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六 花




一面真っ白な景色。

夕暮れ時のその中を茶色の髪の少女は、きゅっきゅっと音を立てながら楽しそうに歩く。
そしてまださらさらとした雪を掬って取り、その冷たさにはしゃいだように笑う。

昨夜から降っていた雪は、昼過ぎまで降り続き。
この辺り一帯を銀世界に変えた。
そして彼女が住むこの屋敷も例外はなく。
真っ白に美しく染め上げ、少女の心を浮かれさせた。


「珍しい・・・こんなに積もるなんて。」
広い庭の雪化粧した木々を見上げ、アンジェリークは白い吐息を吐きながら呟く。
「でもなんか嬉しいな・・・」
恐らく明日には溶けてしまうだろう雪を愛で、少女は上機嫌で再び歩き出す。
「・・・・アンジェリーク。」
「?!」
しかし名を呼ばれて振り向くと同時にいきなり何か温かな温もりに包まれ、強引に身を引き寄せられる。
突然のことに少女は驚いて小さな体を強張らせ、しかし誰がそれを成したのかすぐに判り顔を上げる。

「レヴィアス様・・・・」

そこには少女の予想通り館の主がいて、自分のコートに彼女を包み込み腕の中に閉じ込めていた。
「お帰りなさいませ。」
それを認め全身に入っていた力をふっと抜き、彼女はコートの下の広い背中に腕を回す。
「もう、お帰りになられてたのですか?」
「ああ・・・・おまえは風邪で寝ていたんじゃなかったのか?」
「あ、もうだいぶ良くなりましたから・・・・平気です。」
眉を顰める人の温もりを感じながら、アンジェリークは微笑み答える。
しかしそれを聴いた青年は更に眉間の皺を深め、抱き寄せる力を強くする。
「平気な訳ないだろう。・・・まだ熱いぞ。」
そして形のよい彼女の額に片手を当て確認し、彼は溜め息を吐く。
「それにせっかく良くなっても、雪遊びをしていてはぶり返す。」
「はい・・・すいません。」
しかし再悪化の可能性を指摘されしょんぼりと肩を落とす姿に目を細め、レヴィアスは宥めるように茶色の髪を撫でる。

「まったく・・・どこに行ったのかと足跡を辿ってみれば、こんなところにいるんだからな。」
その苦笑まじりの青年の言葉に少女は首を傾げ、優しさを秘めた金と碧の瞳をまっすぐに見上げる。
「わたしを、探してらしたのですか?」
「ああ。おまえの顔を見ないと帰ってきた気がしないからな。」
「そ、そんなこと・・・・」
彼の言葉に一瞬のうちに赤くなったであろう顔にくちづけを落とされ、彼女は更に頬を染めながら慌てて自分を抱きしめる人を押しとどめる。
「レヴィアス様、ダメです。風邪、移っちゃいますから・・・」
「こうしておまえを抱きしめているんだ、そんなことは今更だろう?それに俺に移っておまえが完治するなら、本望だ。」
「そんな・・・・わたしの風邪がレヴィアス様に移るなんてイヤです。」
尚も唇を寄せようとする青年に首を振り、アンジェリークはキス出来ないように広い胸に抱きつく。
「その・・・風邪が治ったら、好きなだけしてくださっていいですから。その方が・・・・嬉しいです。」
「アンジェ・・・」
そんな思わぬ少女の拒みと殺し文句に驚き、レヴィアスは自分自身の言葉に恥らう腕の中の恋人に目を落とす。
「クッ、ああ・・・では楽しみにしていよう。」
その姿に柔らかく目を細め、愛おしげに笑いながら柔らかな髪に顔を寄せる。
そして小さな体の温もりと匂いで胸を満たし、彼はしばしの幸福感に酔う。


「ほら、もう中に入るぞ。本当にまた悪くなる。」
「はい・・・あ・・・」
「どうした?」
「風花が・・・・」
空からひらひらと舞い降りてくる小雪を見上げ、少女は小さく歓声を上げる。
「あの、レヴィアス様?」
「ん?」
「もう少しだけ・・・ここで雪を見ていてもいいですか?」
恐る恐るながらも珍しくねだるような彼女の表情に苦笑し、レヴィアスは自分のマフラーを細い首に掛けてやり抱きしめ直す。
「本当に少しだけだぞ。・・・いつまでもお預けを食らわされては、困るからな。」
「え、あ・・・レヴィアス様・・・・」
「早く良くなってくれ。」
青年の言葉の意味に気付き頬を上気させながらも、アンジェリークは頷き広い胸に身を寄せる。
「・・・・・はい。」



そして寄り添いながら不香の花が散る様を、微笑み合ってしばし眺めるのだった。