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Starlit Sky
「お兄ちゃん、今日ヒマ?」
「・・・・・・・・・・・・・は?」
寝起きに突然に尋ねるアンジェリークに、アリオスは一瞬呆けるしかなかった。
「・・・・・こんな朝っぱらからいきなり家に来て、何言ってるんだ、おまえは。」
藤のバスケットを下げた白い帽子とパンツルックの少女に見下ろされ、思いっきり顔を顰める。
現実だという自覚があって、本当に良かったと思う。
もし寝惚けてたら、夢と勘違いしていたら、何してたか判ったもんじゃないだろう。
ベッドの上で未だ眠気眼の自分が『妹』に。
・・・・いや。
いっそ何かやらかしてしまった方が、すっきりしていいような気もするが。
「今日、お休みでしょ。・・・・・何か、用がある?」
「いや・・・何もないが・・・・」
顔に掛かった銀髪を掻き上げながら、彼は起き上がる。
そして自分を見ている少女の瞳の期待の色に気付き、嫌な予感が頭を過る。
「・・・・・まさかこのクソ暑いのに、どっか連れてけなんて言わないよな、アンジェリーク?」
「ヒマなんでしょう?遊園地、行きたい。」
「ゆ・・・・遊園地?!」
聞き間違いかと思ったが、否定せずに尚もそこに立っている姿にその言葉が事実だと理解する。
「あのな・・・・あんなとこ行ったって暑いだけに決まってるだろう?その上、今はクソガキどもでいっぱいだろうが。」
「夏休みなんだから、暑くて人がいっぱいなのは当たり前でしょう?」
きょとんとして答える彼女に頭抱えたくなる。
「俺が言いたいのはそんな事じゃない。あんまりボケたこと言うんじゃねえぞ。」
「え?わたし、ヘン?」
「んなこと言ってねぇだろうが。ったく・・・・」
目を丸くしてベッドから立ち上がった自分を心持ち傷ついたように見上げるアンジェリークに隠れて、小さく溜め息を吐く。
「何で遊園地なんて行きたいんだ?まだプールの方がマシだろ?」
遊園地に併設された巨大プール。
例え芋を洗うような混雑ぶりでも、まだ水に浸かっている分涼しいはずだ。
「今日ね、新しいジェットコースターが出来たの。すごいのよ、世界最大なんだって!」
興奮して話す少女を本当に嫌そうな顔で彼は見下ろす。
「それじゃ、ますます混んでんだろうが。」
「でも、乗ってみたいんだもん・・・・」
「今日じゃなくてもいいだろ?」
無下にそう言い放つと、茶色の両眉が寄った。
今にも泣き出しそうなその顔を見て、一瞬躊躇してしまう。
「・・・・どうしても、今日乗りたいのかよ?」
つい、口から甘やかすような言葉が零れてしまい。
少し後悔するが。
嬉しそうに笑った少女に、ホッとしたのも事実だった。
「やっぱり暑いじゃねえか。」
タバコを咥えぐったりとした顔で呟くと、隣でアイスクリームを舐めている少女はやっぱり暑さで紅潮した頬で彼を見上げてきた。
「寒い訳ないと思うけど。」
「・・・・・もういい。好きにしろ。」
こいつを相手にしてると、余計に疲れる。
来てみればやっぱり長蛇の列で、すでに2時間待ち。
その上、いわゆる乗り放題のチケットからは当然外されていて。
かなり時給が良さそうなジェットコースターだった。
「お兄ちゃん、大丈夫?・・・・舐める?」
そう言って差し出されたコーンに、思わずそっぽを向く。
一瞬浮かんだ、まるでガキのようだと思う考えをかなり強引に打ち消そうとしながら。
「おまえに買ってやったんだ。責任を持って食え、馬鹿。」
「だって、暑くてつらそうなんだもん。」
その一方でみすみすチャンスを手放した事に残念がっている彼の心の内をまったく理解しないで、少女は本当に心配そうに見上げてくる。
「だからって子供のアイス取り上げるほど、俺は落ちぶれちゃいないんでな。」
