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午 睡




「レヴィアス、美味しかった?」


太陽が天上から僅かに降り始めた頃。
広い広いこの宇宙の女王のプライベートガーデンの真ん中で、少女は自分が作った昼食を平らげた恋人に訊ねる。
「クッ・・・ああ。」
「よかった。」
フッと二色の瞳を柔らかく細め頷く彼に、彼女はほっとして微笑み返す。
もっともさっきまで散々料理作りの邪魔をされ、頬を染めながらもプンスカ怒っていたのだが。
けれどその人のために作ったものを褒められて、素直に嬉しさが込み上げる。
「喜んでくれて、幸いだな。」
しかし続いた彼の言葉に、その笑みは一瞬のうちに消える。
「・・・・?どうした?」
「そのセリフは、わたしが言うべきことじゃない・・・それに、レヴィアスはわたしが喜ぶから、頷いたの?」
少し拗ねたような少女の声に、レヴィアスは自分の言葉に彼女が何を連想したのか気付き苦笑する。
「違う、そうではない。勘違いするな・・・美味いのは本当だ。このような料理、おまえを出会うまで食べたことがなかったが。」

恋人が自分に作ったのは、けして豪奢な料理じゃない。
自分が邪魔して時間がなくなったせいなのか、品数も少なく簡単なお弁当と言う雰囲気だ。
少なくともテーブルクロスが掛かった食卓で、銀のナイフとフォークを使って食べるようなものではない。
こうして外で日の光の下で食べるに適したもの。
『女王』と『皇帝』の肩書きを持つ者が食べるには、余りに庶民的すぎる料理。
だが・・・・正直に美味いと思う。

「大体、我が世辞など言うと思うか?不味いものを美味いとは、口が裂けても言わぬ。」
「それは・・・そうだけど・・・・」
「それにだ、」
尚も不服そうに自分を見る蒼い瞳の持ち主に、青年はその表情の愛らしさに頬を緩めながら手を伸ばす。
「おまえがこうして我の傍にいて我を見つめていてくれるならば、それだけで美味さが増す。それが笑顔ならば尚更のことだ、我が一番美味いと思うのはおまえだしな。」
一気にボウッと赤くなった顔に笑い、彼は小さな顎に手を掛ける。
「だから笑っていろ、アンジェリーク・・・・」
「あ・・・」
近づく顔をぼんやりとした思考で見とれながらも、少女は慌ててそれを押し止める。
「ダメ、誰かに見られたら・・・・」
「別に構わんだろう。我とおまえの関係を知らぬ者がこの宮殿にいるとは思えぬが?」
「そうじゃ、なくて・・・・」
吐息が掛かる距離で今度は彼に不満そうに言われ、アンジェリークは小さく首を振る。
「恥ずかしいから、見られたら・・・・」

誰かに秘密にしたい訳じゃない。
ただ純粋に恥ずかしいだけ。
女王の立場とか、欠片も考えない。
ただ一人の少女としての感情。

「わたしとあなたの関係が秘密じゃなくても、こういうことをするのって二人だけの秘め事でしょう?」
頬を染めたまま、少女は目の前の金と碧の瞳をまっすぐに見つめ自分の気持ちを呟く。
「だから・・・誰かに見られるのはイヤだし、恥ずかしいの。」
潤んだ眼差しでそんな事を言われても効果がないと思いつつも、レヴィアスは笑って蒼い瞳を覗き込む。
「・・・・レヴィアス?」
「くちづけしている姿を、他の者に見られなければ良いのだな?」
「え・・・・?」
戸惑い首を傾げる彼女に目を細めながら、黒髪の青年はマントの端を摘まみ翻し小さな体を頭からすっぽりと包み込む。
そして再び頤を持ち上げ、薄暗い中にある桜色の唇に自分のそれを寄せる。
「んっ・・・・」
そんないつもながらの少々強引とも言える手段に少し呆れながらも、アンジェリークは頬を染めて彼を受け入れ蒼い瞳を伏せる。
「クッ・・・これならば、見えぬであろう?」
「・・・・・・バカ。」
目的を果たし満足そうに笑う年上の恋人に、少女は甘さを含んだ溜め息を吐き上目使いで睨む。

