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Shivaree




人が重力に導かれて、落ちていく。
俺はそれをどうすることも出来ずに、ただ地が赤く染まるのを目を背けることも出来ずにいた。

・・・・・・・背けることなど、出来るものか!

彼女が流したこの血は俺の恨みだ。
俺は何もいらなかったのに。
この腕の中の事切れた者以外、何も。

・・・・・後悔させてやる。
我から、生きる術を奪った者に。
我に逆らう者など、我に徒なす者などっ!
すべて滅ぼしてやる。
今は、せいぜいかりそめの玉座を楽しむがいい。
我に引き摺り下ろされる、その時まで。

ふと気がつくと、血は炎へと変化していた。
あたり一面の炎。
さして俺は驚きもしない。
当たり前だ。
宿に火をつけたのは、この俺なのだから。
たじろいたのは、改めて驚いたのは、ベットに眠る少女の顔を見た時だ。

やはり似ている。

神のいたずらか?
いや。
神などいない。
いるはずがない。
俺は首を振り、ベットに近づき抱き上げる。
これは、彼女の器となり得るだろうか?
利用した、その後で。

利用?
俺が彼女を?

出来るはずがない。
虚空の城。
大広間の玉座への階段を上る少女の顔に、自嘲気味に笑う。
我は、俺はすでに・・・・・・・・・
いや、よそう。
そのようなこと思うことすら、罪なのだ。
彼女に徒なす我など。

滅びてしまえばいい・・・・・・・・・・・・!!


「・・・・・ゆ、め?」
レヴィーは起き上がり、周りを見回しながら息を整える。
俺の部屋だ。
この宇宙の最初の人間の。
俺の、部屋だ。
ふーっと息を吐き、レヴィーはベットを出て窓に近づく。
カーテンを少し開け、空に浮かぶ満月を見上げる。

満月は、哀しみを呼ぶ。

いつも彼がこの夢を見るのは、満月の晩。
・・・・・・いや。
夢ではない。
現実にあったこと。
それを夢という媒介で、再現しているに過ぎない。
「ごめんな・・・・・」
誰に告げるともなく出た謝罪の言葉。
誰よりも罪悪感を感じているのに、誰にも許されることのない罪。
けして目を背けることは出来ない罪。
それは、『レヴィー』がここに存在する理由でもあるのだから。


「陛下はレヴィー様に甘すぎる。」
耳に届いた彼女の尊称と自分の名前。
明らかに非難めいた声に、レヴィーは歩みを止める。
「めったなことを言うものではありませんわ。」
「いや、だいたいこの宇宙の最初の人だとは言っても、所詮陛下の民の一人ではないか。」
「そうですよ。他の民は正常な時間の流れの上に立っているのに、レヴィー様のそれは他の者よりもゆっくり流れてますわ。」
「それを特別扱いと言わずになんと言うのだ。」
「でも・・・・・・・・」
ただ一人、レヴィーをかばう声もだんだん小さくなる。
「それに、これは噂なのだが・・・・・・・」
「なんですか?」
「レヴィー様は、かの宇宙の侵略者だと言うのだ。」
「なんですって!」
「まぁ!」
影で聞いている彼は臍を噛む。
当たっているわけではないが、間違っているわけでもない。
「でっ、でもそうだとすると、どうして陛下は放っておかれるのです?」
「だから、甘いと言うのだ。」
レヴィーは、そっとその場を離れる。
外に出て空を見上げると、太陽が眩しい。
「そろそろ潮時、か・・・・・」


「レイチェル。」
自室で読書にいそしんでいた補佐官は、急に聞こえた自分の名前に眉を潜める。
「レヴィー、気配もなくワタシの部屋に入るの止めてくれない?」
緑色のハードカバーの年代物そうな書物を両手でばちんと閉じる。
そして声の方を睨むと、想像した通りの人物。
ただし、その服装は・・・・・・・・
「レヴィー?」
「俺、出て行くぜ。」
レヴィーは一言、実に簡潔に彼女の欲しいだろう答えを返す。
彼が羽織ったマントの下には、軽量な皮の鎧。
そして手には、一抱えほどの麻袋。
どう見ても旅装束。

「・・・・・・・あっそ。」
レイチェルは、いつもよりちょっと低めな声で相づちする。
不機嫌気味なのは答えを先読みされたのか、勝手に旅立ちを決められてしまったからなのか。
そんな養い親の様子に、彼は心の中で苦笑いする。
「じゃあな。」
「待ちなさい。」
呼び止められ、レヴィーは動きを止める。