どうせ貰えるのなら、別のものがいい。
本物の方がいい。
何が欲しいのかは、今の少女にはとても言えないが。
きっと少しも想像もしてないだろう。
どんなに葛藤しているのか、どんなに欲しているのかなど。
「・・・・もう、並ぶの止めてもいいよ。」
小さく呟かれた言葉に、アリオスは片方の眉を上げる。
「何言ってるんだ。乗りたいんだろうが。」
「だって、お兄ちゃん怒らせてまで乗りたくないから・・・」
まるで睨まれたような視線を受けたためか、俯き加減でアンジェリークは答える。
そんなしょんぼりした姿に、罪悪感を感じる。
「別に怒ってないだろうが。ただ暑くてちょっとイラついてるだけだ。」
「でも・・・・・」
「だいたいな、ここまで並んどいて今更乗らないなんてそれこそ時間の無駄だろうが。意地でも乗ってやる。」
腕を組み口の端を上げて、コースターのレールを挑戦的に見上げる。
半分は正直な心境だったが、もう半分は少女を宥める嘘だった。
別に乗っても乗らなくてもどっちでも良かった。
それがアンジェリークの願いじゃないのなら、どうでもいいことだ。
元々遊園地なんか来るつもりはなかったのだから。
「・・・・判ったな、アンジェリーク。」
「うん!ありがとう、お兄ちゃん。」
「わぁ、きれ〜!!」
夜空に上がった花火を見上げて、先を歩く少女は駆け出して歓声を上げる。
「ったく・・・・おい、あんまり上ばっか見てるとコケるぞ!」
はしゃぐ彼女に苦笑しながら、アリオスは一応忠告する。
多分、まったく耳に入ってないだろうという事は判っていたが。
「ほら、海もキレイよ!」
やっと追い着いた青年を振り返り、柵を乗り越えそうな勢いでアンジェリークは指差す。
確かに遊園地の脇にある水面には天の花を写した風景があった。
「クッ・・・・・そうだな。」
だが、そう言いながら碧の瞳が映すのは、嬉しそうに花火を見ている少女。
思わずその小さな肩に手が動くが。
「今日は、お兄ちゃんとデート出来て楽しかったな。」
突然言われた本日の感想に、腕を止める。
「・・・・なんだよ、急に。」
行き場を無くした衝動を気付かれないように元に戻しながら、努めて冷静に見下ろす。
「だってお兄ちゃんと一緒にお出かけするなんて、この頃なかったもの。無理言って連れて来てもらって、ホント良かったぁ。」
「・・・・・そうかよ。」
未だ『デート』だと言われたことに心臓を跳ねさせながら、彼はつれなく返事する。
「また・・・一緒に来たいな。」
「俺と、か?」
「・・・・・・・イヤ?」
ねだるような上目遣いの瞳に青年が弱いことを知ってか知らずか。
アンジェリークは彼の方に向き直り、恐る恐る顔を覗き込んでくる。
「ったく・・・・・」
心を見透かされそうな気がして、アリオスは顔を反らして毒づく。
「デートならな、もうちょっと色気のある格好をしやがれ。」
「だっ、だって今日はジェットコースターに乗りたかったんだもん。スカートじゃ捲れちゃうかもって・・・・・」
確かにそれはそうなのだが。
もう少しめかし込んだ姿が見たかった気がする。
「じゃあ、次はプールな。」
「・・・・・え?」
まさか行く場所についてリクエストがあると思ってなかったのか、目を丸くして見上げてくる。
「プールに、行きたいの?」
小首を傾げて尋ねる少女に、口の端を上げて笑い。
「ああ。せいぜい頑張って、精一杯色気のある水着姿を見せてくれよ。・・・ま、あんまり期待してないが、な。」
「なっ・・・・・・・・・!」
みるみる赤くなっていく彼女に、少しは俺の努力に気付いてみやがれと心の中で舌を出す。
「もぉ!!お兄ちゃんのエッチッ!!!!」
もちろん、それは。
自分も感情を隠しているのが悪いという可能性を棚に上げて、だったが。