しかし不意に体を離され、彼女は急に温もりを失った寒さと寂しさに僅かに震える。
「・・・どうしたの?」
けれどそれも束の間、彼はマントを外しふわっと肩にそれを掛けてくれる。
そして何の了承もなく、勝手に自分の膝を枕にして寝転んでしまう。
「レヴィアス、眠いの?」
スカート越しに髪の柔らかさと重みを感じながら、少女は自分を真反対に見上げる人の顔を覗き込む。
「ああ、少しな。」
さらさらと茶色い髪を肩から零れ落とすその姿に軽く笑い、レヴィアスは腕を上げ柔らかな頬を撫でる。
「ひょっとして・・・・睡眠時間削って、昨夜執務してた?」
「まぁ、そんなところだな。」
気がついたように眉を顰め訊ねる彼女に、彼は何でもないことだとでも言うように嘯く。

「・・・・ごめんなさい。」

「ん?」
「朝、ヒドイこと言っちゃった。レヴィアス、ちゃんとお仕事してたのに・・・」
しかししょんぼりと肩を落とし謝罪する少女に、青年は心の中で動揺し苦笑する。
「別に全てをこなして来た訳じゃない。だからおまえの苦言は間違っておらぬぞ。」
「でも・・・・」
「おまえと共にある為ならば、なんだってする。だから気にするな、我が望んでやったことだ。」
「・・・・うん。」
翳りを残しながらも淡く微笑んで頷く恋人に目を細め、彼は傍らに置かれた細い手を取り自分のそれを絡める。
「それにおまえがおらぬ褥で一人寝するよりも、おまえの膝を借りて眠る方がよいしな。」
「レ、レヴィアス・・・」
そしてもう一方の手をぼんやりとした瞳で覗き込んだままの少女の唇に伸ばし、指先で艶めいたそれをなぞる。
「だがどうしても詫びがしたいというのならな、今宵納得いくまで尽くしてくれて構わぬぞ。」
「?!」
ニヤリと口の端を上げ悪い笑みを浮かべる人に絶句し、アンジェリークは口をぱくぱくとさせ沸騰したように真っ赤になる。

「ねっ、眠いんでしょう・・・?このままお昼寝していいから・・・」
やっとのことでそう言うと、少女は掴まれていない方の手で黒髪を撫で眠りを促す。
「クッ・・・ああ・・・」
その心地よさにふっと表情を和らげ、青年は素直に金と碧の瞳を閉じる。
そんな彼の端正な寝顔にしばし見とれ、ふと思い付いたように彼女は頭を撫でる手を止める。
収まりかけていた頬の熱を再び僅かに上昇させ、思い迷いながらその手を恐る恐る眠る人の頬に沿える。
「・・・?アン・・・・」
その少女の行動を不審に思い、レヴィアスは目を開き掛ける。
だが唇に触れた柔らかな感触に驚き、しかしすぐにそれが何なのか気付いて薄く笑い、もう一度瞳を伏せる。

「・・・・恥ずかしいのではなかったのか?」

「きゅ・・・・宮殿からは見えないわ。わたしの後ろにあるもの。」
「そうか・・・」
真上にある上気した顔を嬉笑に満ちた瞳で見上げ、青年は握り締めていた小さな手を唇に寄せる。
「天使からの祝福で、いい夢が見られそうだ。」
「レ、レヴィアス・・・・」
手の甲に吐息と共に告げられた言葉に、少女は恥ずかしさに身を竦める。
「だからもうしばらく、我に触れていてくれぬか?おまえの夢が見られるよう・・・」
けれど思わぬ彼の甘えにアンジェリークは蒼い瞳を丸くしてクスッと笑い、再び柔らかな髪を優しく撫で始める。

「おやすみなさい、レヴィアス・・・・」