうだよ〜。ねぇ、ルノー?」
「そ、そうだよ。ショナが僕にくれた手紙には、そ、そう書いてあったよ。」
多分一緒に送られて来たのだろうそれを見ながら、ルノーは頷く。
けれど二人の説明に、カインは更に不可解感が増す。
「一体、この城のどこにそんな成長を祝うような女の子がいるんだ?」
「いいじゃん、別に。そんな固いこと言わなくったってさ。少なくともレヴィアス様は喜んでいらっしゃったんだから。」
くすくす笑う青年の言葉を聞き、彼はここに来た理由を思い出す。
「・・・・・そのレヴィアス様はどこへ行かれたのだ?私はおまえに見張っているように言わなかったか?」
「決まってるじゃないかぁ。我らが敬愛するレヴィアス様は、愛しい愛しいアンジェちゃんに直接お礼を言いに行ったのさぁ。」
悪びれることもなく芝居がかった軽口を叩かれて、顔が引き攣る。
「『見張ってろ』と言っただろう?!」
「だ・か・ら!僕はちゃ〜んと見てたよ。止めはしなかったけどねぇ。」
「止めろ!!」
「ヤだよぉ、そんなヤボなことはさ。」
命じられた者は命じた者向かって嫌そうに琥珀の瞳を細めて手をヒラヒラとさせる。
その間に少年は『兄』に言われたことをふと思い出し、机の上の書類をトントンと揃えてカインにそれを渡す。
「は、はい、カイン。ちゃんと、全部目が通してあるそうだから・・・・」
「全部・・・?」
受け取ってその束を捲ってみると、確かに全て決裁されている。
昨日渡した分も、今朝渡した分も、何の不備もなく全部。
「やること、そつがないよねぇ〜。部下思いだねぇ、まったく。」
「・・・・この場合、部下思いとは違うだろう?」
「あはは、そうかもねぇ〜。」
書類を片付けた理由は、偏にプレゼントの贈り主に会いたいが為。
礼を言うというのも単なる体のいい言い訳だ。
それ自体が目的な訳がない。
したがって書類を片付けたというのは、もしかしたら奇跡に近いのかもしれない。
一目散に飛んで行ってしまっても、何の不思議もないのだから。
「きっと明日の夜、ひょっとしたら明後日の朝かな、まで帰ってこないよねぇ〜。明日は日の曜日だしさぁ。」
「多分な・・・・・だがレヴィアス様のお役目は、ただ書類の決裁していればいいというものではないんだぞ。」
幼い世界ながらも、やるべきことは休みなど関係なく湯水のように湧いてくるのに。
人形を見下ろしながら彼は小さく溜め息を吐く。
「ね、ねぇ、あの、ショナの、て、手紙・・・・続きがあるんだけど・・・・・」
「ん〜?なんて書いてあったんだい?」
「え、えっと、・・・・人形の元々の意味、なんだけど・・・・・」
いつもにも増して少年の歯切れが悪い。
それを不審に思い、カインは不作法と知りながらもルノーの背後からその手紙を覗く。
「『元々は赤ん坊が生まれ持った厄を落したり、子供の厄除けをしたりするの為のものだったらしいよ。だから、ある意味、女王様がレヴィアス様にこの人形を贈ったのは正しいよ』・・・・・ね?」
神経質そうな見慣れた文字を読むにつれ、その意味を理解したカインの声が止まる。
「・・・・・・・・ぷっ!ふぁはははは!ショナもたまにはなかなかシャレたこと言うよね〜!!」
「ジョヴァンニ!笑うんじゃないっ!」
大ウケして爆笑する青年を思いっきり注意する。
「だ、だって〜、当たってるじゃないかぁ!!」
「だからといって、失礼だろう?!」
「あれぇ?あはは〜、カインもそう思ってるんじゃないかぁ〜!!」
「ちっ、違う!!」
焦って否定するが、そのこと自体、肯定してしまっていることに他ならなかったりする。
「で、でも、姉さまは兄さまを想って、お、贈ってくれたんだよね?」
「・・・・ルノー?」
突然の少年の言葉に、今の今まで笑ってもしくは怒っていた者はそちらに首を巡らす。
「だ、だって、これ、お姫様と王子様でしょう。ね、姉さまは兄さまと、い、一緒にいられるように願ってるんじゃ、ないかな?」
今は一緒には、いられないけれど。
たまにしか、逢えないけれど。
いつかは、いつも一緒にいられるようになりたい。
だから、今はせめて人形だけでも。
「そうだな・・・・」
小さく笑って、今度は心から肯定する。
過去やプライドや立場などに縛られて、かなり遠回りな恋をしてきたから。
その分、これからは幸せになっていただきたいと思う。
「でもさぁ、レヴィアス様はいつでも気にせずに逢いに行っちゃってるよねぇ〜。」
「・・・・だからお止めしろと言っている。」
「い〜じゃん、幸せになって欲しいんだろぉ?」
「それとこれとは別の話だっ!!」
元の話に戻ってしまい、再びカインは怒り出した。
そして、やっぱり主が戻ってきたのは月の曜日で。
かなり上機嫌な彼に、カインは呆れ疲れてしまうのだった。