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Potpourri
新宇宙が誕生してしばらくたった頃。
女王とその補佐官の故郷である宇宙を『皇帝』と名乗るものが侵略をかけた。
故郷の聖地に住まう女王は新宇宙の女王に助けを求め、彼女は見事『皇帝』を退けた。
そして、自らが治める宇宙に戻った女王アンジェリークを待っていたのは・・・・
あ、まただ。
金と碧の瞳を持つ少年は、傍らで自分に勉強を教える女王(もっとも効率とそのレベルという点では補佐官の方がずっと上だったが)の表情に気がつく。
寂しげで、それでいて嬉げな。
自分が、この宇宙で初めて生まれた人である自分が物心付いた時からずっと。
時折、アンジェリークはその表情で少年を見る。
なんだろう?
決して、それが嫌な訳はない。
嫌ではないんだけれど。
少年は、栗髪の少女の瞳に胸が苦しくなるのだった。
「レイチェル!」
名を呼ばれ、自室でくつろいでいた金色の髪の補佐官は振り向く。
「・・・レヴィー。呼び捨てにするのはやめなさいって言ったはずだよ。」
この宇宙でレイチェルを呼び捨てにするものなんて、2人しかいない。
女王であるアンジェリークとこの宇宙で最初に誕生したレヴィー。
その黒髪の少年に何度言ったかわからないセリフをあきらめ気味に投げかける。
「今はまだいいけどね。少なくとも陛下を呼び捨てにするのは、やめなさいよ。」
「いいだろ、別に」
「よくないでしょーが。」
あ〜、頭痛がする。
レイチェルは頭を押さえながら、注意する。
ひょっとして自分もこんなに生意気なガキだったんじゃないだろうか?
そんな恐ろしい考えも浮かんで、ますます頭が痛くなる。
「アンジェもレイチェルも俺のこと、呼び捨てにしてるだろ。第一、俺は堅っ苦しいのは嫌いなんだよ。」
「あ〜、はいはい。」
これも何度聞かされたのか分からないセリフに、レイチェルはいい加減に返事をする。
ったく、しつけ方、間違えたかな。
それとも、アンジェがこのコに甘いからか。
「で、なんの用?」
「あ、あのさ・・・」
「なによ?」
珍しく言い淀んでいる少年にレイチェルは眉をひそめる。
「アンジェのこと、なんだけどさ・・・・」
「アンジェ?・・・・まぁ、座んなよ。」
そこでやっとレイチェルは、椅子を勧めるのだった。
「それで?」
レイチェルは、マグカップの熱いお茶をふぅふぅしながら飲んでる少年に、言葉を投げかける。
「・・・・・それでって?」
「アナタねぇ〜!」
「じょっ、冗談だって。」
苛立っている補佐官に冗談は通じない。
はははははと、レヴィーは作り笑いをする。
「うん、アンジェのことなんだ。その、うまくいえないけど・・・」
「?」
「ずっと気になってるんだ。レイチェルなら、知ってるんじゃないかと思ってさ。」
「だから、何?」
「アンジェが、寂しそうな顔で俺を見るんだ。でも、笑ってて・・・ なんかさ、そんな顔見てると、俺、涙出そうになるんだ。」
「・・・レヴィー、アナタ、アンジェにそのこと言った?」
「ううん、言ってない。」
「そう・・・」
レイチェルはそう言ったきり、目線をティカップの中の紅茶に落としたまま黙り込んだ。少年は辛抱強く、補佐官の次の言葉を待つ。
「知っても、自分を嫌いにならない?」
「えっ?」
突然の言葉の意味が、一瞬わからなかった。
いや、いまでも計りかねてるが。
「嫌い、って?」
「そのことが約束できるのなら、教えてあげてもいい。ワタシも又聞きだからそんなに詳しくはないんだけどね。でも、もしそれが出来ないなら、一生アンジェの顔見て苦しんでた方がいいよ。そのほうが、アンジェだって幸せなはずだから。」
「レイチェル?」
「あと、アンジェのことも。この際はっきり言っとくけど、ワタシはアナタよりアンジェのことを優先するから。」
「俺がそれを知って、俺が俺のことを嫌いになったらアンジェが悲しむのか?」
「わかってるじゃない。」
さすが元研究院の天才少女が密かに御自慢の一番弟子。
頭の回転は早い。
レイチェルは残っていた紅茶を一気に飲み干し、もう一度尋ねる。
