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観楓日和
オレンジ色の辺り一面の木々。
色づいた森。
いわゆる『秋』の風景。
「わぁっ!」
それを見て、この宇宙の女王は楽しそうに歓声を上げくるくると回る。
そんな年相応以上に幼くはしゃぐ姿に、少女をここへ連れてきた黒髪の青年は二色の瞳を細めて穏やかに微笑む。
「気に入ったか?」
「うんっ!本当にあの星にそっくりね。」
「ああ・・・・まさかここまでとは思わなかったが。」
こちらに向き直りにっこり笑うアンジェリークに、レヴィアスは周りを見回し頷く。
少女の故郷の宇宙のとある星。
まだ彼女と旅をしていた頃に立ち寄った紅葉が美しい地。
暇つぶしに研究院の報告書を眺めていた彼はその思い出と環境を近くする惑星を新宇宙に見つける。
そして、その瞬間恋人の嬉しそうな顔が脳裏に浮かぶ。
もちろん女王である彼女にも一応書類は回っているだろうが。
ここに載っている情報からでは、それを想像するに至らないだろう。
超優秀な金の髪の補佐官ならともかく。
とかく処理能力が遅い彼女には、そんなこと考えている余裕はない。
それに加え、宇宙の意思と心を交わすいう重要な役割もあるのだから。
「そうだな・・・・・」
頬杖を突きながら、しばし思案し何か思い付いたように口の端を上げる。
日の曜日にもかかわらず、昼には戻るからと朝から執務室に籠もってしまった少女。
その佳人を自ら出向いて迎えに行ったのだった。
「息抜きにはいいだろう?」
「うん、ありがとう、レヴィアス。」
礼を口にし、アンジェリークはあの頃から少しだけ伸びた髪とワンピースの裾をひらひらとさせながら落ち葉を踏む。
そして、昔同じような風景の中で彼から聞いた話を不意に思い出す。
「レヴィアスって、落ち葉の踏み心地が好き、なのよね?」
「・・・・・よく憶えていたな、そんなこと。」
驚いた顔をする青年に駆け寄り、その腕に自分の両腕を絡ませる。
「憶えてるわ。あなたが話してくれたことだもの。」
姿は違ったけれど。
そのほとんどが謀り事だったけれど。
けれど話してくれた過去は本当。
「森の中を散歩しよう?・・・・ね?」
珍しく甘えたように誘う少女に、レヴィアスは自然と頬が緩む。
そして捕まえられていない方の手を滑らかな頬へと伸ばすと、彼女は気持ちよさそうにそれに摺り寄る。
「ああ。子供の頃は一人だったが・・・・おまえと一緒なら、もっと楽しめるかもしれないな。」
「・・・・・ありがと♪」
自分の言葉に照れたように笑って、アンジェリークは一度ぎゅっと腕に抱きついてきた。
しかしレヴィアスがその感触を楽しむ間もなく離れ、引っ張って急かす。
「早く、行こ。」
楽しそうにじゃれつく彼女に少し苦笑し、彼はなされるままに歩き出す。
「あっ、見て。うさぎっ!」
木々の間に野うさぎを発見して、アンジェリークは指差しながら隣を見上げる。
「可愛いわね。」
「ああ、おまえは可愛いな。」
嬉しそうに微笑む少女に色を違えた瞳を細め、彼はその身を腕の中に閉じ込める。
そのいつもながらに突然の行動に、彼女は慌てる。
「あ、あの、わたしじゃなくて、うさぎ・・・・・」
「だから、茶色い子うさぎ、だろう?」
口の端を上げて、レヴィアスは戸惑うアンジェリークの剥き出しな額に唇を落とす。
小さくて、誰より愛らしい。
触れると、細身ながらにふわふわで。
抱きしめてみれば、どこまでも柔らかい。
手荒に扱えば、簡単に壊れてしまいそうで。
保護欲をそそると同時に、どこか嗜虐心を煽る。
彼の可愛い茶色の子うさぎ。
その言葉の言わんとしていることに気付いて、少女はちょっと眉尻を上げ頬を紅潮させて青年を睨む。
「わ、わたしは、うさぎじゃないわ。」
「そうか?俺がいなくては、寂しくて死んでしまうのではないかと思ったんだが。」
「そ、そんなこと・・・・・」
からかうような口調とは裏腹に優しい表情を浮かべる人に自分の心を小さな動物の性質に喩えられ、彼女は恥ずかしくなって更に赤くなる。
「間違ってるか?」
「ま、間違ってない、かも、しれないけど・・・・・でも、」
