戻る
Last Summer
「なにやってるんだ、おまえら。」
学生の夏休みがもうすぐ終わる日曜日。
惰眠を貪っていたアリオスは、昼近くになってベッドを抜け出して階下のリビングに背伸びをしながら降りてきた。
ふと庭を見遣ると、そこには茶色い髪の少女と赤い髪の少年。
日はとっくに高く上りこのクソ暑いのに、近所に住む子供たちは外で座り込んでいる。
「あっ、アリオス!」
「お兄ちゃん、おはよう♪」
二人は呆れ交じりに呼びかけた彼を同時に振り返り声を上げる。
「ったく・・・んなとこにいたら、ぶっ倒れるぞ。」
「この間のお兄ちゃんみたいに?」
「?!」
ニブい『妹』に珍しく鋭く切り換えされて、青年は顔を引き攣らせて絶句する。
だがそれこそニブいアンジェリークは気付かずに、彼が立っているところまで駆け寄る。
「メルちゃんが夏休みの宿題が残ってるって言うから・・・・写生させてあげていいよね?」
「いいもクソもねぇだろ・・・・」
彼女の言葉にガックリと彼は力を無くしてうな垂れる。
座ったまま振り向き首を傾げている少年。
何故か自分に懐いている彼を遠く覗けば、その膝には下書きも終わり色が表われ始めているひまわり。
青年の庭の隅に勝手に作られた菜園の更に隅の花壇に少女がまいた種。
それが芽が出て成長して花咲かせた成果である。
その黄色い花を描いた少年の宿題に、断る理由は見受けられない。
というか、今更断っても意味を成さないほど進んでしまっている。
「・・・・・メル!」
きょとんとしている彼の名をアリオスは呼ぶ。
「なぁに、アリオス〜?」
「中に入れ。あとは色塗るだけなんだろ?」
「う、うん♪」
嬉しそうに画板と水入れと絵の具とパレットを慌てて抱えて来るメルを、溜め息吐きながら家に招き入れたのだった。
居間で荷物を広げ懸命に色を塗っている姿を楽しそうに見ている少女を眺めながら、遅すぎる朝食、もしくは少し早い昼食を口に運ぶ。
・・・・・・・苦い。
焦げた目玉焼きを乗せたこれまた焦げたトースト。
お礼だという少年の涙ぐましい料理の結果である。
言いたくはないが、断然自分で作った方がうまい。
昔からアンジェリークの世話の為とお節介な奴のおかげで材料が山ほどあるのとで、料理の腕前はかなりのものだという自負はある。
もっとうまいものを食う手立てはあるのだ。
しかし何故か自分に懐いている弟分の気持ちを無下に出来ずに口に押し込める。
それは、らしいというべきなのか、らしくないというべきなのか。
「・・・・・・アンジェ。」
「なに、お兄ちゃん?」
少女にとっても弟分なのだろう少年の絵に見入ってこちらを向きもしない。
それが癪に障り、不機嫌そうに眉を顰めながらアリオスは尋ねる。
「おまえは宿題終わったのか?」
「え?」
「だから、終わったのか?」
やっと自分の方を向いた彼女には少しの動揺が見え。
わざわざその小さな口から答えられずとも答えが判る。
「終わってないんだな?」
「え〜っと・・・・・ごめんなさい、終わってません。」
鋭く睨むとあっけなく白状する。
「・・・・・あと何日あるか判っててのことなんだろうな?」
「えっとぉ・・・あと4日もあるわよね、メルちゃん。」
「うん、でもメルはこれが終われば完成だよ?」
何とか助けを求めようとしたらしいアンジェリークは、その助けに無邪気にあっけなく見放される。
その様子に深く深く溜め息を吐き、アリオスは口を開く。
「・・・・・持ってこい。」
「え?」
「おまえが言ってただろうが。『宿題教えろ』って。」
「あ・・・・・」
一月ほど前のことを思い出し、そう言えばと手を口元にやる少女に頭を抱えたくなる。
「その4日のうちに俺が見てやれることはないと思うぜ。学生と違って俺は忙しいんでな。」
「う、うん・・・・じゃあ、持ってくるね。」
何故か少し躊躇ったような、けれど慌てて立ち上がった彼女は庭先から出て行く。
その一瞬、何かを覚悟したような表情を見せ彼は首を傾げる。
「なんだ、あいつ・・・・」
その理由はすぐに判った。
ほとんど手が付けられていない特定の教科の課題。
嫌なものは後でという少女の性格の表われ。
「アンジェリーク・・・・・」
「な、なに・・・・・?」
「俺が言いたいことは判るよな?」
「ご、ごめんなさ〜い!」
片眉を上げて怒り教える『兄』に泣きながら謝ってペンを走らす『妹』。
その光景に最後の宿題を終えた少年は、お夕飯も作らなきゃと使命感を帯びて冷蔵庫を覗き込むのだった。