「で、聞くの?聞かないの?」
「決まってるだろ、そんなの。」
唇の端を上げ、少年は笑う。
「早く聞かせろよ、レイチェル。」
「どこ行っちゃったのかなぁ?」
思わず飛び出した言葉に女王は口を押さえる。
そしてそのままきょろきょろとあたりを見回し、ほーっと息を吐く。
別に誰かに聞かれてまずいわけじゃない。
ただ、男の子を一人探しているだけなのだから。
問題なのは、その行動ではなくそこに込められた気持ちの方だから。
もう。
昔から変わらないのよね。
すぐどっかへ行っちゃうんだから。
そう言ってやりたいくらいだ。
でも。
それは、けして言えないこと。
「レイチェルのところにいるのかな?」
そのことに思い当たり、彼女は親友の部屋に向う。
後ろめたく思わなくてもよいのだ。
ただ女王陛下が、自分の民を探しているだけなのだから。
トントン
突然のノックの音にその部屋にいた二人は、ビクリとする。
「レイチェル〜。レヴィー、来てない?もう、ちょっと休憩にしようって言ったのに一時間も経ってるのよ!・・・あれ、どうしたの?」
扉を開けたアンジェにレイチェルとレヴィーの視線が集まる。
「な、なに?」
その二人の様子に、なにか重い空気がこの部屋に立ち込めているのが分かる。
なにかあったんだろうか?
アンジェがそんな事を考えていると、少年がその静寂に耐え難いとでもいうようにガタッと立ち上がる。
「レヴィー!」
部屋から出ていこうとする彼をレイチェルは呼び止める。
「ちゃんとわかってるよね。」
「・・・・ああ、俺は誰も嫌いになんてならない。自分も。・・・・陛下も。」
えっ、なに?
陛下?
どういうこと?
その言葉を理解して少女が振り向いた時には、それを発した子供はすでに消えていた。
「レヴィー・・・ どんなに言っても、『陛下』って呼ばなかったのに。」
「ゴメン、アンジェ。」
「え?」
「ワタシ、話した。」
「なっ、何を?」
テーブルに座ったまま頬杖を突いて自分を見ようとしない友に、アンジェは予感する。
そんな予感、否定したかったけど。
「・・・皇帝と、アリオスのこと。」
「レイチェル?!」
「アナタに黙って話しちゃったことは謝る。ゴメン。でも、いつかは話さなきゃいけないことだったんだよ。だから後悔はしてないよ。」
「後悔って・・・ どうしてっ?!」
どうして話さなきゃならないんだろう?
あんな悲しい出来事。
あの子には、生まれ変わったあの人には、もう関係ないことなのに。
「どうして?アンジェ、じゃあ聞くけど、どうしてレヴィーはアナタの宇宙で生まれ変わったと思ってるの?アナタの会う為じゃない!」
「それでも!・・・たとえそうだとしても、それでも知らないでいて欲しかったの。」
「そうやってアンジェリークが勝手に判断して、一生あのコにやきもち焼かせるの?」
「やきもち?」
「ううん、もっとひどいかも。そうだね、嫉妬。レヴィーは、アナタが自分と誰かを重ねて見てるって感じたんだよ。」
「違うわっ!重ねて見たことなんてない、わたし。」
見たことない。
だって、2人は似てるんじゃないから。
肉体も生まれた場所も変わってしまったけれど、本質は何も変わらない。
同じ魂を持つもの。
「そう、重ねて見たわけじゃない。ワタシはわかってる。でも、何も知らないあのコにはちゃんと話さなければ誤解するだけだよ。」
「そんなこと・・・」
「中途半端な知識を身に付けていたら、またあんな悲劇が繰り返されるのかもしれない。・・・彼のかつての恋人の時のように。」
「でも・・・・」
「たしかに言わなくてもいいこともあるよ。けど、話さなきゃならないこともあるんじゃない?」
「記憶ではなく、知識としての過去を教える・・・?」
「さすが女王陛下。」
心からの賞賛を補佐官は贈る。
「そうね。ありがとう、レイチェル。・・・でもね、レヴィーは『アリオス』や『レヴィアス』に嫉妬なんてしないと思ってた。」
「どうして?」
「わたしはずっと助けられてばかりだから。駄目な子なの、わたし。」
ふふっと笑って出ていった少女にレイチェルは呆気に取られる。
それじゃあ、何?
