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The tradition of Bouquet
「やっぱり、いいなぁ〜。」
親友の結婚式に招かれたアンジェリークは、彼女のドレス姿に胸の前で手を組んでうっとりとする。
「わたしもまたあんなの着たいなぁ。」
「・・・・・冗談じゃねぇ。」
隣で恍惚としている少女を目の端で見て、本当にうんざりした様にアリオスは煙草を吹かす。
「あんなめんどくせぇこと、二度とゴメンだぜ、俺は。」
「めんどくさいって・・・・・」
「それとも、何か?俺と別れて、他の奴とやるのか?」
「そんな訳ないでしょう?!もうっ!可愛い奥さんの着飾った姿見るのが、そんなに嫌なわけ?」
頬を膨らまして、彼女は旦那様を睨みつける。
「判ってねぇな。」
溜め息を吐いて、彼は膨らんだ頬を突っつく。
「おまえが着飾るのはいい。だがな、それに俺を付き合わすな。」
「花嫁さんの横に花婿さんがいなくてどうするのよ?」
アンジェリークは眉を顰めてアリオスを見る。
「わたしはあなたの横でしか、ウェディングドレス着ないんだからね。」
「・・・・じゃあ、もう充分だろうが。」
「ううん、まだ着足りないわ。」
あっさり言われて、青年は頭を抱えそうになる。
「アンジェの方が上手みたいだネ。」
「あっ、レイチェル♪」
クスクス笑って、本日の主人公の一人は招いた客人に挨拶する。
「来てくれて嬉しいヨ、アンジェリーク。」
「おめでとう、レイチェル。きれいよ。」
「ありがとう。」
親友の言葉に本当に嬉しそうに、白いドレスの花嫁は微笑んで彼女と抱き合う。
けれど、視線を隣に移すとその表情は呆れ顔に変わる。
「で、そっちの不機嫌そうなご主人サマは、お褒めの言葉とか祝福の言葉はないワケ?」
「俺がこいつ以外の女を世辞でも褒めると思うか?」
愚問だと言い切って、彼は煙草の火を消す。
「褒めてもらいたかったら、堅物の旦那に褒めてもらえ。」
「ご挨拶だネェ〜。おあいにくサマ、ちゃんと褒めてもらったヨ!」
「そりゃよかったな。」
ノロケを聞いて、彼はケッとそっぽを向く。
「ねえ?わたし、アリオスに褒められたことなんてあったっけ?」
親友に抱き付かれたまま、少女は考える振りをする。
「いつも褒めてやってるだろうが。」
「そうかしら?今朝だって、着て行く服迷って『どれがいい?』って聞いているのに、『なんでもいい』って言うし。」
「なに着てたっていいんだよ、おまえは。」
「え?」
「おまえは、俺の側にいればそれでいいんだって言ってんだよ。・・・・・判ったか?」
何故か不貞腐れたように口から零れたそれに、今日の花嫁は吹き出しそうになる。
「ハイハイ、ごちそうサマ。ま、ゆっくりしていってよネ。」
主役はアタシなんだけどなぁ。
その言葉を飲み込んで、彼女は他の人に挨拶しに行ってしまった。
「も、もう、レイチェルったら。」
アンジェリークは突然思いがけないことを言われたのとからかわれたのとで、熱くなってしまった頬に両手を当てる。
「だがな・・・・・・」
「ん?なぁに?」
「・・・・・着てなきゃもっといいと思うが。」
「アリオスッ!!」
けれど隣でクッと笑われ呟かれた台詞に、反射的にその長い足を蹴っ飛ばした。
その帰り道。
少女は歩きながら、小さな花束を鼻許に寄せる。
その香りを吸い込み感激したように、今日何度目かの同じ言葉を漏らす。
「キレイだったなぁ、レイチェル。」
「なんだよ、まだ着たいのかよ?」
彼女の手の黄色い花に目をやりながら、彼もまた同じ言葉を口にする。
「んなもん、貰いやがって。」
「いいの、女の子の夢だもん。それに、これは式に使った本物じゃないもの。」
式の後、教会の庭で開かれたガーデンパーティ。
そこで親友を彩っていたモノの一部。
古くから言われている御利益は、あまりない。
・・・・・・・・と思う。
「それでも、欲しい奴はごまんといるだろうよ。」
呆れ気味にアリオスは呟く。
「恨まれるんじゃないか、いくら親友だって言っても結婚してるおまえが貰うってのは。」
「うっ・・・・」
夫の的確な意見に妻は言葉に詰まる。
「い、いいもん、恨まれたって・・・・・」
ビクつきながらも、開き直る。
「あなたの奥さんでずっといられるのなら、恨まれたっていい。」
「・・・・なに?」
隣を歩く少女の言葉に青年は眉を寄せる。
「わたしは一生アリオスの花嫁さんでいたいの。」
だから、ドレスを着たいし、ブーケも欲しい。
望みが叶うのなら、恨まれるくらいのこと構わない。
それが彼の側にいることの許しとなる証になるのなら。
誰もがそのことを認めてくれるなら、それでいい。
「・・・・・・・・・ば〜か。」
「ば、馬鹿ってなによっ?!」
言われた貶しに、自分の言葉に頬を染めたまま目を吊り上げて横を見上げる。
「俺以外の誰が、おまえを嫁に貰うって言うんだよ?」
「誰がって・・・・・」
「おまえは俺の女だ。誰が手放すか。」
願いを当然のことだとバッサリ切り捨てられ、アンジェリークはふわっと微笑む。
「着たけりゃ、着りゃあいいだろ?別に構やあしねぇよ。」
立ち止まって煙草に火を付けながら、しつこいくらいの彼女の言葉を了承する。
「俺は人寄せパンダな真似はしないがな。」
「・・・・いいわよ。あなたが隣にいなきゃ、一人でドレス着ても仕方ないもの。」
「突っ立ってるだけでいいなら、立っててやるぜ。まぁ、」
彼は指に煙草をはさんだまま腰を折り、少女の鼻先で口の端を上げる。
「花嫁の色香に狂わされて、そのまま掻っ攫ってどっかに閉じ込めちまうかもしれねぇがな。」
艶麗な表情でされた告白に、一度見開かれた蒼の瞳を嬉しそうに細めて。
今日、世界で二番目に幸せな花嫁は、ブーケを持ったまま花婿の首に抱き付いたのだった。