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とある日のとある昼下がり。
新宇宙の女王陛下は、自分の宮殿の裏庭でまた花冠を編んでいた。
蒼い石を嵌めた指輪が彩る指で作られるそれは、やがて丁度両手に乗る大きさとなる。
そのことと出来栄えに満足そうに頷き、少女はにっこりと笑う。
「出来た。」
そして出来上がった野端の冠を、傍らで座って見ていた聖獣の頭にちょこんと乗せる。
「きゅぴっ!」
「よく似合ってるわ、アルフォンシア。」
嬉しそうに鳴いた自らの半身に、アンジェリークはにっこりと笑いかける。
そして柔らかな毛並みの彼を撫でて、笑顔のままそっと抱き上げる。
「でも・・・・わたしにしか見えないのよね。」
けれど不意にそのことに気付き、いや思い出し、彼女は眉根を下げ微笑を寂しげなものに変える。
そしてこの宇宙ではない場所にいる人を想い、胸に締め付けられるような痛みを感じる。
「きゅぴ・・・?」
「あ・・・ううん、大丈夫よ、アルフォンシア・・・・・」
すると腕の中の小獣は、桃花色の瞳を心配そうに少女に向けてくる。
そんな視線に気付き、アンジェリークは茶色の髪を揺らして首を振り小さな体を抱きしめる。
「・・・・大丈夫・・・・・大丈夫よ・・・」
あれからどのぐらいの月日がたったのだろう?
肩で切りそろえていた髪は、背の中ほどにまでなった。
常春のこの地に咲く花は、幾度かの代替わりをした。
けれど自分は変わらない。
あの日のまま、彼を想い続けている。
ここであの人が帰るのを待ち続けている。
彼を信じて、緩やかな時の中で。
・・・・・・そう。
今、自分が想う青年は傍にいない。
この世界の、この宇宙のどこにもいない。
「待っていろ。」
そんな言葉と共に細い薬指に金環を嵌め、自らの宇宙に戻ってしまったから。
彼の世界での彼の役割の全ての終わらせる為に。
全ての決着をつけ、なんの柵もなくなった青年自身がこの世界に来る為に。
傷つくことを恐れて、彼だけを選べなかった自分の傍にいてくれる為に。
約束だと最後にくちづけ、彼は不遜な表情を浮かべたまま去った。
待つのは怖くない。
自分は悠久の時の中にいるのだから。
待つ時間はいくらでもある。
常人なら、気が遠くなるほどの時が。
けれどあの人は、普通の、人として正常な時の中にいる。
『女王』である自分とは別の時の中にいる。
自分には、一瞬でしかないこともあるその月日。
その間に、彼が他の誰かに心を移していたら。
別の宇宙にいる自分のことを忘れ去っていたとしたら。
一人でいると、そんな不安が胸の中に浮かび上がり締め付ける。
だから時間を見つけては、ここで待ってる。
自分の半身である小さな獣と共に。
初めて彼に逢ったこの場所で。
「でも遅いわよね。何してるのかしら?」
膝の上で身を丸めた聖獣を撫でながら、アンジェリークは彼に話し掛けるようにポツリと呟く。
そして来ない人の立場を判っていながらも、ついつい恨み言を口にしてしまう自分に自己嫌悪する。
「ダメね。どうして、こんなふうに・・・・」
ふぅっと溜め息をついて暗い考えを振り払おうとした時、少女とその膝に乗る小さな獣は何かを感じ顔を上げる。
「あ・・・・」
その何かが何なのか気付き、彼女は慌てて飛び降りる半身にも気が回らないまま立ち上がる。
前触れのない一陣の風。
そしてそこに感じられる気配。
眦に涙を滲ませ、けれど微笑を浮かべながら、アンジェリークはただ一点を見つめる。
花嵐の中心だけを。
漆黒の髪とマントをはためかせる青年を。
