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Moonlit night’s Susurration
ガキの頃、俺は無神経にもアンジェリークに尋ねたことがある。
どうして女王は歳を取らないのかって。
それは、幼い俺の目でもわかるくらい変化がないことだったから。
・・・・・ほんと、どうしようもないガキだったんだな。
「女王はね、宇宙を育てなければならないの。宇宙を育てるには普通の人の時の長さでは出来ないから、ゆっくりと時が流れるの。」
「それって、さみしくないのか?」
なにか言い聞かせるように言う彼女に、俺は不満気に呟いた。
正確には、宇宙にその時の長さを与えられたのは女王だけ。
あとの人間は、よっぽどのことがない限り、女王がその力で願わない限り、彼女と共には生きられないんだぜ?
そして、彼女は時の長さの孤独を知っている。
やさしい少女がそれをめったやたらに願うわけがない。
どんなに寂しくとも。
「・・・・・・・そうね。でもね、わたしには少し都合がいいこともあるのよ。」
そう言って、彼女は俺を膝に乗せて笑った。
「つごうがいいこと?」
「うん。待ってる、人がいるの。時の流れが遅いなら、ずっと待っていられるでしょう?」
「・・・・・・・・・だれ?」
「えっ?・・・・・・・ないしょ♪」
見上げる俺に、人差し指を口元に当ててみせる。
今考えると、よくもまぁ、俺の前でそんなことして見せるよなという気もするが。
あの時は、何も知らなかったから。
知るよしもなかったから。
ただ単に面白くなかった。
自分の知らない誰かを、彼女がずっと待っているなんて、な。
その不機嫌さが伝わったのか。
「でも、ちょっと怖いかな。」
憂いがこめられた声が頭の上から聞こえた。
「こわい?」
「もしその時が来た時、その人に嫌われていたらどうしようって。」
愕然とした。
待たせているのに、嫌うなんて。
なんてひどい野郎だ。
ようするに。
俺は幼いながらもその『待っている人間』が男だって、決め付けてたんだな。
だから、彼女の膝の上で180度回転して。
向き直って、言ってやったんだ。
「おれは、ずっとあんじぇのことすきだぜ。ずっとまたせるなんてしない。そんなやつ、やめちまえよ。」
・・・・・・・・・・・赤面もんだな。
ガキのくせに、プロポーズすんなよ。
大体にして、俺がそんなこと言えねぇんだ。
でも、あの時は必死だったし、これでも本気だった。
「ほんとう?・・・・・本当に、好き?」
彼女はなにか信じられないような顔をして。
少し首を傾げた。
「あたりまえだろ。おれにしとけよ。」
胸を張って言い切る俺に、女王は微笑んだ。
「うん。そうね、ありがとう、レヴィー・・・・・・・」
で。
そんなこんなで、あれから十年以上の時が経ち。
今日は俺の十五回目の誕生日。
いつもならケーキだなんだって、俺の二人の保護者はさわいでいるんだが。
今年は違う。
なぜなら、俺に少しだけ悠久の時が与えられるから。
「我が宇宙の幼子、レヴィアス。あなたに与えられし魔導の力をもって、以後、この宇宙の運行を、わたしを助けて下さい。」
正装姿の女王は、玉座でそう微笑む。
