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unsettled




柔らかな光射すうららかな朝。
鳥の声はさえずり、空気は清々しい。

が。

「かったりぃ・・・・・・」

そんな周りの環境など目もくれず、不機嫌そうに起きる少年がいた。
「まだ8時じゃねぇか・・・・」
枕元の時計を手に取りそれを放り出して、長い銀髪を掻き揚げながら渋々ベッドから出る。
そして階下に下り、居間のソファーに脱ぎっぱなしだった制服に着替える。
「・・・・・・めんどくせぇな。」
着替えるには着替えたものの、一言呟いて彼はそのままソファーに座り込む。

どうにも学校に行く気になれない。
もともと集団行動は苦手である。
彼に多少なりともそれを強いるあそこは好きじゃない。
そして、今、彼を強引に送り出す者はこの家にいない。
となれば。

「今日もサボるか・・・・・・」

そう考えるのは必然で。
自分の声に頷き、そのまま目を閉じて再び寝てしまおうとするが。
昨日、ご苦労なことに課題をわざわざ持ってきた奴が「明日も来なかったら来る。」とにこやかに笑っていたのを思い出す。
何かを強要されるのも嫌だが、自分の領域に土足で踏み込まれるのも嫌である。
しばしそれらを天秤にかけた末、少年は立ち上げる。

級友が来る頃を見計らってとんずらするという発想が浮かばない辺り、まだまだ・・・・というところか。
まぁ、それが簡単に浮かぶようになる日もそう遠いことではないのだが。


中学に上がって数ヶ月も経たないのにぺたんこのかばんをひょいと片手で肩に担ぎ、アリオスは玄関を開ける。
だがなぜかゴンッと言う衝撃を扉の下のほうで感じ、眉を潜める。
「あん?」
ひょいと頭だけ外に出して覗き込むと、そこには茶色い物体があった。

いや。

「ア・・・・・アンジェ?」
「ふぇ・・・・・ゃい・・・・」

そこにいたのは、ちっちゃな両手で額を抑えてうるうるとした瞳で見上げる『妹』。
その姿に、少年は嫌な予感がする。

「っく・・・ぃ、いひゃ〜い、にぃたん、あんじぇ、いたぁい〜!」
「わぁっ!バカ、泣くなっ!」
大声で泣き出した幼女を、彼は慌てて宥める。
「おにいたん、いひゃいの・・・・ひゃい・・・・ひっく・・・」
純粋なまでに痛みを訴えてくる彼女に、その原因を作った者はしゃがんで柔らかい髪の下で赤くなった頭を撫でてやる。
「ったく・・・・こんなところにいるから、ぶつかるんだぞ。」
「ごめ・・・んにゃ、ひゃ〜い・・・・・」
ほとんど悪くないのにうるるんと素直に謝られ、アリオスは少々罪悪感を感じる。

「んちょね、おにいたんとね、あとぼーとおもったの・・・・」

「はぁ?」
「でもにぇ、あんじぇ、ちいちゃいからあけらんにゃきゃったの・・・・だかりゃ、あにいたんでてくるのまってらにぉ・・・・」
えぐえぐと涙で濡れた顔でここにいた理由を話され、小さく溜め息をつく。
「あのな、兄ちゃんは学校があるから。悪いが遊んでやれねぇんだ。」
「ふぇ?」
きょとんと小首を傾げるアンジェリークに、アリオスは苦笑いする。
「あそんりぇ、くりぇにゃないの?」
「ああ、今はな。遊んで欲しかったら夕方にまた来い。判ったな?」
「うん。あんじぇ、ゆうがたくりゅ!」
頭を撫でてやっていた手を掴んで小さな彼女は嬉しそうに笑う。
「やくちょく♪」
そして指を絡めて指切りをする。

「ちょれとね、いちゃいとこなじぇてくれたおりぇえ。」
「?!」

小さな唇を寄せられて。
アリオスは固まったまま、しりもちをつく。
口元を押さえながら。

「おにいたん?」
不思議そうな顔で覗き込んでくる『妹』に、それでもとっさに反応を返せない。
「お・・・・おまえ・・・・・」
「にゃぁに?」
「誰に教わった、こんなこと?」
普段は見下ろしている顔を見上げて、アリオスは尋ねる。
「ふぇ?ままがぱぱにちてるよ。うれちきゃったときちょか。ぱぱもよりょこんでりゅよ?」
舌っ足らずに告げられた近所の夫婦ののろけ話に、少年は思いっきり不機嫌になる。

「あのな、アンジェ。これはむやみやたらにすることじゃねぇんだ。」
てめえのガキに何見せ付けてるんだと思いながら、彼は彼女にしっかりと教育する。
多少過去の傷を自分で抉りながら。
「好きな奴だけにしろ。おまえの『ママ』は『パパ』が・・・・好きだからするんだろ?」
「うん♪」
「だから誰彼構わずするんじゃねぇぞ。」
茶色い頭をもう一度撫でながら、腰を上げる。
「じゃあ、おにいたんにはしていいにょね。」
「あ?」
「あんじぇ、おにいたんちゅきだもん。」
満面の笑みで告白され、少年はがっくりと肩を落とす。

判ってない。
自分がしたことがどれだけ衝撃的なことだったのか。
小さな『妹』は少しも判ってない。

「・・・・・・いいからもう帰れ。」
「うん。じゃあ、まちゃあとでにぇ♪」
「・・・・・ああ。」
いつもなら送っていくところを一人で帰し、アリオスはしばしその場でうなだれる。


「・・・・・・・やっぱりサボるか。」

頭を垂れ下げたまま、ぽつりと呟き。
なぜか落ち込んだ形相で少年は踵を返したのだった。