ずっと待っていた愛しい人を。
長い前髪をうっとおしそうに掻き揚げ、口元に笑みを浮かべながら振り向く姿を。
風に舞う花びらと共に長く伸びた茶色の髪をなびかせ、少女は蒼い瞳に映す。
「・・・・娘、」
「え?」
「ここはどこだ?」
懐かしい声といつか聴いた台詞。
その言葉に少女はきょとんとし、小首を傾げる。
けれど一瞬後くすっと笑い、彼女は確信的な表情で自分を見つめる人を見つめ返す。
「わたしの宮殿よ。」
そしてあの時と同じ返事を、あの時とは違う声音で彼に告げる。
その答えに青年は口元を歪め、自分を見上げる少女にゆっくりと歩み寄る。
「・・・・おまえの名は?」
立ち尽くす彼女の一歩手前で立ち止まり、レヴィアスはあの時と同じように名を訊ねる。
「わたしはアンジェリーク・コレット。この宇宙の女王よ。」
改めて訊かれた名を今日は素直に告げ、少女は赤いワンピースの裾を摘む。
「ようこそ。わたしの宇宙へ。」
今は客人の彼に貴人の礼をして歓迎し、見下ろす彼に向き直り真っ直ぐに金と碧の瞳を見返す。
「・・・・あなたの名前は?」
蒼い瞳に見つめられ今度は反対に名を訊ねられ、青年は口の端を上げる。
そしてそのままマントを翻し跪き、少女の歓迎に対して礼を尽くし頭を垂れる。
「我が名はレヴィアス。」
じっと答えを待つ彼女に名を伝え、彼は見下ろす顔を見上げ頬を緩める。
「今は何の枷もない・・・・ただの男だ。」
更に『地位』も『家』も『血』も捨ててきたと告げ、青年は少女をやはり不遜としか言いようのない笑みを向ける。
そんな笑みと言葉に僅かに罪悪感を感じ、けれど同時に浮かび上がる嬉しさにアンジェリークは涙を滲ませながら微笑み返す。
「・・・・この世界の女王よ。」
「何?」
跪いたままの彼に手を取られ、彼女は小首を傾げ見つめる。
「・・・・我をこの地に置いてはくれまいか?」
行く当てのない人の唯一の願いを聴き、少女は一瞬目を見開く。
そして青年の心が変わらず自分にあると改めて気付き、アンジェリークは喜びに胸が締め付けられる。
「わたしの傍にあり・・・・わたしを助けてくれますか?」
零れそうになる涙を必死になって堪え、彼女は宇宙の女王として尋ねる。
そんな問い掛けにレヴィアスは目を細めて笑みを深め、約束の指輪が光る左手にくちづける。
「我の全てに賭けて誓おう。永遠なる忠誠とおまえへの情愛を。」
その誓いの言葉にとうとうぽろぽろと涙は蒼い瞳から零れ落ち、少女の頬を濡らす。
「・・・・っく・・・・・あり、がとう・・・・・」
「アンジェリーク・・・・・」
涙を拭おうともせず手を握られたまま礼を言う姿に笑みを苦みの入ったものに変え、青年は立ち上がる。
そして止め処もなく流れ落ちる雫を指と口で受け止め、朱色に染まる唇にくちづけを落とす。
「泣くな・・・我はここにいる。」
片腕でしっかりと抱きしめられ、アンジェリークはその力強さとぬくもりが確かにここにあるのだと感じる。
そしてその安らぎをくれる人を見上げ、今、出来うる限りの笑みを精一杯に向ける。
「うん・・・・」
その笑顔にもう一度唇を寄せられ、少女は恥じらいながらも青年の首に腕を回してそれに応える。
「おかえりなさい、レヴィアス・・・・」
全ての始まりは青年の気まぐれ。
だがそれは少女に恋を教え、宇宙の未来は流転した。
更には彼自身の運命をも変え。
彼には虚無だった世界と引き換えに、大切なものを手に入れた。
何物にも変えがたい、愛しく恋しい少女を。
そして聖獣が意志持つ宇宙で。
これから二人は互いを想いながら生きていくのだった。