好かれる価値もないって本人は思ってるわけ?
これだけ大騒ぎしといて。
大体にして、物心付いたばかりの頃の子供が「寂しい」と判断したほど、母親でもない一人の少女を見つめ育ってきたのだ。
普通、ありえない。
恋心だけはしっかり持って、転生してきたということか。
「馬鹿馬鹿しい。最初っから、両想いだってわかりきってるんじゃない。」
幸せ者のノロケ。
「あ〜あ・・・」
再び頬杖を突き、レイチェルは窓の外を見る。
けれど、その視線はどこへ向ったのだろう。
「元気かなぁ・・・・」
そして、その言葉は誰に向けられたものだったのか・・・・
あたり一面の花畑。
その中にレヴィーは一人寝転がっていた。
アンジェとレイチェルの故郷の宇宙の女王が、この宇宙に贈った花々が咲き乱れている。
故郷の宇宙。
その言葉がズキンとレヴィーの胸に突き刺さる。
記憶には一欠片もないけれど。
自分がかの宇宙を侵略しかけたことなんて。
あの金髪の女王には一度だけ会ったことがある。
正確にはレヴィーとして一度だけ。
挨拶にと、二人に連れられて行った聖地で。
でも、あの時、女王は心から喜んで微笑んでいたように思う。
一片の憎しみも自分には見せなかった。
あれが本心だったのかそれとも隠していただけなのか。
レヴィーには知ることも出来ないのだけれど。
本心だったとすれば、よほど慈愛に満ちた人なのだろう。
自分がそんなことされたら、憎しみしか生まれない。
そこで、ふと少年は思い当たる。
すなわち。
アンジェは、なんで自分を許しているんだろう?
故郷を侵略しようとした者の魂を持つ自分を。
「わからねぇなぁ・・・」
「何が?」
突然考えていた少女の声が聞こえ、レヴィーは起き上がる。
急に起き上がったものだから、頭がくらくらする。
「大丈夫、レヴィー。」
「あ、うん。平気。」
慌てて支えられた少年は、ちょっと無理をしてでも自力で立ち上がろうとした。
が、その前にアンジェが座り込んでしまったが。
「また、押し花だのポプリだの作るのか?」
「レヴィーが悪さしなきゃ、出来ないでしょ?」。
アンジェはこの花畑の花を、大切に大切にしている。
レヴィーが走り回ってちぎれてたり折れたりした花を一つずつ丁寧に拾い、よく花瓶に差したりポプリや押し花などを作っている。
おかげで宮殿中、花だらけだ。
「・・・・同じ寄せ集めでも、花と俺とじゃ全然違うよな。」
「なによ、それ?」
「だってそうだろ?花びらは集めて乾燥させたりしていつまでもいい香りさせてるけど、俺は生まれ変わっても、またお前に迷惑かけちまってる。笑えるよな。」
「わたし、一度でも迷惑だなんて思ったことないわ。」
じっと自分の顔を見る青い瞳に嘘は浮かんでいない。
当たり前だ。
嘘つきは、自分の方だ。
宇宙を救う為に戦っていた彼女を騙したのだから。
たとえ覚えてないといっても、それは事実。
非難こそされ、許されるものではない。
「迷惑をかけていたのは、ううん、今でもかけているのかもしれないけれど、わたしの方よ。」
「・・・あ?」
「いつもあなたに助けられてばかり。ごめんね、ありがとう。」
素直すぎるアンジェリークの言葉。
それはレヴィーの心の割れ目に染み込みやすくて・・・・
「あっ、謝るなって、いつも言ってるだろう?!」
「うん、苦手なんだよね。」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
そんなこと知ってるという笑顔に、少年は言葉をなくす。
そんな様子を見つめながら、アンジェリークは心を決めた。
人伝ではなく、自分が言わなくてはならないことがある。
「レヴィー、わたしの話、聞いてくれる?」
「話?」
「うん・・・・」
「・・・・・・・話せよ。聞いてやるから。」
あの時。
あの最後の戦いの後、あなたが止めを刺せってわたしに言った時、わたしちょっとだけ、ほんとにちょっとだけ、誰かがあなたを殺すくらいなら自分がって思ったの。
だって、あのまま止めを刺さなかったら、あなたを捕らえて陛下へ渡さなければならないもの。
それがわたしのやるべきことだもの。
そして陛下へ渡してしまったら、あなたはいずれ処刑されるわ。
陛下がそれを望んでなくても。
例えどんな事情があろうとも、侵略者を統治者は生かしておいてはいけないもの。
自分の民のため、宇宙のためにね。
それは、わたしにも通ずるものだからよく分かった。
けど。
けどね、それと同時に気が付いたの。
わたしにはあなたを殺せないって。
だってそうじゃない?
