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Hymn 〜 Angelic Arietta番外編 〜




「コンサートだぁ?」

「うん。」
わたしは目の前で片方の眉を上げたアリオスに頷く。
「クラスの子にね、チケット譲ってもらったの。あっ、招待券だから、お金の方は大丈夫なのよ。ねぇ、一緒に行こう?・・・・・ダメ?」
「招待・・・・・な。」
彼はわたしの手から、チケットを奪ってその文面を流し読みする。
「俺に俺より下手な奴のピアノを聴けって言うんだな、おまえは。」

貰ったのは、最近海外で活躍しているピアニストの凱旋コンサート。
何度もコンクールで優勝している人物を自分より下手だと酷評するのは彼らしい。
わたしにとって、誰の演奏よりも好きなのはもちろんこの人のピアノなのだけど。

「下手かどうかなんて、どうして判るのよ?」
「・・・・・さぁな。」

また話をぼかす。
いつものことだけど、なんでこの人はこんなに自分に秘密にするんだろう。
わたしのことは根掘り葉掘り聞くくせに。
不公平だわ。

「そんなことより、さすがボンボンの学校だな。一応、プラチナチケットだろ?」
「どういう意味よ?なんかその言葉、トゲがない?」
眉を顰めてわたしは咎める。
「なかなか手に入らないものをポンッと人にやるくらいだ。金持ちの道楽以外に考えられないだろ?」

なんだろう?
やけに突っかかる。
確かにこのコンサートは即日完売していて、手に入りにくいものだけど。
せっかく、くれたのに。
そんな言い方って、ないと思う。

「さもなきゃ、下心ミエミエってヤツじゃねぇか。」
「・・・・・・・・は?」
「ま、クソガキの苦労も当の本人が気付いてなきゃ、水の泡だがな。」
「なに、言ってるの?」
鼻で笑ってチケットをテーブルに滑らす彼に、わたしは首を傾げる。
「2枚あって、それも招待券だ。それはそれはVIPないい席だろうな。ピアノ好きな女誘うにはいいエサだろう?」
「ちょ、ちょっと待って。」

なに、この人。
・・・・・・あれ?
やだ、これって。
ひょっとして・・・・・

「ヤキモチ、妬いてるの?」

「っ!この俺がガキ相手に、ヤキモチなんか妬くかよ!!」
「だっ、だって・・・・」
怒鳴られて、反射的に身を竦める。

どう考えても、そうとしか考えられない。
やけに突っかかる態度も、いつもよりトゲのある言葉も。
理由がそれなら、なんとなく判る。
というか、それが理由なら嬉しいんだけど。

「なにニヤけてるんだよ?!」
「え?な、なんでもない。」
考えが顔に出てると指摘され、一生懸命頬を引き締めてみる。
「あのね、そのガキとわたし、同い年なのよ?判ってる?」
「それがどうした?」
「アリオス、ガキと付き合ってることに・・・・なるのよ?」
「おまえはいいんだ、おまえは。」
特別だと言われて、また頬が緩み出す。

どうしよう、すごく嬉しい。
この人がこんなに自分のこと想っていてくれたなんて。
信じてないわけじゃないけれど、第3者に入り込まれてこんなふうになるとは思わなかった。
そりゃ、わたしがナンパされてると蹴り入れたりしてるけど。
当たり散らす相手がいないと、こんな態度を取ってくれるなんて。
思いもよらなかった。

「ねぇ?」
「なんだよ?」
未だ不機嫌そうに彼は返事する。
それにクスッとわたしは笑う。

「わたしが好きなのは、アリオスだけよ。」

「・・・・そんなことは、知ってる。」
「うん。」
わたしの言葉を聞いて少し照れくさそうにする彼に胸躍る。
「コンサート・・・・ダメ?」
もう一度強請ってみる。

だって、コンサートに行きたいのはこの人とだから。
一緒じゃなかったら、行っても楽しくない。

「確か・・・・水曜だったな。」
懇願するわたしに負けたのか、溜め息を吐いて碧の視線をこちらに投げかける。
「居眠りしててもいいのなら・・・・いいぜ。」
「あ・・・ありがとう!」
今出来る最上級の笑顔で礼を言う。

甘えたいわけじゃないけれど、それでも側にいたい。
ヤキモチも妬いて貰いたいし、好きだと言って欲しい。
それは、彼に言わせると『ガキのわがまま』なのかもしれないけれど。
それでも、それがわたしの心が求めるものだから。
嘘はつけない。

「ハッ、口だけの礼なんかいるかよ。」
「・・・・・・・・え?」
楽しげな声に顔を上げると、半分想像した通り頬杖をついた顔に意地の悪そうな笑みが浮かんでいた。
・・・・もう、この人は。
「たっぷり、サービスしてもらおうじゃねぇか。なぁ、アンジェリーク?」
それを聞いて、顔が一気に赤くなるのが自分でも判る。

・・・・なんか。
墓穴、ほっちゃったかな?
なんでそういうことを平気な顔で言えるのかしら。
頭に血が昇りすぎて、クラクラしそう。

彼の台詞にすごく恥ずかしくなり。
けれど、ふと忘れていたことを思い出す。
彼に逆襲できることを。

「一つ、言ってもいい?」
口許に指を当てて尋ねる。
「なんだ?」
「チケットくれた子ね、」
「・・・・あぁ?」
話を穿り返したわたしを目を細めて睨む。
けれど、そんな瞳に負けずに言葉を続ける。

「女の子よ。」

「な・・・・・・に?」
「『行けなくなったから、彼氏と行ったら?』って、くれたの。」
自分の言葉を聞いて、図らずも固まった彼に笑いが止まらない。
取り越し苦労はアリオスの方なのだ、実は。
ヤキモチなんて、妬き損。
わたしには、とても嬉しい事実なのだけど。
「なにが可笑しい?!」
「ふふっ、だって嬉しいんだもん。」

怒鳴る姿さえ好きだなんて、思ってもみないんだろうな。
そんなに彼を思ってる自分が、時には怖くなるけれど。
それでも、出会えたことは幸せだと思うから。

「コンサート、約束よ。」

左の小指を差し出して、わたしは大好きな人に笑顔で指切りをまず強請ってみる。


それは、ごく平穏な。
けれど、幸せな日の出来事。