「アンジェには言ったの?」

その言葉にレヴィーは凍る。
「やっぱりね。」
言ってないんだ。
レイチェルは半ば諦め気味に、レヴィーを見る。
「だいたいおかしいのよねぇ、最近のアナタ。」
彼女は髪の毛を弄びながら呟く。
「妙によそよそしかったり、元気がなかったり、考え込んだり。今は今で、急に『出てく』でしょ。」
そして目だけ、養い子に向ける。
「ひょっとして、何か思い出しでもしたワケ?」
今度こそ、レヴィーの心が凍った。

「図星、か・・・・・」
「・・・・・・・言えるわけ、ないだろ?」
何の感情も浮かばない声。
けれど、レイチェルには泣き声のように聞こえる。
「それに、俺がここにいるとアンジェに迷惑がかかるだろうが。『侵略者』の俺がここにいたら、駄目なんだっ・・・・・・!」
「ああっ、そうっ!だったら、勝手になさい!でもね、」
レイチェルは立ち上がり、それでも自分より目線が高くなってしまった幼子を正面から睨み付ける。
「ワタシ、言ったわよね。『アナタよりアンジェのことを優先する』って。」
「レイチェ、ル・・・・・?」
「それだけ。・・・・・・さあ、さっさと出てってよ!」
その気迫に押されるように、レヴィーは補佐官の自室を後にする。

そして、残されたのは部屋の主だけ。
「やっぱり、こうなっちゃった。」
ほつりと、寂しげに呟く。
予測はしていた。
けれど、そうならないように祈ってたのに。
「きゅぴ・・・・・」
ベットの傍らの籠の中で寝ていた聖獣が、慰めるようにこちらを見ている。
「ルーティス、起こしちゃった?」
聖獣を抱き上げ、何かを決心したように窓の外を見る。
空には、丸い月。
「ゴメンね、アンジェリーク・・・・・・・・」


追い出されるように宮殿を出たレヴィーは、月光の下、花畑を歩く。
よく叱られたよな。
小さい頃、ここは彼の運動場も同然だった。
当然、花は踏み荒されて、見るも無残な状態。
故郷からの贈り物にそんなことをされて、2人が怒らない訳がない。
どうして、あんなことしたんだろうな。
花畑の意味は、夜話のように語られていたのに。
赤ん坊の頃から、知っていたのに。
・・・・・ああ、そうか。
レヴィーは立ち止まり、自分の中に見つけた答えに苦笑いする。
ようするに、ガキのくせに妬いていた訳だ。
こんな花達にも。
馬鹿だよな。
そんなに好きなら、さっさとてめぇのものにしちまえば良かったんだ。
こんな苦しい思いをする前に。
「馬鹿、だよな、ほんと。」
唇を噛み締め、レヴィーは再び歩き出す。

その時。

「火事だ!」
後ろから聞こえた声に反射的に振り返る。
火の手が上がってるのは、寝殿。
それは、すなわち。
―――――――――――――――――― 女王の自室。

「アンジェリークッ!」


「けほっ!」
ベットで眠っていたアンジェリークが熱さで目を覚ますと、そこは火の海。
な、なに?
シーツで鼻と口を押さえながらも、息苦しくて逃げるどころではない。
どうしよう・・・・・・?
逃げなければと思いながらも体が動かず、目にはけして煙のせいだけではない涙が浮かぶ。
「わたし、死んじゃうのかな・・・・・・」
まだ、自分の気持ちを告げてないのに。
こんなことなら、ちゃんと言っておけば良かった。
ううん。
死にたくない、あの人を置いて。
それだけはしたくないのに。
「レヴィー・・・・・・」

「アンジェリーク、無事かっ!」
呟いた名前の持ち主が突然扉をけり壊して現われ、アンジェは苦しいのも忘れ驚く。
「どこも怪我してないか、おいっ!」
「えっ、あっ、うん。大丈夫・・・・・・・」
惚ける少女に自分のマントをかぶせ、レヴィーは抱き上げる。
「レヴィー?!」
「ちょっと我慢してろよ。」
「う、うん・・・・」
こんな時なのに顔が火照るのはなぜだろう。
きっと、炎のせいよ、うん。
誰に咎められた訳でもないのに、ぐっと心の中で力説したアンジェは目の前の彼の胸に気付く。
正確には、そこに当てられた皮の鎧に。
そして、その意味の可能性にすーっと顔から暖かみが消える。
まさか・・・・・・・・・


