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Christmas cactu




キラキラとイルミネーションに輝く夜の街。
そんなクリスマスの風景の中を恋人の元へ向かうため歩いていたアンジェリークは、ふとディスプレイされたショーウィンドーに目を奪われる。

「キレイ・・・・・」

雪に模した真っ白な綿とそこに散りばめられたガラス石の中に立つマネキン。
その身に纏っているのは、プリンセスラインのドレスとふわふわとした何層ものシフォンのベール。
雪よりも何よりも白い、純白の象徴。

「やっぱりいいなぁ・・・・・・」
「おまえは今更憧れることもないだろう?」
「?!・・・・・きゃっ!」
突然後ろから掛けられた聞き覚えのある声に驚き、更には腕を回されそのまま抱きしめられる。
「もうすぐ着られるんだからな。」
「レ、レヴィアス・・・・・・・?」
ガラスに映る人影にそのまま頭を上げれば、長い黒の前髪と金と緑の瞳。
伸びた茶色の髪にキスするように年上の恋人が自分を笑って見下ろしている。
「どうして、ここに・・・・・」
「おまえが俺の部屋に来る途中なら、俺が帰り道にここを通ってもおかしくはないだろう?」
同じ道を通って当然だという彼に彼女は向き直り、そして道路脇に黒い車が止まっていることに気が付く。
そしてそこには呆れた目で自分達を見ている運転手とこめかみを押さえる彼の秘書がいて、アンジェリークは顔から火が出るほど恥ずかしくなる。

そんな泣き出しそうなくらいの恥じらう少女に目を細め、レヴィアスは微笑んだまま自分のマフラーを彼女に掛ける。
「あ、ありがとう・・・・じゃあ、もうお仕事終わったの?」
「クッ・・・・ああ。この時間なら、おまえと夕食も一緒に出来たのにな。」
「ううん・・・クリスマスに逢えただけでも嬉しいから。」
そして細い両腕から細長い赤の紙袋を取り片腕で抱えて、青年は後ろの部下に視線を流す。
「このまま、アンジェリークと歩いて帰る。おまえ達も、帰っていいぞ。」
「了解っす!」
「・・・・・・判りました。」
予想通りの主の台詞とそれに良い返事を返す同僚に溜め息を吐くと、忠実な秘書は明日の予定を確認する。
「レヴィアス様、明日は八時にお迎えにあがりますので、そのようにお願いします。」
「ああ。」
「それと・・・・・アンジェリーク様。」
「は、はい・・・・」
何度呼ばれても慣れない敬称付で名を呼ばれ、少女は戸惑いがちに返事する。
「明日、ちゃんと家に帰ってください。」
「・・・・・・・・・・・・・はい。」
その言葉の意味に赤くなりながらも、アンジェリークは頷く。
そんな彼女の頭一つ半上でレヴィアスは、余計なことを言う部下を鋭く睨む。
「行くぞ、アンジェリーク。」
「え、あ、はい・・・・それじゃ、おやすみなさい。」
肩に腕を回されて促され、少女は慌てて残される人々に挨拶する。
そして声を掛けた二人に見送られながら、青年の部屋へと向かったのだった。


ぽんっと言う音とともにコルクが飛び、瓶の口から泡が零れ落ちる。

開けてくれた彼の手からシャンパンを取り、アンジェリークは恋人の前に置いた足長のグラスに透明な液体を注ぐ。
「プレゼント、何がいいかなって考えたんだけど・・・・せっかくのクリスマスだし、と思って。」
お酒を嗜む彼のダイニングに置かれた棚には、シャンパンは並んでいない。
そう気が付いて、少女は大好きな人の為にスパークリングワインを選んだ。
「お前には値が張る買い物ではなかったか?」
瓶のラベルには、子供でも知っているような有名な名が刻まれている。
買えない値段ではないにしろ、普通の高校生には高価な買い物だ。
自主的にくれたものであっても、レヴィアスは自分の為に多少なりとも不自由を強いたことに眉を顰める。
「大丈夫だから・・・・そんな顔しないで。」
「クッ、ああ・・・・ありがとう、アンジェリーク。」
礼を聞き遂げにっこり笑って斜向かいに座る少女の前にはグラスではなくティーカップが置かれているのに気が付き、彼は再び怪訝そうに尋ねる。
「おまえは飲まないのか?」
「え?だって、わたし未成年だもの。それにそれはレヴィアスへのプレゼントだし。」
テーブルの真ん中に置かれたケーキを切り分けながら、アンジェリークは当然のことを当たり前に答える。

