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Angelica
「・・・・・・・客?」
自分に仕える青年が告げた言葉に、レヴィアスは怪訝そうに片眉を上げお茶をテーブルに置く彼を見る。
「ええ、アンジェリークの学校の課題でグループでこの地域の歴史を調べるんだそうです。それで古くから建つこの屋敷なら何かあるだろうと・・・勝手に許可いたしましたが、よろしいかったですよね?」
「・・・・・・・・アンジェリークも課題を押し付けられたのか?」
「押し付けられたって・・・・当たり前です、勉学は学生の本分です。」
屋敷に部外者が来ることよりも、せっかくの休日を少女とともに過ごせないことが不満らしい主に、カインは小さく溜め息を吐く。
「私が屋敷内を案内しますから、レヴィアス様は今日一日おとなしくしていてください。くれぐれもアンジェリークの立場が悪くなるような行動は控えてください。」
「判ってる。ぐだぐだと説教じみたことを言うな。」
「・・・・・・・・・説教ではなく、ご進言です。」
ソファーの肘掛けに肩肘を付いて不機嫌そうにお茶を飲む主に彼はもう一つ溜め息を吐き、客人を迎えに行った少女とその友人の到着を僅かに暗い気持ちで待つのであった。
「カインさん、この剣は?」
「それはこの館を建てられた方のものですね。刃が潰してありませんので、危ないですから触らないでください。」
友人が指差した屋敷内の骨董品類いを一つ一つ説明する執事に、アンジェリークは感心する。
ここに住んでいる時間は自分の方が長いのというに、彼の口からは惑いなく言葉が出てくる。
というか、そこにそれらがあるのが当然になっていて、気にも留めなかったのだが。
「アンジェリーク、どうかしましたか?」
「え?あ・・・・すいません、なんでもないです。説明続けてください。」
ぼんやりしていたのを見咎められて、少女は慌てて謝る。
「そうですか?では・・・・ニ階へ場所を移しましょうか。」
「え?でも、レヴィアス様が・・・・・」
微かに顔を顰めて告げられた促しに、彼女も微かに顔を強張らせながら小首を傾げる。
階上が館の主のプライベートなスペースであることは、この館に住むものであれば誰でも知っている。
そして休日である今日、その青年はそこにいる。
いや。
いてもいなくても、自分の領域を侵されることを彼は好まない。
茶色の髪を持つ大切な少女以外は。
「ちゃんと許可貰ってますから大丈夫ですよ。それに廊下に置いてあるものをお見せするだけですから。」
心配そうな顔の彼女に心の中では同意しつつも宥め、カインは先を歩いて玄関前の階段まで行き登り出す。
しかしその時なんとなく不機嫌そうな顔を階段の上に見つけて、悪い予感が頭の中を駆け巡り眉間のしわが一気に深くなる。
「レ、レヴィアス様・・・・・・」
「あ、こんにちは〜」
「お邪魔してます。」
そんな固まった彼の後ろで少女達は、黄色い声で無邪気に挨拶する。
「ああ。」
大して興味なさそうに返事する主人に、一番後ろにいた少女は先頭の青年とは別の意味で不安が頭を過ぎり、表情に影を落とす。
階段の手摺りに体をもたれさせて執事と友人が通り過ぎるのをやり過ごしていた青年に近寄り、アンジェリークは二色の瞳を持つその顔を見上げる。
「あの、うるさかったですか?」
「いや・・・・どうしてだ?」
「二階へ上がろうとしたら、わざわざ出ていらしたから。それに・・・・」
「ん?」
言葉を切って僅かに俯いた少女の髪を撫で、レヴィアスは先を促す。
「いつもは居間でくつろがれてるのに、今日はお部屋にいらっしゃるし・・・・」
