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You’re just mine
我が求めるのは、器としての存在のみ。
あの者の。
愛も。
心も。
魂さえも。
我には・・・・・・必要ない。
だから、砕いた。
消滅させた。
再び邂逅することが無きよう。
『天使』が天使たる、その証の全てを ――――――――――――― 消した。
かつて、旧き城跡の惑星に建っていた幻の皇帝城。
虚空の城と呼ばれた殿。
今はその名の通り、どこにも存在していない。
そして、どこにも存在している。
全てから切り離され、全てに繋がる孤城。
その一角には、ビロードが貼られた豪奢な椅子。
静かに座るのは、茶色の髪の少女。
天使の名を持つ者。
けれど、その瞳に光は無く。
その体に宿っているのは、僅かな命の灯火のみだった。
彼女を知る者が見たら、その姿に絶望するに違いない。
だが、そのような心配は無用だった。
なぜなら。
少女に接する者は、もう誰もいないから。
唯一人を除いては。
侵略者と呼ばれた黒髪の青年以外は。
突然。
何も無かった空間に闇が生じる。
やがて、それは人の形を取り。
城の主が姿を現した。
彼女の傍に寄り。
その顎を決る。
けれど、その瞳に彼は認識されない。
なんの感情も表わさない。
昔、偽りの姿に向けられた笑顔は浮かばない。
「・・・・・・・・・・・・・・・笑え。」
低い声で命じられたそれに、初めて反応を返し。
彼に向けて。
その小さな口元が緩む。
だが、青年は金と碧の瞳を冷酷に細め。
少女の華奢な体を椅子ごと払いのけた。
派手な音を立てて、長く柔らかい髪が床に広がる。
存在を打ち砕かれてなお『女王』に囚われたままの姿。
時の流れを感じられるのは、伸びゆく髪のみだった。
そしてそれは今、彼女の背丈にも達しようとしていた。
「何故だ・・・・・・・・・」
動かぬ姿を見下ろしながら、拳を握り締める。
余りに強いその力。
指の隙間から、真紅の雫が零れ出す。
だが、それには少しも気を留めず。
少女から目を背けようとはしなかった。
「何故、笑わぬ・・・・・・?」
もう何度、こんなことを繰り返したのだろう?
数えるのも馬鹿らしい。
命じられれば、確かに愛らしくその表情を変える。
けれど、それはかつての彼女のものではない。
ただの筋肉の収縮と弛緩に過ぎない。
『笑み』ではない。
まるで操り人形か、蝋人形のよう。
心ある人の姿ではない。
求めているものではない。
天使の存在を握り潰したのは間違いなく自分自身であるにもかかわらず。
その心を未だ求めているのも、また自分。
もうどこにもいないことを一番知っているはずなのに。
それでも探し続けるのをやめられなかった。
あの時。
彼女の存在を打ち砕いたあの時。
皇帝は欲した少女の復活を試みた。
けれど、如何に最強の名を欲しいままにする魔導の使い手であっても、本人が望まぬ形での再生は不可能だった。
全て、拒まれ。
魔導は撥ね返された。
――――――――――――― いや。
それを行使する魔導士も、もはや望んではいなかった。
失われた少女を取り戻すことは、言い訳に過ぎなかった。
救世の天使と再び逢い見える為の。
限りなく嘘に近くなってしまった目的だった。
視界が開けるように、急に自覚する。
もう・・・・・認めてしまうしかなかった。
今、自分が欲しいのは誰なのかを。
そして、今度は自らの手で求める者を葬り去ってしまったことを。
抜け殻だけを手に入れてしまったことを。
二度と手に入らないことを。
「欲しいものなど、何一つ我の手には入らぬ。」
認めることが出来ずに、拒絶し。
認めれば、既に時遅く。
真なる願いは叶わない。
望みは成熟しない。
ただの一度も。
「だが、」
彼は彼女の側に膝を突き、その陶磁器のような頬に触れる。
これ以上無いくらい辛そうな瞳で。
けれど酷く愛しげな表情で。
その一方で、未だ流れ出すのが止まらぬ忌まわしき血で彼女を穢すことを恐れながら。
「我が身を慰めるには、このほうが良いか・・・・・」
求めに応じ。
少女はその身をゆっくりと起こして、黒い髪が掛かる首に腕を回し彼に唇を交わらせる。
微かに死を匂い立たせた甘やかなる接吻。
それを貪り。
青年は呪いさえ帯びていそうな声色で呟く。
「おまえの愛など、我に必要ない・・・・・・・・」
何時か失ってしまうものなら。
最初から、手に入れぬ方がいい。
期待などもう持たぬ。
我の意になるものだけ、傍に置く。
求めれば応えるものだけが、あればいい。
奪いたいと思えるものなど、もうどこにもない。
何も欲しない。
我は心など要らぬ。
おまえの感情など要らぬ。
安らぎなど求めぬ。
望まぬ。
だが。
だから・・・・・・
「ここで我と共に朽ち果ててくれればいい。」
何も映さない瞳にかすれた声で願う。
なんの感情も浮かばないことを知りながら。
それでもなお、抜け殻の中に探る。
永遠に失われた天使を。
「――――――――――――― おまえは、我のものだ。」