結局、俺は『今』も魔導の力を持ち続けていた。
まぁ、それが彼女の役に立つなら、別に辛いことではなかった。
何よりそのおかげで、少しでも彼女に近づくことが出来たなら。
それだけなら、な。
「ったく・・・・・こんな茶番、本当に必要なのかっ!」
俺は腹立ちげに、腰に下げていた剣をソファーに投げつける。
「あら、よく似合ってるよ。お・う・じ・さ・ま♪」
「レイチェルッ!」
そう。
正装しているのは、何もアンジェリークだけじゃない。
補佐官であるレイチェルも。
そして俺も。
今日の式は、公式のもの。
そう言い渡され、ほとんど無理矢理採寸され。
マントや装飾品を付ける、『今』の俺にしてみればめったに着ない服を作られてしまった。
「金と労力の無駄使いだろ!」
だいたい成長期だし。
すぐ小さくなってしまうに決まってるんだ。
もったいねぇ。
「レヴィー、人生、ハッタリは必要だよ。」
「ハッタリ?」
「そう、ハッタリ。人間ていうのはね、公式に発表されたものに弱いの。まぁ、噂にも躍らされるけどね。」
「それで?」
「こういうふうにちゃんと授与式やっとけば、後々問題になることも少ないでしょ?」
それは、そうなんだが。
なんだか服に着られている気がする。
皆にからかわれるし。
「あぁ、脱がないでよ。」
服の襟に手を掛けた俺に、レイチェルは注意する。
「なんでだよ?」
「アンジェがそばで見たいんだって。待っててあげてよ。」
その言葉に眉を潜めた。
「見たいって・・・・・・さっき、目の前にいただろう。」
「緊張して見てらんなかったに決まってるでしょうが。」
「・・・・・・だよな。」
まだまだ人口が少ない新宇宙。
最初の人間が生まれて、まだ十五年しか経ってねぇんだからな。
公式行事なんてめったにあるもんじゃない。
だから、誰も彼も慣れてなくて。
女王だって緊張するよな。
コンコン。
その時、部屋にノックの音が響いた。
「陛下、お出ましです。」
「ありがと。入ってもらって。」
レイチェルが、女官ににこやかに対応する。
入ってきた彼女を見て、俺は息を呑んだ。
「あぁ、やっぱりよく似合ってる!やっぱり、レヴィーは黒よね。いつもそういうの着てればいいのに。」
「あ・・・・あぁ、そうか?」
「侍女達もね、『今日のレヴィー様は、いつもよりカッコイイですね!』って。失礼しちゃうわよね、いつもレヴィーはカッコイイのに。」
「え、あぁ、サンキュ・・・・・」
一気に捲くられて、戸惑いながらも目が離せなかった。
はっきりいって、見とれていた。
式で緊張していたのは、アンジェリークじゃない。
俺だった。
星が散りばめられたクリーム色のドレス。
花を模した冠。
その冠に留められた薄い膜の何層ものヴェール。
そんな装飾に彩られた彼女は、いつもと違って見えて。
いや。
もしかしたら、これが本当の姿なのかもしれない。
なにしろ相手は、天使の化身なのだから。
「レヴィー?どうかした?」
はっと気がつくと目の前に心配そうな顔で、アンジェが立っていた。
「ひょっとして、疲れてる?そうだよね、じゃあ、わたし・・・・」
「ちょっ、待て!」
立ち去ろうとした彼女を、慌てて俺は止める。
なんで勝手に話を進めるんだ。
ちょっとボーッとしてただけじゃないか!