「ここまで来りゃ、平気だろ。」
レヴィーは荷物を投げ捨てた場所まで戻り、腕に抱えていた人物を下ろす。
気が、狂うかと思った。
真っ赤に染まるあの部屋の中で、自分を見て驚く彼女を見るまで。
守ると誓ったのに。
また、駄目なのかと。
そう思うと、いてもたってもいられなかった。
「本当に大丈夫か?」
「レヴィー・・・・・?」
覗き込んだ彼を、死にかけた女王はじっと見つめる。
「どうしてそんな格好してるの?」
「・・・・・・アンジェ。」
「どこへ行くのよ?!行かないわよね!ここに、いるわよね?!」
彼女の予感は確定的だ。
転がっている袋を見れば一目瞭然。
それでも否定の言葉を聞きたかった。
本人の口から。
「ねぇ、いるって言ってよ、レヴィー・・・・・」
泣き崩れる少女から目を背け、レヴィーは燃えている宮殿を見る。
「あの時も火事だったな。」
「え?」
「おまえを間近で初めて見た時。」
哀しげな横顔。
そして、語られた言葉。
「なんでっ・・・・・・!」
どうしてそれを知っているのか。
問われ、哀しげな表情のままアンジェの方に向き直る。
「何の不思議もないだろう、俺は『アリオス』なんだから。」
「いつ、思い出したの・・・・・・?」
「2年くらい前か。夢を見るようになった。」

不遇の皇子の夢を。
孤高の剣士の夢を。
そして、滅びを求める皇帝の夢を。

「ここまで思い出さなかったんだから、ずっと忘れてればいいのにな。」
「レヴィー?」
「・・・・・・レヴィーじゃないんじゃないか、アンジェにとって、俺は。」
「え?なにを、言ってるの?」
「だから、おまえにとって俺は『皇帝』や『アリオス』じゃ・・・」
ないのか?と続けようとしたその頬に痛みが走る。
「っ痛!」
「馬鹿にしないでよっ!」
涙を溜めた蒼い瞳がキッと、彼を睨み付ける。
「誰が『皇帝』や『アリオス』ですって。自惚れないでよ!・・・・・・・・・ばかぁっ!」
アンジェは浮かんだ涙をごしごしとマントで拭う。
「・・・・・・・わたし、レヴィーがいいもん。」
「アンジェ?」
「知らない間にいなくなっちゃう人よりも、勝手に死んじゃう人よりも・・・・・・・っ!」
涙を堪え、じっとレヴィーを見据える。
「レヴィーがいいのっ!」
だから、どこにも行かないで。

自分に縋り付くアンジェリークの背に、レヴィーは壊れ物を扱うかのようにそっと腕を回す。
「俺は・・・・・・・」
なんて言えばいいんだろう。
「俺は、おまえの役に立ちたいんだ。」
「そばにいてくれるだけで嬉しいわ、わたし。」
どう言えばわかってもらえるのか。
「それだけじゃ、駄目なんだ。」
腕に力が入る。
「おまえが納得してても、他が、な。」
そう。
誰が見ても女王に釣り合うようなそんな人物でないと。
駄目なのだ。
女王の好意に甘えて堕落しているような者、誰が存在を許すというのか。
「ただでさえ、俺は『侵略者』の生まれ変わりだ。本当なら誰も許しちゃ、くれないよな。」
「そんな、許すも許さないも・・・・・」
「おまえになくても、みんなにはあるんだよ。」
素直すぎるその言葉に、レヴィーは苦笑いする。
「だから認めさせてやらなきゃならないんだよ、俺は。」
「みと、め?」
アンジェは言っている意味が分からず、首を傾げる。
「愛してるぜ、アンジェ。」
「レッ・・・・・!」
突然の告白に驚く彼女に、レヴィーはくちづける。
「言えよ、俺の事が好きだって。俺だってちゃんと聞いたことないぜ。」
「えっ、・・・・・・そうだっけ?」
「どさくさ紛れでしか聞いてない。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・す、好きよ。」
耳を寄せてやっと聞こえるほどの声
でも、ずっと欲しかったその言葉に、彼は嬉しそうに笑う。
「認めさせてやるさ。誰も彼も。」
「無理、しなくてもいいのに。」
「無理なんかしてない。・・・・・せっかく『皇帝』を名乗ったものと同じ名前を付けてもらったからな。ふさわしい奴になってやるさ。」
「もう!」
くすくすと顔を見合わせて2人は笑う。


