戻る

Time of a promise that it not kept




「ん〜、いい天気ね。」

日の曜日。
親友との朝食を終え自室に戻ってきた少女は、窓から注ぐ日の光と愛らしい小鳥の声に知らずと微笑む。
「これなら外でお昼食べたら、気持ちいいかも。」
テラスに出て空を見上げ、アンジェリークは恋人と過ごす休日を思い描く。

気が遠くなるほど遠くにいる彼。
それでも逢いに来てくれる。
離れている距離を感じさせないでいてくれる。
ワガママで子供っぽいところもあるけれど、優しい人。

「来るのは、お昼近くになるって言ってたわよね・・・忙しいのかな?」
昨日来た手紙の文面を思い出し、少女は手すりで頬杖を付きながら首を傾げる。
「でも自業自得よね、大した用もないのにすぐにこっちに来ちゃうんだから。だから執務が溜まっちゃうのよ。」
拗ねたように膨らました頬を少しだけ染めて、彼女は体を起こす。
「さてと・・・それじゃ、お昼の用意しようかなぁ。まだ時間があるから、ゆっくり出来・・・え?」
振り返り部屋の中に戻ろうと足を踏み出すが、前に進むどころか後ろに引っ張られる。
というか、何かが体に回されていて身動きが取れない。

ふと胸元に目をやれば、見覚えがある腕。
心地よい温もりと匂い。
力強いにも関わらず、柔らかな抱擁。

「アンジェ・・・」
そして耳元で自分の名を囁く低い声に、アンジェリークは驚いて後ろを見上げる。
「レ、レヴィアス・・・なんで・・・・?」
「クッ、何をそんなに驚いている?」
「だ、だって、今日はお昼近くになるって、昨日・・・・」
真っ赤になってどもりつつも理由を口にすると、いきなり現れ自分を抱きしめる恋人は面白そうに笑う。
「アンジェリーク、我がおまえとの約束の時間を守ったことがあったか?」
「それは・・・確かに、ないけど・・・・」
何故か自慢げに訊ね返す人に向き直らされながら、少女は小さく溜め息をつく。

そう。
気が遠くなるような距離をゼロにしてしまえる彼が、彼女との逢瀬の時間を守ったことはない。
ただそれは遅れてくるのではなく、ずいぶんと早く来てしまうというものだが。
けれどそれでも今日ほど早く来ることはめったになく、あまりに突然現れたので、素直に驚いてしまった。

「どうしてこんなに早いの?なにかやらなきゃいけないことがあったんじゃないの?」
「我でなければならぬことは、ちゃんとしてきたが?」
つまりは本来彼がやるべきことだが彼じゃなくてもいいことは誰かに押し付けてきたという青年に、ますます深い溜め息が出てしまう。
「レヴィアス・・・そんなことばかりしてちゃダメよ。別にあなたがやらなくてもいいことでも、あなたに知っておいて欲しいことだから、執務としてあなたのところに持ってくるんでしょう?」
「ああ・・・判ってる。」
「あっ、もう・・・・本当かしら?」
諭している最中にもかかわらず今度は正面から抱きしめてきた人に少々怒ったふりをしながらも、アンジェリークは暖かな胸にも垂れて広い背中に腕を回す。
「本当だ。ただせっかくのおまえとの休日を、下らぬことで潰されたくないと思っただけのこと。必要ならば、ちゃんと帰ってから目を通す。」
「・・・・本当に?」
「それがおまえの願いなのであろう。そしてそれが我に我が天使が与えた役目だ。」
「レヴィアス・・・・」
鮮やかな笑みを浮かべ自分を見下ろす彼に一瞬見惚れ、彼女はふわっと微笑み小指を差し出す。

「うん・・・・約束よ?」
「ああ、その約束は守ろう・・・」
「・・・っ?!」

しかしその指に恋人のそれが絡まると同時に唇を深く奪われて、少女はそれに翻弄されて体から力が抜ける。
「約束の証だ。」
「・・・・・バカ。」
たくましい腕に支えられながら息を整え、アンジェリークは赤くなった顔で恨み言を呟く。
しかしそんな表情と言葉にも彼は嬉笑を浮かべ、金環が嵌まる左手を取りそっと唇を寄せる。
「先程のくちづけだけでは不足だったか?」
「っ?!そっ、そんなことないからっ・・・・大丈夫っ!」
艶めいた囁きに一瞬のうちに茹だり、彼女は慌てて彼の言葉を否定し身を離す。
「そうか・・・それは残念だな。我はおまえの肌にしっかりと刻み付けたかったのだが・・・」
「レ、レヴィアスッ!」
「まぁ、それは今宵ゆっくりとな・・・・」
相変わらず自分勝手でワガママな人のからかいとも本気ともつかない言葉に、アンジェリークの顔はますます熱を帯びる。

「おまえに逢うことばかり考えていた。」
その熱い頬に手を伸ばした彼は愛しさに金と碧の瞳を細め、指先に感じる柔らかさに満足そうに笑う。
「うん・・・・わたしもあなたに逢いたかった。」
その自分の顔を撫でる大きな手に自分の手を重ね、彼女も嬉しそうに笑う。
「逢いに来てくれてありがとう、レヴィアス。」
「クッ・・・・このようなこと、礼を言われるまでもない。」
青年は反対の手をもう一方の頬に沿え、そっと蒼い瞳を閉じる少女と今度は触れるだけのくちづけを交わす。



そして予定よりほんの少しだけ長い逢瀬を、甘い時として二人は過ごすのだった。