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雨宿り




「どうしよう・・・・」

駅に降り立った少女はどんよりと曇り、激しく雨粒を落とす空を見上げる。
そして眉根を下げて小さな溜め息を吐き、途方に暮れる。


ほんの十数分前までは、晴れていたのに。
とてもいいお天気だったのに。
いきなり、こんな土砂降りになるなんて。

どうしよう、もう夕方なのに。
早く帰らないと・・・・帰ってきちゃう。


心配性な旦那様を思って、アンジェリークは腕時計を見ながらまた一つため息を吐く。


久々に友達と会って。
ついつい話し込んでいたら、こんな時間。
今日は早くに帰るって言っていたから、もうそろそろ帰ってくるかもしれない。
一応、今日は出かけるとは言っておいたけれど。

それでも、帰って自分の姿が見えなければきっと心配させてしまう。
そして自分よりずっと大人であるはずの彼を、大人げなくまた不機嫌にさせてしまう。

それはそれ相応の理由はあるのだけれど。


「本当にどうしよう・・・・」

ふと駅の売店に目を移すと、ビニール傘が店頭に出され売られている。
けれどそれを買うのは躊躇われて。
少女は迷いながらもまた暗雲立ち込める薄暗い空を見上げる。


手持ちがないわけじゃないけれど。
このお金は旦那様が働いて稼いだもの。
無駄遣いしてしまうのは、なんだか申し訳ない。

一家の家計を預かる者としてと言うよりは、彼に養われている者としての感覚が大きい。
だからたかだかビニール傘一本と言えども、買うのはもったいなくて彼に対して申し訳ない。

もっともそのことを旦那様に言えば、傘どころかタクシーに乗れと言われるかもしれないが。

・・・・いや、それも違うかもしれない。

何よりも誰よりも妻である自分を大切にしてくれ、その想い人が他の誰かを頼ることによい顔をしない彼のこと。
旦那様は仕事中だろうがなんだろうが、自分を呼びつけろと言い出すかもしれない。

もちろん雨に降られただけで、そんなこと、到底出来る訳はないけれど。


「少し待てば、小降りになるかな・・・・?」

きっとこれは夕立。
雲が通り過ぎれば、何とか帰れるようになるはず。

出来ることなら、旦那様が帰って来ないうちに帰れますように。

そんなふうに祈りつつ、ふぅっと3度目の溜め息を吐き、少女はどこか座れる所がないかと辺りを見回す。
しかしその時見覚えのある姿を見た気がして、アンジェリークは雨に濡れる風景を振り返す。

「・・・・・レヴィアス?」

そこには先ほどから胸に描いていた旦那様が、傘を片手にこちらに向かってきている姿があって。
彼女は驚いて、薄く笑みを浮かべながら近づいてくる人を見つめ出迎える。

「どうしたの、レヴィアス・・・?」
あまりの大雨の中を歩いてきた為濡れている彼を、アンジェリークはハンカチで拭きながら訊ねる。
「雨が降っていたんでな、迎えにきた。」
「え・・・・?」
傘を閉じながら目を細める顔を見て、少女は拭く手を止める。
「帰ったらおまえがいなかったからな、駅で困ってるかもしれんと思ってな。」
「あ・・・・ごめんなさい。ありがとう、レヴィアス。」
「別に構わん。おまえがいないなら、家にいても仕方ない。」
しょんぼりとしたのを見咎めたのか、彼は苦笑しながら頭を撫で前髪の隙間から白い額にくちづけてくる。

「でも、傘、ひとつだけなの?」
その慰めに頬を染めながら、アンジェリークは大きな手にある傘が1本だけであることに小首を傾げる。
「ああ、悪い。急いでいたのでな。おまえが雨の中を走って帰ってくるとも限らんと思って・・・・俺とひとつの傘ではイヤか?」
「う、ううん、違うの。え、えっとね、あの・・・・・」
形のよい眉の間に僅かに皺が寄ったことに少女は慌てて首を振り、赤い頬を更に赤らめながら言葉を続ける。
「レヴィアスと相合傘で一緒に帰れるのが嬉しいなと思って・・・・」
怪訝そうに顰められていた金と碧の瞳が丸くなったのを見て、アンジェリークははにかみながらハンカチを握り締める。

「嬉しいの、レヴィアスと並んで一緒の家に帰れるのが。」

「まったく・・・そんなことで喜ぶのか、おまえは。」
ふっと細くなった瞳が彼もまた喜んでいることを示していて、彼女は彼に精一杯の笑顔を向ける。
「うん、嬉しい・・・・」
「相変わらず、欲がないな・・・・」
「?!・・・・レッ、レヴィアス!」
そして苦笑しつつも今度は唇にくちづけを落とされ、人前だろうが気にしない旦那様の行動に赤くなったまま形ばかりに声を僅かに荒げ咎める。


「もう少し小降りになったら帰ろうね。」
「ああ・・・・俺はともかくおまえが濡れるのはイヤだからな。」



そしてしばらくの間駅の改札口の前で二人は寄り添い、空を眺めるのだった。