「燃える宮殿をバックに、なぁ〜に、いちゃついてるのよ、アナタ達は。」
突然聞こえた、しかも聴き慣れたその声に、2人はギクリとする。
そしてハッと光る方向へ顔を向ける。
「たっ、大変!」
「早く消さないと、ここも燃え移るぞ!」
慌てふためくアンジェとレヴィーに、レイチェルはクスリと笑う。
「な〜んてね。」
言うが早いか、彼女は指をパチンッと鳴らす。
そのとたん火が消え、その上宮殿は無傷に見える。
少しも焼け落ちてはいない。
「な、なんで?」
その光景に、2人は唖然とする。
「幻術よ。」
にっこりとする彼女の手には、緑の表紙の魔導書。
「もっとも、初心者向けだけどね、この本。」
「幻術って、いつのまに!」
「ハメたのか、俺達を!」
「当たり前でしょう?!イライラしちゃうよ!」
ぶーぶー文句を言う被術者に、レイチェルはぴしっと断言する。
「アンジェは20年間待つだけ待ったせいで、すっかり待つ事になれちゃってるし。レヴィーはレヴィーで、気にすることないのに後ろめたく思ってさ。」
両想いのくせに、バッカみたい。

「・・・・・・・・レイチェル、ごめん。心配かけて。」
「誰も心配なんかしてないよ。」
照れくさいのか、ふいっと顔を逸らす。
「でも、なんかレイチェルが使ったにしては、術が大掛かりじゃないか?」
「ワタシ一人じゃないよ。」
「は?」
「宮殿のみんなと、」
「みんな、グルなのか?!」
「上。」
指差されて、2人は空を見る。
そこには・・・・・・・・
「アルフォンシア?!」
この宇宙の意志。
桃花色の聖獣。
「どうしてっ?アルフォンシアを呼べるのは、わたしだけ・・・・・」
「ふふふ。甘いよ、アンジェ。」
「レイチェル?!」
「ねぇ、ルーティス♪」
「きゅるっぴ♪」
「あっ!」
呼べるのは女王だけ。
しかし。
かつておなじ存在であったルーティスなら。
「もう、レイチェルには負けるわ。」
「だな。」
そうしてアンジェリークは、レヴィーに寄り添って微笑むのだった。


「ほんっとに行くの?」
見送るとひょこひょこついてくる彼女が寂しげにそれを聞いたのは、何度目か?
「俺という男を完全に、認めさせてやらなきゃならないからな。」
「そんなに意地を張らなくてもいいのに・・・・・・」
「別に意地張ってる訳じゃねぇって。」
苦笑いしながら、レヴィーは振り向いてアンジェに別れのキスをする。
「すぐ帰ってくる?」
「あ〜、少なくとも歳は取らねぇくらいには、な。」
「そんなの、いつになるかわかんないのと同じだわ。」
レヴィーの時間軸は、アンジェやレイチェルのそれとほぼ同じに補正された。
これからは、彼女と同じ時間の上を歩めるのだ。
レヴィーにとってはそれだけでも十分、いや、離れ離れになるのは彼だってこれ以上ないくらい嫌なのだが。
「いくら、アルフォンシアが優秀ったって、この宇宙の細かいことなんて伝えられないだろう?俺がそれを見て来てやるって言ってるんだから。な?」
「うん・・・・手紙、書いてね。」
「あぁ。」
「無理しちゃ、駄目よ。」
「わかってる。」
「浮気しないでね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・出来ねぇって!」
「早く・・・・・・帰って来てね。」
「あぁ。帰ってくるさ、ここに。」
おまえのそばに。


宮殿とその主である恋人に見送られながら、レヴィーは思う。
やっと俺は俺になれたんだ。
他の誰でもない、満月に哀しみを覚えない、この世でたった一人の『俺』に。
あとは、自分という原石を磨くだけだ。

「さて、行くか。」
彼は、かつて憎しみと哀しみだけで生きていた彼は、喜びと希望の地へ旅立つのだった。
満面の笑みを持って。