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Festal Scenery




「ねぇ、アリオス?これ何?」

キッチンで自分の為のお茶と恋人の為のコーヒーをいれたアンジェリークは、居間のテーブルの脇に放ってある本に気が付く。
白い表紙さえ捲られた様子もないそれは、彼の仕事と表に並んだ文字から考えると微妙に関係ないものな気がして。
思わず首を傾げてしまう。
「・・・・・・・さぁな。」
「さぁなって・・・・・これ、台本でしょう?」
やっと捻り出した休日にソファーに寝転んで気のない返事をする恋人に少女は眉を顰めて、それを手に取る。

ぱらぱらと捲ってみると、準備稿の判が押されたこれはどうやら映画の台本らしい。
そしてキャストのトップにはなぜか青年の名前。
華やかな世界に住んではいても、けして俳優ではない彼の名前がどうしてここにあるのだろう?
ますます訳が判らなくなってしまう。

「映画・・・・出るの?」
「んなわけねぇだろうが・・・・・」
本の端から覗いてみれば、心底嫌そうな顔をしたその人が銀の髪を掻き揚げながら体を起こす。
「そうよね・・・・・・」
なんとなく彼の返事に納得して、もう一度手に持ったものに目を落とす。
「でも一番初めに名前があるってことは、これ、あなたを主役にって書かれたものよね。」
「うるさいんだよ。」
「あっ!」
しかし熟読しようとする手からそれを取り上げられてしまう。
「ったく、これ以上目立ってたまるか。」
「もう・・・・だからモデルが目立つの嫌がってどうするの?」
再び不機嫌そうに寝転んだ彼の傍に寄りソファーの前に座り込んで、アンジェリークはアリオスを覗き込む。

誰もが見惚れる容姿を持つ彼の職業はモデル。
それはファッション雑誌を飾るそれというより、どちらかというとデザイナー専属のショーモデルであるが。
けれど世間一般的に露出は少なくともしっかりファンはいて、開催されるショーは女の子でいっぱいだ。
しかし当の本人は何故か何より目立つことを嫌い、たまの休みでもこうして部屋で惰眠を貪っている。
それを考えると、映画出演なんてとんでもないことなどすぐに判る。

「嫌なんじゃなくて、うざいんだよ。」
「同じことでしょ。」
目を細めて横目で自分までも睨む恋人に、少女はソファーの縁に置いた自分の手に頭を乗せ溜息を吐く。
「それで、あの台本何なの?それくらい教えてくれたっていいじゃない。」
「・・・・昨日、帰りがけに押し付けられた。」
「押し付けられた?」
「ああ・・・とりあえず断る理由考えとけってな。」

彼の性格を判り切っている彼のマネージャーは、彼の選択など初めから判っているらしい。
とはいえ、本人に理由を考えさせるなど自殺行為な様な気がする。
きっとろくでもないことを言い出すに決まってるのだから。

「ねぇ、本当に断っちゃうの?」
「なんだよ?おまえは俺が映画に何ぞ出て今より有名になって、逢う時間もなくなるほど忙しくなってもいいのか?」
「そ、それは嫌だけど・・・・・」
なにげに自信過剰なことを吐いて頭をぽんぽん叩く大きな手を掴んで止めさせながら、アンジェリークはぽつりと呟く。
「でもショーに出てるアリオスって、いつもにも増してカッコイイし・・・・それが映画ならセリフもあるし、もっとカッコイイのかな・・・・って、ちょっと思ったの。」
「ったく・・・・・バカだな、おまえは。」
「?!なによ、それっ・・・・きゃっ!」
呆れた声で捕まえていた手を急に振り払われ頭を抱えられて、少女は彼の首元に顔を埋める格好になり真っ赤になる。
「んなことないだろう?」
「え?」
耳に直接真摯な言葉を囁かれ、驚いて顔を上げる。
「スクリーン越しより生のほうがこの俺の良さが判るに決まってんだろうが。」
「うっ・・・」
「くだらねぇこと、考えんな。」
尊大にデコをピンッと弾く人に二の句が告げなくなり、アンジェリークはその整った顔を見返してしまう。
そのことに満足したのかそれとも別の何かを思いついたのか、アリオスはその口の端を上げニヤリと笑う。
「な、何?」
「いや・・・おまえが、本当に舞台の上の俺の方がカッコイイと思ってるのかと思ってな。」
「え・・・・・?」
横向きのいかにも狡猾そうなその笑顔に、少女の顔から一瞬血の気が引き再び沸騰するように昇る。

きっとまたろくでもないことを考えてる。
いや、きっとじゃなくて絶対。
その証拠に金と碧の瞳を面白そうに細めてる。
そして頭に回されてる大きな手に僅かに力がこもった気がする。

「え、えっと、今だって十分カッコイイと思うわよ?こんな真っ昼間から部屋で根っ転がってたって、実はメンドくさがりなだけの怠け者が真実の姿だって、わ、わたしは好きよ?」
「ったく・・・・言いたい放題だな。」
「だ、だってホントのことじゃない。」
ククッと喉を鳴らす彼を少しだけ睨みながら、じりじりと捕まえられていない首から下を後ずさりさせる。
「ま、嘘じゃねぇよな。で・・・・スポットライトの下の俺とこうしてすぐに触れられる距離にいる俺、どっちがいいんだ?」
「ううっ・・・・」
しかし空いた手でソファーの上の腕を取られ、逃げられなくなる。
「ほら、さっさと言わねぇと・・・・・」
その上いつの間にか頭にあった手が肩に回され、艶めいた脅しを掛けられる。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!ああ、もうっ!いつだってアリオスはカッコイイわ。でも手が届く分、傍にいてくれるアリオスのほうがいいって判ったっ!だから・・・・映画なんて出なくていいですっ!」
後半はヤケになり、けれど恐らく彼が言って欲しいのだろうそして自分の心に確かにある言葉を口にする。

矛盾していると思う。
けれど、それでも本当になってしまえば寂しさは今以上。
そしてそれは拭い難いもの。
それに本当にやりたいことをして欲しいから。
もっとも他人から押し付けられたことが意に添わなかったら、倍にして蹴り返すのが彼なのだけれど。

「クッ、まったく・・・・・素直だな、おまえは。」
「またバカにして・・・・・」
顔を真っ赤にしてアリオスの腕から抜け出し、アンジェリークは立ち上がる。
「ほら、起きてっ!せっかくコーヒー入れたのに冷めちゃうじゃない。」
「おまえのお茶は色が付き過ぎて渋くなってると思うがな。」
「っ!」
コーヒーカップを彼の前に置き自分の為にティーポットを傾げた少女は、上体を起こして笑いながら膝に肘をつく人の言葉どおりの液体をティーカップに見る。
「な?」
とっくの昔に時を刻み切った砂時計を弄ぶ彼に覗き込まれて、彼女は僅かににじんだ蒼い瞳でキッと睨み返す。


「もうっ!アリオスのせいじゃないっ!バカァッ!」