「まぁ、確かにこれはお前には辛すぎるだろうからな。・・・待ってろ。」
「レヴィアス?」
だが唐突に立ち上がり酒が並ぶ棚の戸を開ける後ろ姿に、彼女は首を傾げる。
そして戻ってきた彼に目の前に彼と同じグラスを置かれ、薄いピンクの液体を注がれる。
「え・・・・・あの・・・・?」
「どこかで貰ったものだろうが・・・・俺には口当たりが良すぎてな、口に合わん。」
「で、でも・・・・・・」
躊躇う彼女に苦笑し、レヴィアスは自分のグラスを持ち上げる。
「グラスとティーカップでは乾杯が様にならないだろう?」
「あ、うん・・・・・」
恐る恐るグラスを両手で取り俯き加減で見上げる少女に目を細め、青年は自分のそれを合わせる。

「メリークリスマス、アンジェリーク。」
「メリー、クリスマス・・・・・・」

チンッと高い音が小さく響き、グラスを傾ける彼をアンジェリークは惚けて見つめる。
だが見つめ返されて、真っ赤になって手に持っているものに目を落とす。
「どうした、飲まないのか?」
甘い匂いと笑いを帯びた恋人の言葉に促され、彼女はグラスに口を付ける。
少しだけ熱くなるがすぐに消え、想像通りの甘さとフルーティーな香りが口の中に広がる。
「それならおまえでも飲めるだろう?」
「う、うん・・・・・」
もう一口口にして、アンジェリークはテーブルにグラスを置く。
「ありがとう、レヴィアス。」
素直に微笑んでわずかに上気した頬で礼を言う少女に、レヴィアスはクッと笑い酒を飲み干す。
「いや、どうせ俺は飲まないからな。それに礼を言うのは少し早い。」
「え?」
「俺はまだ、おまえにプレゼントを渡してないだろう?」
ケーキの上に乗ったイチゴをフォークに刺し驚いたように見上げる彼女に、赤いリボンの小箱を差し出す。
「・・・・・・開けても、いい?」
「ああ。」
慌てて赤い実を口の中へ入れ飲み干すプレゼントを受け取る少女に苦笑しながら、レヴィアスは頷く。
「イヤリング・・・・・?」

了承を貰い包装を解き箱を開ければ、透き通りキラキラと輝く石が付いた耳飾り。
それがビロードのベッドで二つ仲良く横たわっている。
素人目にもそれが一目見ただけで、いいものだということが判る。
なんだか年々彼からのプレゼントが高価なものになっている気がする。

もちろん、今年の誕生日に貰った右手の薬指のものが一番高価な贈り物で。
それをくれた時の彼の言葉が、今までで一番嬉しい贈り物だったけれど。

「気に入らなかったか?」
面食らった表情に不満を見たのか、彼は眉を潜めて尋ねる。
「ううん、そんなことない、嬉しい・・・ありがとう。」
「おまえに似合うと思うんだがな。」
首を横に振り頬をふわっと緩めて礼を言う表情に嘘がないことを知り、レヴィアスは微笑み返す。
「そ、そうかな?それじゃ、付けて・・・」
みるね、とプレゼントを持ち上げようとした手を彼は止める。
「・・・・・やめておけ。」
さっきまでの言葉とは裏腹なその行動に、アンジェリークは首を傾げる。
「レヴィアス?」
「明日の朝でいい。」
「え?」
更には貰ったものを貰った相手に取り上げられてしまい、ますます混乱する。
そんな戸惑った恋人の顔にクッと笑い、青年は小さな耳朶に口を寄せる。
「今付けても、俺には邪魔なだけだ。」
「?!」
驚いて見開かれた蒼い瞳に満足し、レヴィアスは少女の顎に手を掛け今度は桜色の唇に軽くキスする。
「早くそれを食べてしまえ。楽しみはそれからだ。」
「た、楽しみって・・・・」
毎度のことながらとんでもないことをさらりと囁かれて、アンジェリークは真っ赤になって身を竦める。
「俺が待つと言っている間に、食べてしまった方がいいと思うぞ。」