わたしが最後の戦いで生き残れるくらい強くなれたのは、あなたのおかげだもの。
あなたに助けられ、守られて。
教えられて。
そんな恩を仇で返すようなこと、出来るわけない。
なにより。
あなたを殺した罪を、あなたの悲しみを背負って生きていけるかどうか。
しかも、わたしは宇宙を一つ抱いていた。
耐えられないからといって、生を放棄することも出来ないのよ。
・・・ううん、そうじゃない。
アルフォンシアは、この宇宙は、もうわたしがいなくても成長は出来るわ。
ゆっくりと、だけど。
ほんとは、ただ怖かっただけ。
あなたがどこにもいなくなるのが。
だからね、あなたが皇帝だって知った時も信じがたかっただけで、不思議と憎しみなんてわかなかった。
生きてるって、わかったから。
嬉しかったの。
本当よ。
だけど、あなたはわたしが自分を殺せないと知ると自分で命を絶ってしまった。
悲しみより何より、寂しかった。
「好きな人が自殺してしまう衝撃を誰より知っているはずのあなたが、わたしの目の前でいなくなってしまうんですもの。」
「好きな、人?」
少年にニコッと笑って、アンジェは話を続ける。
「だからわたしは願ったの。祝賀パーティの晩に。不思議が形になったようなあの聖地で。」
「何を?」
「あなたが、あなたの次の生が楽しく幸せでありますようにって。」
「ありがちな願いだな。」
「そうね。だけど、あなたがわたしの宇宙に生まれて、涙が出るほど嬉しかったのよ。」
「なんでだよ?」
「だってそれって、わたしのそばにいるってことが幸せだってあなたが思ってくれたってことでしょう?」
「え゛?」
レヴィーの顔が一瞬のうちに真っ赤になる。
そう。
レヴィーが生まれるまでこの宇宙にいたのは、アンジェとレイチェルの2人。
故郷の宇宙から身の回りを世話する女官達や警護する兵士は出入りしていたが、あの時、新宇宙に住んでいたのは彼女たちだけだ。
そしてあの侵略行為が行われた時、レイチェルはこの宇宙で留守を守っていたはず。
ということは、生まれ変わる前には出会ってない。
だから、まだなにもなかったこの宇宙に生まれたのは、アンジェリークのため。
彼は、かつて皇帝を名乗っていた者の魂は、彼女との邂逅を願った・・・・・・
「あ、あの・・・・」
しどろもどろになってうまく舌が回ってない少年に、アンジェはくすくす笑う。
「別にいいのよ。今すぐなにか言ってもらおうだなんて、思ってないから。」
「あ、あんじぇ?」
声が裏返ってる。
それって「今すぐ」はともかく「いつか」は言えってことなんだろう?
いつか。
俺がでかくなったら。
でも、アンジェは女王だから、その時もいまのままの姿・・・・?
「なぁ?」
「ん?なあに?」
「俺はこのままでかくなって、じじいになって、また、お前置いて死んじまうのか?」
「・・・レヴィーはどうしたいの?」
「俺は・・・・ アンジェが迷惑じゃねぇんなら、そばにいたい。」
前の自分がどう思っていたかは知らないけれど、少なくとも今の自分の一番の願いはそれだから。
そばにいたい。
そばにいて、アンジェの役に立ちたい。
「時を止めるって、つらいことよ。」
「馬鹿だな。俺には、離れて悲しむ奴はいないだろ?」
「・・・そうね。ゴメンね。」
「だから謝んなって。・・・・ほんとは嬉しくて小躍りしてるくせに。」
「え、なんか言った?」
「いや・・・ だけど、今すぐには止めんなよ。俺、子供のままなんてヤだぜ。」
「うん。」
アンジェリークは、嬉しそうに少年に抱き付いた。
「わっ、なんだよ!急に!」
「ありがとう!・・・・・レヴィアス。」
少年が青年となり、この宇宙でも名を馳せるのもそう遠くはないだろう。
ただし。
今度は、侵略者や反乱者ではなく。
女王のかけがえのないパートナーとして。