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Celebration
「レヴィー、どうしたの?」
新宇宙の女王は、向かい側のソファーにふんぞり返る養い子の態度に小首を傾げる。
「・・・・・どうしたって、何がだよ?」
「え?だって、眉間にしわが寄ってる。」
鋭い視線で睨まれ、少し驚きながらも少女は自分の眉間を指差す。
「別になんでもねぇよ。」
ふんっと音が出てそうな勢いでそっぽを向く。
そんなふうに言われてしまうと、何も言えなくなってしまう。
「なぁにが、『なんでもねぇ』よ!」
その態度に補佐官がその黒髪の頭を後ろからべチンと叩いた。
「心配することないよ。ただ拗ねてるだけだから、ほっといても大丈夫だって。」
「すね・・・てる?」
きょとんとして、言われた言葉を繰り返す。
「拗ねてなんかいねぇっ!!」
「ヘェ〜、どうだか。」
反論する少年を、レイチェルは鼻で笑う。
「どうして拗ねてるの?」
どうしても判らない。
拗ねられる理由も、なぜ自分の前でそんな態度を取られるのかも。
何か彼に対して悪いことでもしただろうか?
考えてみるが、思い当たる節はない。
「だから、拗ねてなんか・・・・」
「黙んなさい。」
少女に対しても怒鳴ろうとするのに、またしても後ろから叩いて制する。
「アンジェリーク、今日誕生日だよね。」
「うん。」
「それで、18になるんだよね。」
「レイチェルがそう言ったんじゃない。」
女王は流れる季節と時を同じくしない。
一年の時が巡っても、その体と心はほとんど時を止めたままだ。
ならば、その御歳は生体データから推測するしかない。
王立研究院がはじき出したそれに拠ると、今年、歳を重ねることが適当だと判断された。
それを研究院の長が親友に告げたのは、3日前。
今更、何で確認するのか。
「うん、ワタシがそう言った。急なことだったから、祝賀パーティも出来ないけど。」
「ささやかなお茶会だけで十分よ。けど、それがレヴィーの拗ねてる原因と、なんの関係があるの?」
「・・・・・・アナタ、判んないの?」
こっちが尋ねたのに呆れた顔で尋ね返され、彼女はますます判らなくなってしまう。
そんなに答えは簡単なことなんだろうか?
「こういうことに関しては、カンが働かないんだよね。」
「え?」
「チョット!レヴィー、そのお茶、飲むの?!飲まないのっ?!片付かないじゃん!!」
補佐官の感想を聞き彼女を見上げるが、当の本人はまた少年に対して怒ってた。
「・・・・・・飲む。置いとけ。」
不機嫌なまま、彼は返事をする。
「あっそ。・・・・陛下、ほどほどの時が経ちましたら、このコ、ちゃんと追い出して下さい。執務のジャマですから。」
「あっ・・・・・レイチェル!!」
結局答えを与えないまま、親友は使用済みのティーセットを持って出ていってしまった。
妙に空気が重い。
普段なら、この状況は嬉しくてしかたないのに。
この頃はお互い忙しくて、レヴィーになかなか逢えなかったから。
ひょっとしたら二人にしてくれたのは、レイチェルからの誕生日プレゼントかもしれない。
なんだか逢いたかった相手は怒ってるみたいだけど。
「・・・・・・・・・やっと追い着いたってのに。」
ポツリと呟かれた声にアンジェリークは俯いていた顔を上げる。
「レヴィー?」
「なんで、歳食うんだよ。」
「なんでって・・・・だからそれは・・・」
「説明されなくても、判ってるっ!!」
聞かれたことに答えようとしたのに知ってると遮られて、どうしていいのか困ってしまう。
「・・・・・・悪りぃ、やっぱ、俺、ガキだな。」
しょんぼりした少女に気がつき、彼は素直に詫びる。
「やっとおまえと同じ歳になれたってのに、また離されちまう。それが悔しかっただけだ。」
「悔しいって・・・・」
「第一、好きな女より年下なんて、カッコ悪いだろうが。」
ふて腐れてそして照れの交じった顔で語られた理由をとっさに把握できず、けれど次の瞬間思わず笑みが広がる。
「ありがとう・・・・・」
「なんで、そこで礼を言う?俺が年下なのが、そんなに嬉しいのか?」
「あっ、ごめんなさい、違うの。そうじゃなくて・・・・・」
その続きを口にしようとして、赤くなって俯いてしまう。
