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Favour
「何だ、これは?」
どうでもいい以外の何者でもない仕事から戻ってみれば。
屋敷の居間には、色とりどりの包装紙で包まれたモノが山積みで。
どこぞの誰かからの下心付きの贈り物であろうそれに、館の主である青年は黒く艶やかな眉を顰める。
いや、彼が不機嫌なのはそれだけが理由ではない。
愛しい少女の出迎えがなかった。
訊けば、今日の終業式が終わった後、友達のところに遊びに行ったらしい。
いつもは遅くまで掛かる仕事を今日はずいぶんと早めに切り上げてきたものの、今は冬。
外はもう真っ暗だ。
不満と共に不安も彼の中に渦巻き、眉間のシワを深くする。
「そんなに心配なさらなくても大丈夫ですよ。先方様が送ってくださると言ってましたし。」
呆れを隠さない執事の溜め息交じりの慰めでなぞ機嫌が直るわけがなく、レヴィアスは苛立ちながら出された茶に口を付ける。
「もうすぐ帰ってきますよ。それまでヒマつぶしにプレゼントでも開いてみればいかがですか?」
「ふん・・・・馬鹿なことを言うな。」
そして派手な音を立ててソーサーにカップを置き、銀の髪の青年の提案を鼻で一蹴する。
「俺はこんなものを受け取った憶えはない。」
「・・・・レヴィアス様。」
「くだらん連中のくだらん感情に付き合うほどヒマじゃない。」
主に向け咎めるような視線を向ける彼に金と碧の瞳を鋭く細め、黒髪の青年は頬杖を突く。
「今更気まぐれに、俺の機嫌を取ったところで仕方あるまいに。」
忌々しそうに贈り物の山を冷たく眺め、彼は長い脚を放り出し腕を組む。
「きっとろくでもないものに決まってる。じじい共に嫌われた俺に贈り付けるだからな。どう考えても、下心まみれの薄汚いものだろう?送りつけたのが誰であろうが、そんな物受け取れるか。」
「レヴィアス様、またそんなことを・・・・」
気持ちは判るが主人のあまりにもあんまりな暴言に諫言をしようする執事の気配を感じながらも、レヴィアスはそれを無視して立ち上がろうとする。
だがリビングの半開きの扉に人影を見つけ、あまつさえ目が合ってしまい、青年は腰を浮かせたまま硬直する。
「あ・・・・ただいま帰りました。」
そして固まっている間に、その相手は僅かに悲しそうな表情を浮かべながらもぺこりと頭を下げて走り去ってしまう。
「いいんですか、追いかけなくて。なにか、包みを手にしていたようですが。」
自業自得だと言わんばかりの忠実なはずの部下の言葉にハッと我に返り、青年は姿勢を正し立ち上がる。
「っ・・・・おまえに言われるまでもない。」
「誰であろうと、受け取らないのではなかったのですか?」
「・・・・黙れ。」
低い声でお目付け役を黙らせ、彼は自分の心の特別な場所にいる彼女の後を追いかけたのだった。
「アンジェッ、待て。」
幸か不幸か力なくとぼとぼと歩いていたらしい少女に裏口を出たところで追いつき、レヴィアスは呼び止める。
「レヴィアス様・・・・」
「まったく・・・・人の顔を見て逃げるな。」
「逃げてなんて・・・・」
振り返り手に持っていた包みを抱き締め俯く彼女に、彼は溜め息を吐き茶色の頭を撫でる。
「その・・・・手に持っているものは何だ?」
「な、なんでもないです・・・」
腕の中のものをますますぎゅっと抱く姿に、青年は先ほど居間で直感したことが当たった事を確信する。
「お前に下心がある訳ないだろう。」
「・・・・え?」
「おまえは下種な奴らとは違う。」
顔を上げ瞬きをした少女に目線の高さを合わせ、レヴィアスは金と碧の瞳をフッと緩める。
「でも、レヴィアス様に喜んでもらえるって・・・・それ以前に、貰ってもらえるって、思い込んでたのは本当のことですから・・・・」
「俺を想っておまえが選んだもので、俺が喜ばないわけがないだろう。それにそれは下心じゃない・・・おまえの真心だ。」
柔らかな髪を安心させるように優しく梳き、青年は少女の心を解きほぐす。
「お前が傍にいてくれるだけで嬉しいんだ。おまえからの贈り物は尚更嬉しいぞ?」