今、帰られてたまるか。
「えっ、なに?・・・・・・・・・・・きゃっ!」
呼び止められて、再び俺の方に向き直ろうとした彼女は、突然転びかけ。
俺はその体を受け止めようとして。
勢い余って、アンジェリークごとソファーに座り込む。
「レイチェル!なにするのよ!」
「オジャマサマ。じゃあね、オヤスミ。」
不服の声を上げる女王に取り合わず、補佐官は呆れたように部屋から出ていく。
どうやら、彼女は親友に背中を押されたらしい。
もちろんわざと、なんだろうな。
レイチェルがいなくなってからも、俺の腕の中でプリプリとアンジェは昔と変わらない顔で怒っている。
俺にとってはラッキーなこと、この上ないんだが。
「あっ!レ、レヴィー、ごめんなさいっ!」
今の体勢に気がついてしまったらしい。
真っ赤になって、彼女は離れようとする。
だが、俺は抱きとめた腕に力を込める。
「レ、レヴィー?」
「・・・・・・・・・・もう少しだけ。」
「え?」
「もう少しだけ、このままでいてくれ。」
その言葉に、ちょっと驚いたように蒼い瞳を丸くして。
でも、すぐに照れたように笑って。
「うん・・・・・・・」
俺に体を預けてくれた。
その姿が嬉しそうに見えたのは。
気のせいじゃ、ないよな。
「・・・・・・・・・また、待ってる時間が増えたんじゃないか?」
俺は彼女のヴェール越しに髪の匂いを吸い込みながら、尋ねる。
「え?」
「今日の式が決まってから、ずっと考えてたんだ。だって、おまえ、待ってるって言っただろ?」
「・・・・・・・憶えてたの。」
「憶えてなくったって、わかってるさ。」
俺が強くなるまで。
アンジェリークを護れる様になるまで。
彼女は宇宙の真ん中で待ってる。
今日はその通過点でしかない。
いつになったら、自信がつくのか。
いつになったら、俺は認めてもらえるのか。
「そっか。でもあたし、あの時、嬉しかったのよ?」
「何が?」
彼女がくすくすと笑う感覚を胸に感じる
「初めて『好き』って言ってもらえたんですもの。」
「は?」
「誰もそういう意味で『好き』だなんて、言ってくれなかった。いなくなっちゃったあの人達も・・・・・誰も。」
『いなくなっちゃったあの人達』。
そのあやふやな、しかも的確に誰を指しているかわかる固有名詞に、俺は腕に力がこもる。
「・・・・・・やっぱり、止めちまえよ、そんな奴。」
「レヴィー・・・・・」
「俺にしとけ。・・・・・・って言う俺も待たせちまうんだけどな。」
苦笑いで、あの時の言葉を繰り返す。
やっぱり今でも、俺はガキだから。
同じことしか言えない。
本気、ではあるけれど。
「・・・・・・・・遅くなったっていいの。」
囁くように彼女は呟く。
「いいの。ずっと待ってるから。だって、待ってろって言ったもの。」
頭をずらし、俺を見上げる。
「アン・・・・」
「だから、いいの。」
駄目だ。
まだ勝てない。
負けてる。
そう思った。
彼女の今にも泣き出しそうな、その笑顔を見て。
まだ奴等に、勝てない。
待たせなきゃならない。
―――――――――――― いつになったら、俺は勝てる?
「でもね、」
自分がどんな顔をしてるのか気付いたのか。
それとも、俺の悔しそうな顔に気がついたのか。
彼女は、再び俺の胸にそれを伏せる。
「まだ、怖いから。」
「怖い・・・・・・」
「だから、少し、ほっとしてる、かな・・・・・」
小さく呟かれた言葉。
猶予を与えられて彼女同様、ほっとしている心と。
彼女の自分への信用の無さに苛立つ心と。
二つの心が責めぎあう。
「俺はずっとアンジェのこと、好きだぜ。」
「うん・・・・・・」
「よっぽど、そいつはおまえのこと知らねぇんだな。」
「違うわ。知らないのは、わたしのほうだもの。自分に自信がないのも・・・・・・・」
「そうか・・・・・」
他人事のように会話して。
何も言えなくなってしまい。
二人とも、沈黙してしまった。
手持ち無沙汰にバルコニーの窓から外を見ると。
そこには、黄色い真ん丸な月。
「今夜は満月か。」
ふと漏らした呟きに、何故かアンジェは身を固くする。
それどころか子供のように脅えて、俺の服を握り締める。
「どうか、したか?」
不思議な感覚に囚われ、ためらいがちに尋ねる。
「月は、好きよ。あなたの右目を思い出させてくれるから。でも、」
「でも?」
さらに身を縮ませて、まるで縋り付くようにするアンジェを促す。
「満月は嫌いっ!だって・・・・・」
「いつも、あの人を連れていってしまう ――――――――――――」
必死に泣くのを我慢している彼女を胸に抱いて。
俺は呆然とする。
『今』の俺には、まだ理解できなかったから。
ただ、アンジェリークを抱きしめることしか出来なかった。
そして、数年後。
俺は彼女の言葉を痛いほど知ることになる。