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雨の日の出来事




雨がしとしと降るとある日。
執務室にいた緑の守護聖カティスは、騒々しく開けられた扉にぎょっとする。

「カティス様っ!」

そこには、金の髪の少女。
女王候補アンジェリークである。
・・・・余談ではあるが、思い込んだら一直線なその気質から、守護聖の一部では影で『ウリ坊』と呼ばれている。
いや、気質どころかその異名の通り毎日聖殿内を駆け回って、光の守護聖を怒らせているのだが。


「ど、どうかしたのか?」
なんとか体裁を整え、とはいえ引きつった笑顔で彼は彼女に尋ねる。
「・・・・・カタツムリ。」
「は?」
「どう思います?」
「どうって・・・・・・」
キッと睨むように見上げる少女に、カティスはいまいち質問の意味が分からず困惑する。
「どう思いますか?」
「・・・・カタツムリはキャベツの葉を食べてしまうな。食べるなとは言わんが、一個丸ごとあらかた食べられるのは困りものだな。」
さらに繰り返し尋ねられて、彼は緑の守護聖らしい感想を述べる。
そこでとある事を思い出し、さらに付け加えようと口を開く。

それがある意味、核爆弾の発射ボタンだと言う事に気が回らずに。

「そうそう、この間みんなにキャベツのスープを馳走してやったんだが、運悪くクラヴィスの皿にカタツムリが入ってってな。くくく・・・あいつ、珍しく表情が変わってたぞ。」
女王候補達にも見せたかった。
そう言って思い出し笑いをする彼は、気付かずにいた。
目の前の少女の顔が青ざめた事に。
「・・・・・カティス様。」
「ん?面白くなかったか?」
先程までの勢いとは打って変わって、沈んだ調子になった声に首を傾げる。
「それでは、クラヴィス様はカタツムリ、お嫌いなんですね。」
「ま、そうかもしれんが・・・・・・」
そこまで言いかけて、ハッと気が付く。


外は雨。
アンジェリークの性格。
そして、闇の守護聖との関係。

そこから導き出されるものは・・・・


「まさか、カタツムリをクラヴィスにプレゼントしたわけじゃ・・・・ないよな?」
否定される事を願って、言葉を紡ぎ出す。
おそらくその可能性は、地の守護聖が公衆の面前でターバン外すより低いだろうが。
「はい・・・・してしまいました。」
そして追い出されちゃいました。
そんなふうにしょんぼりとする少女を見て。
カティスは、まったくあいつは・・・・と小さく溜め息を付く。


宮殿へ来る途中。
彼女は庭園かどこかで見つけたのだろう、それを。
嬉々として、闇の守護聖の執務室に連れて行き。
分からない程度に顔を強張らせた部屋の主に、きっと無言で締め出された。
そして、それが何故だか判らず。
少女は自分のところへ、まさに子猪のごとく突っ込んできたんだろう。
緑の守護聖の話から理由を推測する為に。

困ったことに、彼には光景が手に取るように浮かんでしまう。
「気にする事ないぞ。あいつがカタツムリ・・・いやエスカルゴが嫌いなのは昔からのことだ。まあ、さらに嫌いになったかもしれんと言うなら、俺のせいだろうし。」
「でも、もうお部屋に入れてもらえないかも知れません。」
涙さえ浮かべながらうな垂れるアンジェリークに、カティスはう〜んと唸ってしまう。

なぜこの少女がアレをこんなに気に入ってしまったのか、皆目見当が付かない。
もちろん、彼の友人としてそう思ってもらえるのは嬉しいのだが。
あまりにも二人の性質が正反対すぎて、いまいち現実的に思えない。
―――――――― いや。
正反対だからこそ、惹かれるのか。

・・・どんな結末を迎えるのかは、女王陛下の御心のままだが。


「心配するな。俺からクラヴィスに言ってやるから。」
やれやれ。
首を竦めながらも、彼は彼女を慰める。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ここにいたのか。」

急にぼそっと聞こえたその声に、二人はギクリとする。
開けっ放しの扉を見ると、真っ黒な人影。
「クラヴィス様・・・・・」
「ずいぶんと探したぞ・・・・・・・・」
探したと言っても、上の執務室から階段降りてきただけじゃないか。
彼の数少ない友人は心の中で毒づく。

もっとも、以前ならこの行動はかなり珍しい。
まぁ、この頃では彼女につられたのか。
かなり外向的になって来たのではあるのだけれど。
とはいえ、もちろんカティスには遠く足元も及ばない。

「・・・・おまえ、なに持ってるんだ?」
闇の守護聖の手に気が付き、緑の守護聖は眉を潜める。
「見て、判らぬか・・・・・・」

そこには燭台。
雨が降っているとはいえ、明かりを点すほど暗くはない。
・・・・・・・彼の自室以外は。
事実、刺された蝋燭には燭光はなかった。
代わりに。
女王候補が置きっぱなしにしたと思われる小さな生き物が這っていた。

「・・・・・・取るがよい。」
「え、あの・・・」
差し出され、アンジェリークは燭台とクラヴィスに交互に目線を走らす。
「忘れ物であろう?」
「あ、はい・・・・」
少女は促されて、小さな友人を手に取る。


そんな二人の様子に。
カティスは思わず吹き出しそうになる。
わざわざカタツムリを届けに来たのだ、この男は。
苦手であるにもかかわらず。
彼女の為に。

自分の執務室にそれが存在することが嫌ならば、捨てればいい。
せっかく燭台に張り付いてくれているのだ。
窓際かテラスの端でちょっと振れば、彼の力でも簡単に外に落ちるだろう。
それを身の危険を感じながらも、少女に届けるとは。

実に面白いものを特等席で見ることが出来た。
言ってみれば、目の前でイチャつかれたも同然なのだが。
カティスは大満足だった。


「・・・・・・何がおかしい?」
「いや、なんでもない。」
口元を押さえながら、必死に笑みを堪える。
そして彼女の背を押し、彼に話掛けるように言う。
悪い様にはならないと判ったから。
「あ、あのぅ・・・・・」
「・・・・・以後、その様な者を連れてくるな。」
「・・・・・は、はいっ!」
闇の守護聖を訪ねてもよいと本人から許しを貰って。
女王候補は落ち込んでいたのが嘘のように、喜んで返事をする。

「よかったな、アンジェリーク。」
「はいっ!」
にっこりと笑う彼女。
いつもどおりの少女だ。


また聖殿内を駆け回ってジュリアスに怒られても、光を振りまいてくれるだろう。
ルヴァに心配をかけながらも、森の奥をまた散歩するのだろう。
そして、クラヴィスにまた木登りをさせてしまうかもしれない。

・・・もっとも。
それも、そうは長くは続かないだろうが。

なんにせよ。
あまり変化のないはずの聖地に変化をもたらせたのだから。
アンジェリークの存在は、重要であろう。

たとえ彼女が、女王になろうとなるまいと。
そんなことは関係なく。


「あんまりアンジェリークを困らせるなよ、クラヴィス。」
くくくと笑いながら、カティスは寡黙な友人に進言したのだった。