「ん?」
「どうして、『子』うさぎなの?レヴィアスにとって、やっぱりわたしって・・・・子供なのかな・・・・・」
拗ねたように尋ねるアンジェリークに、レヴィアスは不用意な言葉で傷つけたことに気が付く。
そして今更気にすることではないどうしようもないことを未だに気にしている様子に、思わず苦笑いする。
「悪い、大意はなかった。」
僅かに哀しみを見せる少女を宥めるように抱きしめて、青年は素直に謝る。
「おまえがあまりにも可愛いんでな。つい、より小さきものへと喩えてしまう。」
「レ、レヴィアス・・・・・・」
恥じらいはにかんで潤む蒼い瞳で見上げられ、彼は口元を緩ませる。
「ま、おまえほど愛らしいものはこの世にないだろうがな。」
そして柔らかな唇に自分のそれを慰めとともに優しく重ねたのだった。
「・・・・・日が暮れてきたね。」
「そうだな。」
太陽が傾き、ますますオレンジが深まる風景に少女は呟く。
青年に彼の脱いだ上着をふわっと肩に掛けられて、アンジェリークは小さく微笑む。
「また来ようね。」
愛らしい声でされたお強請りに、レヴィアスは思惑ありげに片眉を上げる。
「なんだ、帰るつもりなのか?」
「え?」
「あの星に環境や地質がそっくりだと言っただろう。」
「う、うん・・・・」
小首を傾げ頷く彼女を再び抱きしめて、その形がいい耳元で囁く。
「ここにもスパがある。」
「・・・・・・・え?」
彼の言葉に更に少女は首を傾げる。
「まだシャトルが整備されてないせいで、あそこまで賑わっていないがな。保養施設はある。」
ニヤリと口の端を上げる恋人に、少女は何か良くないものを感じる。
こんな表情をするときは、悪巧みをしている時か。
もしくはベッドの上で。
どちらにしろ、あまりよろしいことではない。
「ほ、保養施設って・・・・・」
「平たく言えば、宿だな。」
あっさりと言い切られて、アンジェリークは真っ赤になる。
「あの、まさか泊まるつもりなんてことは・・・・」
「俺と二人では、イヤか?」
「え?あ、あの、そうじゃなくて、えっと・・・・」
寂しげに尋ねられ、少女は思考と言葉がしどろもどろになる。
彼にこういう顔でこういう言い方ををされると、無下に断ることが出来なくなってしまう。
もちろんしている方もされる方も、判っていてやってるのだが。
「イヤじゃないけど・・・・・でも・・・・」
「聖地とは時の流れが違うからな。2,3日泊まっても支障はなかろう。」
確かに2,3日どころか一月滞在したとしても、今の時の流れなら日付も変わらない。
けれど、彼女が問題にしているのはそんなことではもちろんない。
「だって・・・・・・・・・・・・・・・・・怒られちゃうわよ?」
「気にするな。怒られるのは俺だけだ。」
やっとのことで思いついたらしい苦しい断りの言葉を、レヴィアスはあっさり却下する。
「第一帰りたくとも、おまえ一人では帰れないだろう?」
帰る気などさらさらない彼は企みに満ちた瞳を細めて、諦めろと頬を染める少女の顔を覗き込む。
ここに来た手段は星の小径ではなく、青年の魔導。
たとえ新宇宙の女王といえども、一人では帰れない。
帰さないつもりで連れて来たのだから、当たり前だが。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・レ、レヴィアスの馬鹿。」
ようやく恋人に陥れられたことに気付いた彼女は、赤い顔で上目遣いで目の前の策略者を睨む。
その姿でさえ愛らしく、どうにも彼を誘ってやまない。
「クッ・・・・俺がおまえに馬鹿なのは、今に始まったことじゃないだろう?」
「そんっ・・・・・きゃあっ!」
陥落したアンジェリークを抱き上げて、レヴィアスは驚いて見上げる少女を見下ろす。
「じっくり楽しませてくれよ、アンジェ。」
「え?」
「落ち葉踏みなど比べるまでもなく、誰より何より俺はおまえが愛しいんでな。」
そしてその言葉の意味に硬直する熱い頬に、ちゅっと音を立ててくちづける。
「?!」
「やっ、やっぱり帰るぅ〜〜〜〜〜っ!」
森に鈴の音のような声を響かせた少女に笑い、青年は深まる夕暮れの中、街への転移の魔導を発動させたのだった。