その申し訳なさそうな小さな声に、青年は苦笑する。
いつも下にいるのは、少女の為。
出来ることなら、誰の目にも届かない所に閉じ込めたいが。
うるさいお目付け役も、他の使用人もいる。
なにより、今はまだ彼女に無理はさせたくない。
しかし二人っきりになれば、ますます自制が効かなくなる気がする。
けれど愛しい少女をいつも傍に置きたい。
その結果、人の目がある居間にいるだけのことなのだが。
「俺が下にいれば、邪魔だっただろう?」
「そんなこと・・・・・」
ふるふると頭を振って否定する彼女に小さく笑って目を細め、彼は先に行く者たちに僅かに視線を向ける。
「レヴィアス様・・・・・?・・・・ゃっ!」
その主人の行動の意味が判らず、小首を傾げようとした少女はいきなり腕を掴まれて引っ張られる。
突然のことに驚き悲鳴を上げ掛けるが、大きな手に口を塞がれ飲み込まされてしまう。
「え、あのレヴィ・・・・・んんっ・・・・・」
そして皆からは死角となる曲がり角の壁に体を押さえつけられ、今度は口で唇を塞がれる。
吐息さえ奪われるようなくちづけに小さな手で彼の服を握り締め、アンジェリークは慣れない行為にすぐに霞掛かる意識の中、必死に体を支える。
「んぅ・・・・・はぁ、レヴィアス・・・・さ、ま?」
ぼんやりとした表情で見上げる顔に満足そうに笑い、レヴィアスは濡れた口元を指で拭ってやる。
「予約だ。」
「よ、やく・・・・?」
ボーっとしたまま言葉を反芻して訊ねる彼女に金と碧の瞳を細める。
「ああ、おまえの今夜のな。」
「・・・・・・え?」
「夜がイヤなら、今ここででも構わないが?」
一瞬その言葉の意味が判らず、アンジェリークは面白そうに口を歪める人を空ろな瞳に映す。
そしてその表情から彼が言いたいことを理解して、カーッと一気に顔を赤らめる。
「あ、あの、レヴィアス様・・・・」
腕の中で頬を染め俯いて恥じらう少女に、青年は小さく喉を鳴らして笑う。
「頷かないのか?ならば、仕方ないな・・・・・」
「ぁっ・・・・ちょっ、レヴィアス様っ!」
顎に手を掛けられ持ち上げられて再び唇を奪われそうになり、彼女はあたふたと慌てる。
「そっ、ダメです・・・・・っ!」
声を顰めて身を竦める幼い恋人に頬を緩め、触れずにその顔を覗き込む。
「頷いてくれるだけでいいんだがな・・・今は。」
「あ・・・・・はい、レヴィアス様・・・・・今夜・・・・」
「ああ、今夜な・・・」
真っ赤になりながらも逢瀬の約束に了承する彼女の茶色い頭を優しく撫で、レヴィアスは甘い匂いを放つその体を名残惜しげに解放する。
「おまえの友人がいる間、おとなしく部屋で過ごすとしよう。」
「あ・・・・すいません、レヴィアス様のお屋敷なのに・・・・」
「いや、見てると邪魔をしそうだ。おまえを独占したくて、な・・・・」
申し訳なさそうに見上げる唇を軽く宥めるようにくちづけて、彼は小さく笑う。
その自分だけの向けられる鮮やかな笑顔に、アンジェリークは見惚れる。
「アッレー、アンジェー、どこ行ったのーっ?!」
しかしその時自分の名を呼び声を聴き、彼女はハッと今の状況を思い出す。
「ほら、呼んでるぞ。」
促されて少女が壁から少し頭を出して覗くと、きょろきょろしている友人達とげんなりとした表情を浮かべる執事の姿が見える。
「はい・・・・それじゃ、レヴィアス様・・・・・・」
一歩二歩歩き出して振り返り恥じらいつつ微笑んだ顔に頷いて見せ、レヴィアスは慌てて駆けていく行く後ろ姿を目を細めて見送る。
そして口の端を上げたまま傍らの重厚な扉を開け、館の主人は今夜を楽しみに書斎に篭もるのだった。