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揚花火




夜空に咲く色とりどりの光の花。


「わぁ、キレ〜。」

それを蒼い瞳に映し、マンションのベランダに立つ少女は浮かれながら歓声を上げる。
「やっぱりアリオスの部屋から良く見えるね、花火。うん、キレイ。」
「・・・・そりゃよかったな。」
しかし嬉しそうなその姿を背後から見る青年は、げんなりとした表情を浮かべ銀色の髪を掻き上げる。
「何?アリオスには、キレイに見えない?」
そんな恋人の返事に不満を感じたのか、彼女は茶色の髪を揺らして僅かに振り返る。
「別に。ただメシ食ってる最中にいきなり帰りたいなどと言い出した末に、着いた途端ベランダに直行するのはどうかと思っただけだ。」
「・・・・だ、だって・・・突然、今日だって思い出したから・・・・仕方ないじゃない。」
そんなふうに不機嫌な理由を口にすると、少女はどもりながら言い訳をする。
「そのせいで俺が食いっぱぐれたのは、俺の気のせいか?」
「うっ・・・・それは・・・・・ごめんなさい。後で何か作るから・・・・」
しかし畳み掛けるように重ねてもう一度指摘すると、今度は決まり悪そうにちゃんと向き直り謝る。
「・・・・ったく・・・」
その姿に自分の大人げなさに気付き、青年もまた決まり悪げな表情でベランダに出る。
そしてしょんぼりとする彼女の頭をくしゃりとかき混ぜ、空に目線を戻させる。
「・・・・アリオス?」
「花火、見るんだろ?」
「あ・・・・うん。」
髪を乱され目の端で怪訝そうに自分を見上げる少女の横で苦笑し、アリオスはポケットから出したタバコに火を着ける。


隣で天空を見上げる少女。
その楽しそうな横顔に、彼は目を細める。
もちろんそれは彼女に気付かれぬように、であるが。

以前の自分からしたら、腑抜けてる以外の何物でもない現状ではあるが。
こうして少女の無邪気な笑顔が見られるのなら、こういうのもいいかと思う。

なにしろそれは、この自分を見惚れさせてしまうほどのものだから。


「・・・・・アンジェ。」
「ん〜、なぁに?」
生返事で反射的に返す少女の肩をアリオスはタバコを片手に抱き寄せ、丸く開いてる唇に自分のそれを近づける。
「ちょっ・・・アッ、アリオス?!」
しかし突然視界に入った恋人にギョッとしたのか、彼女は咄嗟に小さな手をむんずとその顔に押し付ける。
「オ、オイ・・・・」
「ダ、ダメだってばっ!」
真っ赤な顔で拒絶し掌で押し退けようとする彼女に、彼はムッとし片眉を上げる。
「花火見るんだって、言ってるでしょう?アリオスも見ろって言ったじゃない。」
けれどそんな睨みなど慣れているせいか少女は少しも怯みはせず、頬を染めながらもきっぱり跳ね除ける。
「ほら、見て。キレイよね、アリオス。」
そんな思いっきり話を剃らして半笑いで再び花火に目をやる姿に、アリオスは不服な表情のまま自分の顔を押さえつける手を取り去る。
「・・・・ったく。」
そして再び口の中で小さく悪態を吐き、手に持っていたタバコを咥え手摺りに頬杖を突く。


嫌がるのを強引にするのは、シュミじゃない。
そこまで飢えているわけじゃない。


そう言い訳をしながら、アリオスは碧の瞳に光の花を映し紫煙を吐き出す。


第一ムリにすれば、ふくれっつらで泣かれるだろうから。

それは困る。
少女に泣かれるのは、一番困る。

どうしていいのか、判らなくなる。
言い方は悪いが、扱いに困る。
それはそれは、ものすごく。

そう思っている割には、いつも怒らせ泣かせている気もしなくはなかったが。


「・・・?」
しかしその時、腕にそっと何かが触れるのを感じ、青年は眉間の皺を深める。
怪訝そうな表情のまま腕に目をやると、先程まで自分を拒んでいた手が添えられ絡められていて、青年は碧の瞳をそのまま隣の少女に向ける。。
すると蒼い瞳と目が合い恥ずかしそうにしながらも、今度は両腕でぎゅっと腕を抱き締めてくる。
「あ、あのね・・・・アリオスと花火見られて嬉しいよ。」
そして頭も腕に寄せながら、ふわりと柔らかい笑顔を向けてくる。
「それとね、」
「・・・・なんだよ?」

「は、花火が終わったら・・・・ね?」

その言葉の意味することと笑みにアリオスは一瞬呆気に取られ、恥じらいからかすぐに目線を外し空を見上げる横顔を凝視する。
「終わったら、か・・・・」
だがすぐにその口元には皮肉げな笑みが浮かび、彼は咥えていたタバコを手摺りの縁で押し消す。
「それじゃせいぜい期待してるぜ。どれだけおまえが俺に尽くしてくれるか、な。」
「・・・・え?」
「ああ、それと何かしら食わしてくれるんだったな。・・・・本当に楽しみにしてるぜ、アンジェリーク。」
驚いたように再び顔を向けた少女に、青年は意味ありげに口の端を上げて見せる。
「・・・・アリオス、またからかってるでしょう?」
「さぁ、どうだかな。確かにまぁ、おまえで遊ぶと面白いがな。」
「ア、アリオスッ!」
勘が鋭いんだか鈍いんだか判らない彼女を結局はふくれっつらにさせ、アリオスは喉を鳴らして笑う。



からかいなのか。
それとも、本気なのか。
はたまた、その両方なのか。


それが判明するのには、半時を有するのだった。