「レヴィアス様・・・・」
「・・・・判るな?」
そして暗にプレゼントを強請り、彼は彼女に笑いかける。
「あの・・・それじゃ、受け取って・・・・頂けるんですか?」
頬を染め恐る恐る包みを差し出す少女に目を細め、レヴィアスはほっと息を吐く。
「当たり前だ。」
「・・・・ありがとうございます。」
はにかんで礼を言う彼女からプレゼントを受け取り、彼は緑色のリボンに手を掛ける。
「あの、マフラーなんですけど・・・・」
「・・・・おまえが編んだのか?」
「はい・・・・レイチェルに教えてもらったんですけど、初めてだったのであまり上手く編めなくて・・・・」
「いや・・・・そんなことはない。」
出てきた白いマフラーを巻いて見せ、青年は少女に美麗な笑みを向ける。
「ただ・・・少し長いか。」
「あっ、すいません。一生懸命編んでたらいつのまにか、こんなになって・・・」
「別に構わん。」
自分の言葉におろおろとして慌てて謝ろうとする少女にクッと笑い、青年はその小さな体を引き寄せる。
「あ・・・」
「こうすればいいだろう?」
そして茶色の髪が掛かる首に自分の首から繋がる余った端を、ふわりと巻き付ける。
「レ、レヴィアス様・・・」
蒼い瞳を見開き頬を染める幼い恋人を至近距離に見て、レヴィアスは金と碧の瞳を細め柔らかな唇に軽くくちづける。
「・・・・な?」
「あ・・・・はい。」
にっこりと嬉しそうに微笑む顔にそそられながらもそれを押さえ込み、彼はその代わりに僅かにイジワルな表情を浮かべる。
「・・・・アンジェリーク。」
「はい、なんですか?」
「もう一つ・・・・プレゼント、強請ってもいいか?」
不思議そうに小首を愛らしく傾げ見上げる少女の唇に指を這わせ、青年は口の端を上げながら言葉を続ける。
「おまえからくちづけをくれないか?」
「え・・・?ええっ?!」
余りにも意外な言葉だったのか、それとも少女にとっては恥ずかしい願い事だったのか。
アンジェリークは、一瞬レヴィアスから身を離そうとする。
しかし首はマフラーで彼と繋がり、その上抱き締められたままの為、それは叶わない。
「ダメか?」
そんな腕の中の彼女の慌てぶりを微笑ましく眺めながら、彼は重ねて尋ねる。
「いつも俺からばかりでは不公平だろう?」
「え・・・あ、そ、そう、かもしれません、けど・・・・」
「けど?」
湯気が立ちそうなくらい真っ赤になりしどろもどろに口をパクパクさせる目の前の小さな顔に、レヴィアスはクッと喉を鳴らし抱き締め直す。
「け、けど・・・・う、判りました・・・・」
「してくれるか?」
「は、はい・・・・あの、少ししゃがんで・・・・目閉じていただけますか?恥ずかしいですから・・・・」
「クッ・・・・ああ。」
目を閉じると小さな手が頬に添えられるのが、研ぎ澄まされた神経によく判って笑みが込み上げる。
「・・・・・?」
けれどそれに続いた唇が戸惑いがちに触れたのも頬で、レヴィアスは眉を顰める。
「・・・・・アンジェ。」
「は、はい・・・」
再び目を開けると困ったような少女の顔が見え、青年は不機嫌を隠さず小さな顎を掴み唇を押し付ける。
あくまで重ねただけのそれに細い身体はビクリと震え、硬直する。
「・・・レ、レヴィアス様・・・・」
「・・・・俺が欲しいのは、ここになんだが?」
「はい・・・」
蒼い瞳を潤ませ頷いた頭に息を吐き、彼は恥ずかしがる彼女の為と沸き上がる情欲を押さえ込む為にもう一度瞳を伏せる。
「レヴィアス様・・・・・」
すると鈴のような声で自分の名が紡がれるのが聴こえ、それに続いて先ほど奪った唇が自分のそれに触れるのを感じる。
「これで、ご満足頂けますか・・・?」
「クッ、そうだな・・・今はこれで満足しておこう。」
「今は・・・?」
真っ赤な顔できょとんと目をしばたたかせ、いまだ幼い少女は暖かい胸の中で首を傾げる。
そんなまだ無邪気としか見えない表情に僅かに苦笑し、レヴィアスはもう一度自分からくちづける。
「ああ・・・・今は、な。」
そして自分の中に渦巻く劣情に気付かない恋人を、青年は唯一受け取ったプレゼントごと大切そうに抱き締めるのだった。