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The collet of Levin
とある日のとある昼下がり。
新宇宙の女王陛下は、自分の宮殿の裏庭でせっせと花を編んでいた。
ここはきちんと整えられた表の庭園と違い、咲く花のほとんどは野花だ。
花冠を作るなら、こちらの方が向いている。
ただし。
あまりにも熱中してしまったので、その長さは既に彼女が手を広げたぐらいの長さになっていたが。
「どうしよう、これ。・・・・・・・ごめんさいね。」
さすがにそれに気がついて、ちょっと彼女はしょんぼりする。
野花とはいえ、むやみにその命を奪うのは忍びない。
少女は植物でさえも、自らの民に数えてしまう。
そのやさしさで、この宇宙を支えている。
誰からも好かれ、誰からも敬愛される女王陛下。
「そろそろ、宮殿に帰らないと。レイチェルに怒られちゃう。」
そう呟いて、花のロープを手に立ちあがろうとしたその時。
一陣の風が吹いた。
なんの前触れもなく。
「な・・・・・・に?」
その風の中で。
アンジェリークは、ただ一点を見詰めていた。
その茶色い髪をなびかせながら。
花嵐の中心を。
漆黒の髪と。
それに殉じたマントが。
風に舞う花びらと共に、少女の蒼い瞳に映っていた。
「どこだ、ここは?」
目的地を決めず。
転移したその先は、一面の花だった。
見たこともない光景に、彼は少し驚き。
辺りを見回す。
このような風景など。
見た事がない。
子供の頃から見てきたのは・・・・・・・・
嫌な事を思い出し。
形のよいその唇を小さく噛む。
そして髪を掻き上げながら、後ろに目をやると。
花を手に呆然として自分を見上げる少女がいた。
「娘、ここはどこだ?」
その言葉に彼女はきょとんとし。
一瞬後。
噛み付くように言い放った。
「わたしの宮殿よ!」
そんなこと当たり前だと言うように。
『娘』ですって?!
突然現れた青年に驚き。
振り向いたその顔に見惚れていると。
突然そんな風に呼ばれ、ちょっとカチンと来た。
普通の生活をしていた頃も。
今の地位を与えられてからも。
『娘』呼ばわりなどされた事はなかった。
明らかに見下したその態度に。
彼女は、珍しく怒っていた。
「・・・・おまえ、名は?」
「ひ、人に名前を尋ねる時は、自分から名乗るのが礼儀でしょ!」
見下ろされ、少し脅えながらも言い返す。
その姿が面白かったのか。
青年は、口を歪ませる。
「クッ、我か?我は皇帝。レヴィアス・ラグナ・アルヴィース。」
「こう、てい・・・・?」
聞き慣れない単語に彼女は戸惑う。
知らない言葉ではない。
けれど・・・・・・
「おまえは?」
「・・・わたしはアンジェリーク・コレット。この宇宙の女王よ。」
再度尋ねられ、はっきりと名乗る。
「歳は?」
「17よ。・・・・・・・一応。」
少女は少し顔を曇らせる。
だが、彼はそれに気がつかず。
「そうか。」
皇帝の名にふさわしく気品に満ちた身のこなしで、片膝をつく。
そして、彼の右目にも似た色の石の指環を着けた左手で、彼女の手を取り。
「では、アンジェリーク、」
手の甲にくちづける。
「我の妃になれ。」
「え?」
その一連の行動に、またしても見惚れていた少女の思考が止まり。
しばし沈黙。
「ええ〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
再び働き出したその時には、これ以上ない驚愕の声が上がっていた。
「わ、わたしの話、ちゃんと聞いてた?『女王』だって、言ったわよね?」
手を握ったまま立ち上がり、真っ赤になってわたわたと言い出す彼女を見下ろす。
「何が不満だ?」
レヴィアスには、さっぱりわからない。
『皇帝』に求婚されれば、女なら皆喜ぶものではないだろうか?
したことがないから、よくはわからないが。
「だから、わたしはここの女王なんだってば。あなたの妃になんてなれません。」
「別におまえがここの女王でも構わぬが。」
「構わぬって・・・・・・・・」
絶句する少女に、彼は言いつづる。
「ここは綺麗な場所だな。」
「あ、ありがとう・・・・・・・」
自分のことのように嬉しそうに礼を言うアンジェリークに、青年は満足そうにする。
「おまえもおまえが治める宇宙も気に入った。別に、統治する宇宙が一つだろうが二つだろうが、変わらぬだろう?」
おまえがやりたければ、やればいい。
レヴィアスは、そう付け加えた。
「別に、統治しているわけじゃ・・・・・・・・!」
「アンジェリーク、いつまで遊んでるの!」
言いづらそうに彼女が口を開き掛けた時。
向こうの建物の方から声が聞こえた。
少女の名を呼ぶ女の声。
「あ、レイチェル。・・・・・・わたし、行かなきゃ。」
振り返り、彼女は離れようとした。
だが、彼は手は握ったまま放そうとはしなかった。
「あ、あの・・・・・・放して。」
困ったように遠慮がちな少女の手を、無言で引き。
掠め取るように唇を奪う。
「・・・・・・また、来る。」
彼女の耳元で小さく囁き、異界の皇帝は女王を解放する。
そして来た時と同じように風を起こし。
花吹雪を辺り一面に撒き散らせながら、消えた。
「もう!ここにいたんだね。探したんだよ。・・・・・・アンジェリーク、どうしたの?もしも〜し?」
なんだか様子がおかしい親友の顔の前で、レイチェルは手をひらひらさせてみる。
「レレレレレレレ、レイチェル・・・・・・・・?」
「・・・・・・・なに?」
思いっきりどもって呼ばれ、彼女は思わず引いてしまう。
が。
この時、有能な補佐官がしなければならなかったのは、身を引くことではなく、
耳を押さえることだった。
「どうしよぉ〜〜〜〜っ!!!!!!」
なぜなら、天使の名を持つ女王が真っ赤な顔で思いっきり叫んだのだから。