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Evening Breeze
「ステキな映画だったね、お兄ちゃん。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか?」
アンジェリークにしては珍しくうるうるとした瞳でうっとりと口を開く。
にもかかわらず、アリオスはげんなりとした返事を返した。
試写会の招待券がペアで当たったと連れ出され、彼女と共に映画を見せられた。
それはいわゆる恋愛物で。
主人公がどんなに苦境に立たされたとしても、彼にとっては単なる甘ったるい話でしかなかった。
少女のシュミではあっても、青年のシュミではありえない。
だからといって、彼のシュミに彼女を付き合わす訳にはいかなかったが。
「つまらなかった?」
「ああ。」
おそらく不機嫌そうなのでだろう顔をきょとこんと見上げられ、アリオスは即答する。
「だいたいな、あの女、あんなやる気ナシでわがままなロリコン野郎のどこがいいんだよ?金と権力がなきゃ、ヒモぐらいにしかなれない男だと思うぜ。」
「え?自分の気持ちに自信があってステキな人だなと思うんけど・・・・・」
「ケッ・・・・・・あのな、弱いのを虚勢張って隠してるっていうんだ、あれは。」
少女の言葉を切り捨てるように真っ向から否定する。
「ああいう手合いはな、甘い顔してると図に乗るんだよ。周りが面倒見れば見るほど、落ちぶれて行くタイプだな。あんなのが好きだって言う女の気が知れねぇぜ。」
立て板に水が流れるように一気に欠点を吐き出すと、案の定、アンジェリークは頬を膨らます。
「な、何もそこまで言うことないと思う。お兄ちゃんのイジメっ子!」
その言い草に、アリオスはさらに不機嫌を増し片眉を上げる。
なんで、こいつはあの男の肩を持つのだろう?
そのことがかなり気に食わない。
たかが映画に、馬鹿馬鹿しいと自分でも思うのだが。
気に食わないものは気に食わない。
仕方がない。
「でもいいとこだってあったでしょう?」
「どこにだよ?」
「ラブシーンとか・・・ステキだったじゃない。」
そう言うと再び少女にしては珍しくうっとりとして胸の前で手を組む。
「いいなぁ、ああいうの。憧れちゃう。」
そんな彼女に少し驚き、彼は立ち止まり腰に手を当て隣を見下ろす。
「なんだ、おまえ。ああいうのが好みなのか?」
「えっ?・・・・・うん。」
ちょっと赤くなって頷くアンジェリークに、アリオスは映画の中の場面を思い出し目を細める。
「ふ〜ん・・・・・」
時は夜。
空にはネオンのせいでその光は弱く見えるが、ちゃんと月が出ていて。
そして駐車場に向かう為、駅とは反対に歩いてきたせいで、お誂え向きに人通りはない。
ここが街中でなかったら、あのシーンそっくりの状況。
「お兄ちゃん?どうかしたの?」
首を傾げ自分を見上げる少女の手首を無言で引き。
近づいた小さな顎を指で上げる。
「アンジェリーク、俺は・・・・・・」
映画のセリフを口に載せながら、顔を傾け唇を寄せようとするが。
「ア〜ンジェッ!!」
突然聞こえた少女を呼ぶ声にギクリとして、その体を解放する。
「よかったぁ!会えなかったらどうしようかと思っちゃったヨ。」
自分の背後から金の髪をなびかせて走ってきたのは想像どおりの邪魔者で、アリオスは眉を顰める。
「おい・・・・・」
「あ〜ら、オ兄サマ。可愛い妹をあんまりからかわない方がいいと思いますケド?」
油断も隙もあったもんじゃないと小憎らしくも親友を庇いながら睨む少女を、青年は額に青筋を立てながら睨み返す。
「ご忠告、ありがとよ。」
「ど〜いたしまして。」
そんな目の前で火花がバチバチと散っているのにちっとも気付かずに、話題の中心にあるべき少女は蒼い瞳をパチクリとさせる。
「あ・・・・やだ、びっくりした〜。もう、お兄ちゃんてば、演技がうまいんだから。」
ほっとしたように染まった顔に微笑まれ、アリオスは苦虫を噛み潰したような表情になる。
らしくないやり方ではあるが、彼はやっと本音を出しかけた。
なのに演技だと断言されてしまい、かなり損した気分である。
しかも安心したような表情をされるとは、ムカつくことこの上ない。
「本気にしちゃったらどうするの。お兄ちゃん、子供はキライなんでしょ?」
「・・・・・・そんなこと、いつ言った?」
生まれてからずっと面倒見られてきたにもかかわらず、抜け抜けと言う少女に青年は顔を引き攣らす。
「え?だって、さっき、ロリコンなのは嫌だって言ってたじゃない。だから、私みたいな子供は相手にするの、嫌なんでしょう?」
「あっ、そうなんだぁ。それじゃあ、ワタシ達は諦めるしか仕方ないよネェ。」
きょとんとして答えるアンジェリークに頭を抱えそうになり、その隣でレイチェルがいい気味だという顔をしているのに気が付き頭に血が昇りかける。
「あのな、俺は、別に・・・・」
「大丈夫、本気になんてしないから、安心して。」
胸を張ってにっこり笑って見上げられ。
それ以上、彼は言い繕えなくなってしまう。
「それにしても、レイチェル、なんでここにいるの?」
「ああ、アンジェの家に行ったら出掛けたって言うからさ、そろそろだと思って迎えに来ちゃった。」
暗に邪魔しに来たと言う少女に、青年はいよいよ不機嫌になる。
「ったく、クソガキが・・・・・・」
「あら?なんかおっしゃいました?」
「い〜や、何も。」
再び2人の間に剣呑な空気が流れる。
「・・・・・・・アンジェ、今度当たったらワタシを誘いなよ。どうやらオニイサマは、恋愛映画はお気に召さないみたいだから。」
「う・・・・ん、そうね。嫌なものに付き合わせちゃ悪いし・・・・そうする。ごめんね、お兄ちゃん。」
「・・・・・・・謝らなくていい。」
今更、あの映画、気に言ったなどと嘘を付く訳にもいかず。
せいぜい一言そう言うのが、精一杯だった。
「オラ、さっさと帰るぞ。おまえら、明日も学校だろうが。」
「あっ、お兄ちゃん、待って〜。」
「自分はサボりまくってたくせに。」
慌てて後ろから付いてくる少女達を尻目に、アリオスはすたすたと大人げなく先に歩いてしまう。
まったく、夜風と自業自得という言葉が身に染みる初秋の夜であった。