喉を鳴らし告げる言葉に嘘がないことは、身を以て思い知っている。
彼が笑っているうちに食べてしまわなければ、明日までケーキはここに置かれたままだろう。
どちらにしろ、ベッドに連れて行かれることは代わりがないのだが。

「もう・・・そういうことばっかり言って・・・・」
ある意味無駄な足掻きではあるが、少女は再びフォークを手に取りケーキを口に運びながら呟く。
「何も言わない俺に押し倒されるよりは、マシじゃないのか?」
「うっ・・・・・」
過去の経験において最もなことを自覚ある当の本人から言われ、アンジェリークは思わず絶句する。
「俺は別にそれでも構わないがな。」
頬杖を付き酒を注いだグラスを傾けながら、レヴィアスはそんな彼女を楽しそうに愛でる。
「な、なんか・・・・問題点、掏り替えてない?」
「いや、別に掏り替えてないが?」
「そう、かな・・・・・?」
潤んだ瞳で愛らしく睨む顔に、彼は無意識のうちに手を伸ばす。
「それより・・・・早くしないと、俺の我慢が限界に来るぞ。」
「レ、レヴィアス・・・・」
頬に触れてくる冷たい指先にビクッと震え、見つめる金と緑の瞳には熱を感じて、アンジェリークは恋人を今頃酔いが回ってきたのかぼうっとした思考で見つめ返す。
「だが、本当はおまえの許しなどなくてもいいのかもな・・・・」
「そ、そんな、なんで・・・・・」
「おまえは、俺のものだろう?」
「・・・・・・・・・・・・うん。」
高慢な言葉とは反対に優しく笑う人に、少女は微笑んで頷く。

半年後には、恋人から家族になる。
けして二人の関係にいい顔をしなかった人々に、表向きにせよ認めさせることが出来る。
しかしもうずっと前から、彼女は彼のもの。
そう。
出逢ったあの日から・・・・・・・・・ずっと。

「なんだか、まだ夢みたい・・・・わたしがレヴィアスのお嫁さんになれるなんて。」
「夢なんかじゃない。おまえ以外の誰がいる?」
右手の指輪を眺め嬉しそうにする少女に、レヴィアスは片眉を上げて少し不満を言葉に込める。
「あなたがわたしを必要としてくれることとあなたの一番傍にいるのが自分だっていうことが嬉しいの・・・・・」
けれどそんな横暴な我が侭に喜びを感じ、アンジェリークは背伸びし腕を伸ばして拗ねる彼の首を引き寄せその頬にそっと口づける。

「大好きよ、レヴィアス。」

「クッ・・・・・そんなことは、当たり前だろう?」
抱き付いて来た小さな体をそのまま抱き上げて、青年は立ち上がる。
「ええっ?!ちょっ・・・・まだ、ケーキ食べて・・・・んぅ・・・」
ないと動く唇を塞いで、彼は彼女を黙らせる。
「ちゃんと忠告はしたはずだ。それに最後の砦を粉々に砕いたのは、おまえだぞ?」
「そん・・・・な・・・・・・」
「俺の『一番傍に』、だろう?」
わずかに嗜虐に満ちた笑いで自分で墓穴を掘ったと宣告され、少女は真っ赤になる。
けれどぎゅっと彼に縋り付きその首に顔を埋めて、吐息のように囁く。
「あなたのこと、本当に大好きなの。さっきの言葉、嘘じゃないの。だから・・・・・・」
か細い声の告白に、レヴィアスは驚いたように色を違えた瞳を見開き、そしてこれ以上なく幸せそうに目を細める。

「ああ・・・・・判ってる。」


聖夜の夜。
恋人としては最後のクリスマス。

それを二人は、幸福の時として過ごすのだった。