「だ、だって、『好き』だって言ってくれたから・・・・・」
か細い声に、鬱陶しそうに黒髪を掻き上げようとした手の動きを止める。
「・・・・・くだらないことで、礼なんて言うな。」
「くだらなくなんてないわ!」
「くだらないんだよ、俺は・・・・言葉だけじゃ満足できないからな。」
「え?」
「・・・・・なんでもねぇよ。気にするな。」
自分から少し目を背けるようにする少年に、少女は首を傾げる。
「手、出せ。」
前髪で顔を隠したまま、彼は手を彼女の方に差し出す。
そして何事か呟かれた後、その掌にはリボンで飾り付けられた箱が現れる。
「誕生日プレゼントだ。」
放り投げられ、それは少女の手に届く。
「あ、ありがとう。・・・・・ね、開けてもいい?」
「あぁ。けど、そんな期待するほどのもんじゃねぇかもしれねぇぜ。」
送り主に了承を貰い、するなと言われた期待を持って長細い箱のリボンを解く。
そして白い箱の蓋を開けると、首飾りが入っていた。
喉元に当たる部分に金の飾りが一つ付いただけのごくシンプルなデザインのチョーカー。
「これ・・・・・」
見覚えがあった。
同じ物であるはずはないけれど、よく似たものを身に付けていた頃があった。
「・・・・・・おいっ!」
「ふぇ?」
「なんで泣くんだよ。」
言われて、片手を頬にやる。
確かにそこには水の感触があった。
「あの、うれ・・・・・」
「『嬉しかった』なんて、ふざけた嘘言うんじゃねぇぞ。」
そんなふうには見えないと先に封じられ、アンジェリークは言葉に詰まる。
本当の理由は言いたくない。
誰より何より、過去を苦しんでいる彼には。
昔を語る事なんて出来ない。
「・・・・・・付けてやるよ。」
俯いてしまった小さな頭に少し溜め息を付いて少年は少女の後ろに回る。
手に持っていたプレゼントを奪われしまい、彼女は彼が付けやすい様に頭を少し下げた。
「泣いた訳・・・・・聞き出さないの?」
首に掛かった茶色い髪を横に分けられ顔が隠れた隙に、涙を拭って尋ねる。
チョーカーの冷たい感触が反って自分の背後にいる人物を意識させ、涙で冷えたはずの頬をまた熱くする。
「どうせ、過去がらみだろ?」
「・・・・・どうして?」
「おまえが言わない時は、決まってる。」
行動パターンなんか、お見通し。
そう断言されて、また嬉しくなる。
単純だと馬鹿にされている可能性もあるのだが。
それよりも自分と言う人間を判ってもらえていることに、小さな幸せを見出してしまう。
それを口にすれば、また『くだらない』って言われるのだろうけれど。
隠れてくすくす笑っていると、金具を止めていたはずの手が突然前に回された。
急に抱きしめられた格好になり、心臓が大きく跳ねる。
「レ、レヴィー?」
何が起こったのか判らず、けれど振り返る事も出来ずに戸惑いながら、少年の名を呼ぶ。
「悪い。・・・・限界だ。」
「え・・・何が?」
「・・・・・・これで我慢してやるから、少しじっとしてろ。じゃないと・・・・なにするかわかんねぇぜ?」
からかっているのか、本気なのか。
首筋になんだか挑戦的な台詞を吐かれて、一気に血が昇る。
彼の忠告の通り、思わずその身を固めてしまうが。
少しの笑みを浮かべて、いつのまにか逞しくなった腕に手を添える。
「もう一つのプレゼントね。」
「何がだ?」
不可解そうな声が耳の近くで上がる。
「あなたに抱きしめてもらえて、嬉しいから。」
自分の言葉に絶句した様子を見せた彼に少し凭れ掛かる。
「こんなことぐらいで・・・・」
「嬉しがるな、でしょ?でも、わたしは嬉しいの。」
ふふっと笑って、言葉を先回りする。
「おまえなぁ、んなこと言ってると・・・・・」
「喜んじゃいけないの?」
「・・・・・・・・・・・・もういい。好きにしろ。」
諦めたような呆れたような苦笑い漏らした少年に、少女は更に強く抱きしめられ嬉しそうに微笑んだ。
「次の誕生日の時は、ブレスレットがいいな。」
ふと思い付いて、強請ってみる。
めったに言わないわがままで。
「・・・・・憶えてたら、な。」
「うん。」
思い出さなくてもいい、けれど憶えていて欲しい。
遠い過去も。
今のこの時も。
未来の祝するその日に、あなたが笑っていられるように。