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さくら




まるで酔ってしまいそうなほどに降りそそぐ花びら。

「キレイですね、レヴィアス様。」
「ああ・・・・」

それを見上げながら少女は隣の青年に呟き、青年は少女の言葉に頷いた。


彼らが住む地域で随一とされる桜の名所の公園。
けれど、さすがに平日の昼間はそんなに人は多くなく。
本当に桜見をしたいなら、絶好の時間。

もっとも。

十代半ばの少女と二十代半ばの青年がベンチに座ってのんきに花見をしているような時間でもなかったのが。


「・・・・悪かったな。学校サボらせて。」
背もたれに肘を掛けた彼はポツリと謝る。
けれど、彼女はその詫び言に小さく首を振る。
「いいんです。レヴィアス様、お忙しいから、お休みの日にお休みが取れないし。今日を逃したら、きっと・・・・」

今年はもう桜なんて一緒に見に来られない。
いや、ひょっとしたらもう二度と。
一部の人々に身分違いとされる二人は、来年の今頃一緒にいられないかもしれない。
それなら、学校をサボったって、少しの時間だって、側にいられる方がいい。

「一緒にお花見が出来て嬉しいです。」
「そうか?」
「はい・・・・あ、でもやっと頂けたお休みなのに、ちゃんと休養取らなくてもいいんですか?」
「心配するな。休養にはなってる。」
眉を落とすアンジェリークに、レヴィアスは安心しろと頬を緩める。
「おまえといるのに、安らげない訳ないだろう?」
「っ!レ、レヴィアス様・・・・・・」
真っ赤になって彼女は困ったように彼を見上げる。
「俺といるのは、嫌か?」
「・・・・・・・・そんな訳ないです。」
「だったら、そんなに困るな。」
小さな肩を抱き寄せて、青年は少女に軽く口付ける。
「あ、レヴィアス様、あの・・・・・」
「なんだ?」
「・・・・ひ、人が見てますから。」
眉を思いっきり下げてアンジェリークは自分を抱いている人を見上げる。

いくら真っ昼間といえども、名所は名所、人はいる。
そんな衆目の中、抱きしめられてキスされるなんて恥ずかしいこと、この上ない。

「気にするな。」
「で、でも〜」
腕から逃れようとはしないもののあたふたとしている少女に、レヴィアスは先程よりも強く唇を重ねる。
「・・・・・なんでここまで来たか、判るか?」
「え?」
「桜を見るのなら、屋敷でも出来るだろう?」

確かに屋敷の裏手にある池のほとりには本数こそ劣るにしろ、樹自体はここに負けないくらいのものが何本も植えられている。
仕事で疲れているはずの屋敷の主が車の運転をして、わざわざここまで来る必要はない。
事実、あそこでお弁当を広げてピクニック気分でお花見をした事もあったのだから。
それに今現在彼にされていることも、人気がない庭の奥ならまだ恥ずかしくない・・・・・・・・・かもしれない。
なんにしろ、尋ねられてやっと気が付いたが、理由が見当たらない。

「わかんないです。なんで・・・・ですか?」
悩んでいる間に両腕をしっかり躰に回されてしまい、吐息を身近に感じてアンジェリークの鼓動が早くなる。
「あそこだと、おまえを泣かせてしまうかもしれないからな。」
「え?泣く?わたしが、ですか?」
「あぁ・・・・あそこは静か過ぎて、本当におまえしか目に入らなくなって・・・・ひょっとしたら、抑制が効かなくなるかもしれない。」
「よ、抑制って・・・・・」
レヴィアスはクッと笑って、赤くなりしきりに瞬きを繰り返す彼女の唇に自分のそれで触れる。
「だから、これくらいは許してくれ。それとも・・・・」
色を違えた彼の瞳が艶やかに煌く。
「泣かされた方が良かったか?」
「あっ・・・・・え、えっと・・・・その・・・・・ど・・・・」
「・・・・・・?」
しどろもどろになりながらも自分の胸に躰を寄せてきた少女に、青年は少し驚く。

肯定の意味、と取ってしまっていいのだろうか?
先程まで人前だからと抱き寄せただけで真っ赤になっていたのに。
いつもは・・・・そう、『抑制が効かなくなった』彼に翻弄されているも同然。
彼女の心と躰を思いやっている自覚は、実のところあまりない。
だからこの場でのこの行動は少々意外だった。

「アンジェ?」
覗き込むようにして、青年は愛しい少女の名を呼ぶ。
「あの・・・・嫌、じゃないですから・・・・だから・・・・」
「クッ・・・・・そうか。」
俯いた彼女の顔を上に向かせて、薄く笑みが漏らした唇を寄せる。
「んっ・・・・・・・」
「嬉しいか?」
「・・・・・・・・・・・はい。」
尋ねられ、少女は朱に染まった頬で頷き微笑んだ。

「桜、キレイですね。」
抱きしめられたまま、アンジェリークは再び頭上を見上げる。
「俺はおまえの方がいいんだが・・・・」
「あの、せっかくお花見に来たんですから、桜見てください・・・・」
くすぐるような囁きと共に髪に顔を埋められ、また目線を落してしまう。
そんな恥じらう彼女に、レヴィアスは嬉笑を浮かべ色違いの瞳を細める。


春のとある日。
はらはらと降る花びらの下、二人は桜を愛でたのだった。